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計画その2 本を他の場所へ持ち出す

 別にスキンヘッドの前で本を立ち読みしなくてもいいのだ。俺はそう思った。


 本を持って他の場所へ移動して、そこでゆっくり読めばいいのだ。


「よし。やろう」


 今日でもう三度目の訪れになる書店までのこの道を、俺はうきうきとしたボサノバをイメージしたサンバリズムをきざもうとして失敗したロックを脳裏に浮かべながら普通に歩いていた。


 店に入ると、スキンヘッドはレジの横にある机のようなところで何か作業をやっていた。


 今がチャンスだ。


 俺はそっとレジに近づくと、歓喜に満ちた笑顔であの雑誌を掴んだ。


 刹那。


 スキンヘッドがレジに立ち、俺を睨んでいるではないか。


「あ、えっと。他にも買うものがあったな」


 俺は慌てながらも慎重に対処した。


 俺はその雑誌をしっかり持った状態で、その場を離れた。


「セーフ」


 何とか本を奪取することに成功した俺は、確認のため一度レジを見た。スキンヘッドはまた仕事を始めたらしく、ここからは見えない。


 俺は、立ち読みをしているデブ人間の影に隠れると、深呼吸をして本を開いた……が。


「そこの君」


 またしても、誰かが俺に声をかけた。


 せっかく俺が一番最初のページを開いたときだったのに。またもや俺の計画を妨げてきたなんて。


 だがそうは言っていられない。


 今度俺に声をかけてきた者は、明らかに真面目な大人のような声だった。


 俺がそっと振り返ると、そこには予想通り、真面目そうなサラリーマン風の男性が立っていた。


 服装は紺のスーツ。ノートパソコンが入っていそうなバックを持ち、スーツの胸ポケットには携帯電話が入っていた。 


 年齢は四十歳前後で、七三の髪型と眼鏡が似合っていた。


 ちとやばいかな…。


「は、はい。何か御用でしょうか?」


 なるべく謙虚に。そして謙虚に。なおかつ謙虚に。


 サラリーマンはわざとらしく、ゴホンと咳払いをした。それが彼の威圧感を上昇させていた。


 俺は真剣に狼狽たえた。流石に大人の迫力というか、オーラというか、そんな物を感じる。


 サラリーマンは眼鏡を一瞬光らせて、また発言をした。


「君、中学生だろ」


 思いっ切り断定するかのようなその言葉が俺に圧し掛かってきた。

 

 俺は素直に『はい』とだけ答えた。


「そうだよな。ならここにいてはいけないよね」


 俺の心は怒りと憎悪の気持ちで満ち溢れた。


 中学生だからといって、本屋を訪問してはいけないなんて法律聞いたことがない。


 なのにこの男は……この野郎は!


 俺にここにいてはいけないと言い切った。言い切ったのだ! 

 

 俺は基本的に優しい心を持っている、言わば人格者だが、こいつの言葉には正直キレそうになる。


 はっきりこの野郎に言ってやろう。


 この俺が直々に言ってやるのだ。


 この馬鹿も幸福である。


 他の大人に「君の考え方は間違っているよ」なんて言われたら、こいつの人生はすべて否定さてたようになり、立ち直れないであろう。


 しかしまだ子供である俺が言ってやれば、そこまでダメージを受けることはないであろう。 

 

 こいつは本当についている。俺が直々に言ってやるなんて滅多にないことだ。


 こいつも俺の慈悲の愛に心を打たれ感動するだろう。


 それどころか『君のお陰で助かった。その雑誌を買ってあげよう』なんてことになるかもしれない。


「あの~、お言葉ですが。中学生だからといって、本屋を訪れてはいけないという法律はないはずですが」


 謙虚に。


「違うんだよ君」


 サラリーマンは、恐れ多くも俺の言葉を否定した。ふっふっふっ。愚かな……。


 しかしサラリーマンは意外な行動に出た。俺の後ろを指差したのだ。


 俺は恐る恐る後ろを向いた。さっきは雑誌に夢中で気が付かなかったのだが。俺がいた場所はまずかった。


『アダルトコーナー ※未成年者への販売・立ち読みは認めません 店長』


 俺は顎が外れたかのような大きな口を開いた。


 額から冷や汗が流れ出し、暑い日差しのせいで背中に流れていた汗が、量を増した。


「私の言いたいことがわかったようだね? 私は何か間違ったことを言ったのかね?」


 サラリーマンの眼鏡がまた輝いたのを、俺は見逃さなかった。


「ですよね。僕はただここを通ろうとしたのですけど、ここに少年誌が置いてあったのです。誰が置いたのですかね? まったく……ああ、それで僕は考えたんです、もしここにこれがそのまま置かれていたらどうなってしまうのか? まず第一に、ここの従業員の仕事が増えてしまいますね。やらなくてもいいはずの仕事が増えてしまったら、さぞかし嫌な気持ちが増えるでしょう。第二にこの雑誌が置かれている本の下に置いてある雑誌を読みたくて探している人が、この下の雑誌を探す時間が増えたことによっていやな思いをしますよね。第三に、これが一番まずいことなのですが、僕よりも幼い少年がこの場所でこの雑誌を見てしまったら危険ですよね。そこに置いてある雑誌も見てしまうかもしれませんし。それは教育上いけないことだと考えた僕は対策を考えました。今思えば考える必要もなかったんですよね。僕が犠牲になって、この雑誌を元の場所に戻せばいいのです。でももしこの雑誌の間にそこに置いてあるような雑誌が挟まっていたら大変ですよね。だから僕はここで確認をしていたんです。あなた様の言葉に気が付かなかったまねをした理由は、僕が自分の意思でこっそりやっていたこと、誰かにばれてしまうというのはなんだか恥ずかしい気がしたので白を切ろうとしたんです。すみません。あっ、この雑誌は責任を持って僕が元に戻しておくのでご心配なく」

 

 長々とそう言ったあと、俺はサラリーマンをそこに残し、レジの前まで戻ってきた。


 スキンヘッドは椅子に座って何かを見ていた。何を見ているかというと、顔には似合わない『魔女っ子テルテルリン』という名の少女漫画を見ていた。


 ……怖すぎる。

 

 俺は手に持っていた宝をレジの前に置くと、さっきの大人の花園に目をやった。

 

 サラリーマンというと、そこで少年少女諸君には見せられない本を手にし、鼻の下を伸ばしながら、デレデレとした顔をさせながら、生まれたままの姿を人様に見せることが特技の女性たちの、悩殺的なポーズが載っているであろう写真集を直視していた。

 

 呆気にとられた俺に気が付いたのか、サラリーマンは俺を見つめ、またさっきと同じように一度咳払いをすると、偉そうに深く頷いた。


 かっこ悪い。


 俺はそのサラリーマンを見てそう思った。


 そのかっこ悪さといったら、チャームポイントである髭とアフロがなくなったパ○イア鈴木以上だ。


 あんな大人になりたくない。


 そう思いながら俺は書店を後にした。

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