計画その1 変装する
今は七月の中旬。
外では賑やかに蝉たちが叫び、あらゆるコンクリート地面では熱気が立ち昇り、歩く道の十メートル先では物が歪んで見える。
暑い。
それはわかっているのだが、俺は冬の寒い日に買った毛糸製のニット棒をかぶり、マト○ックスという映画に影響され買った黒いサングラスと、明らかに夏には着るものでない黒い長袖のトレーナーを身に付けていた。
ばっちりだ。
変装をした俺は、あたかも怪しい人物のようだが中学生には見えないし、『俺』という人物だということにも気付く人はいないであろう。
「よし。いける!」
強い満足感が俺の足を書店へと導いた。
書店へ向かう俺の歩きは、リズム感豊かな八分音符を奏で、気が付けばもう書店の目の前であった。
店に入ると、スキンヘッドが俺の警戒をしたように見つめた。
一瞬俺は戸惑ったが、怯えることはない。何故なら今、俺は俺ではないのだから。
堂々と店内に入って行く俺は、なんだかとても清々しい気分であった。
俺は俺じゃない。だから立ち読みなど朝飯前だ。
たとえスキンヘッドに睨まれても、俺じゃないから安心だ。
いける!
……そんな気分を害されるには、そう時間を要しなかった。
「先輩。何やってるんですか?」
俺は慌てて後ろを振り向いた。
俺の後方から言葉を発したのは、こともあろうか俺がモテるからという理由で入部した、バスケ部の後輩であった。
ここでばれたら意味がない!
「君ハ誰デスカ? 誰カト勘違イシテイルノデハ?」
俺はばれないようにまるで外国人のように片言で話をした。
「何言ってるんですか先輩」
後輩は不思議な顔を見て俺に言った。
「勘違イネ~。私ハ君ノ先輩ナッシング! 私ト貴方ハ、アカノ他人デ~ス。勘違イモイイ加減ニシヤガレ! コノ馬鹿ヤロー!」
「で、では誰なんですか?」
しめた!
この後輩は本気に俺を別人と思ったらしい。
「私ノ名前ハ、エ~、マイケル・ケビン・アーノルドシュワルツ・ポールマッカーンゴスターデ~ス。職業ハ医者、オ~、ドクターデ~ス」
よしよし。調子が出てきた。
「じゃあどこの出身の方ですか?」
また後輩が問いかけた。
「私ハオーストラリア人デ~ス。エ~、カンガルー、コアラ大好キデ~ス」
「今日はどうしてここに?」
「オ~、観光ト資料探シデ~ス。ココニハ色々ナ資料ガ売ッテイルト聞キマシタ」
決まった!
俺はそこで勝利を確信した。後輩が下を俯いている。
多分自分が間違えたことに対して困惑しているのであろう。
俺は自分の勝利に酔いしれていた。
たとえどんな大きな壁があったとしても、俺のこの天才的頭脳(話術)さえあれば乗り越えられるのだ。
この技術を持ってすれば、スキンヘッドなど目じゃない。
現に目の前にいる後輩を見れば、俺の能力は一目瞭然だ。
後輩は俺の話術に陥り、困惑…いや、それどころか、必死に視線を下に向けて笑いをこらえているではないか!
「くっ、せん……先輩…最初からばれてますよ……くくっ」
「ナ、何ヲ言ッテ……」
「先輩の着てるトレーナー……くくっ、バスケ部のトレーナーですよね? それ、くっ……後ろに名前プリントされてるじゃないっすか……くふっはっはっ!」
しまった!
このトレーナーは、バスケ部員が必ず四枚は所持している、通称『部活トレーナー』と呼ばれているもので、黒い生地に白色で何やら怪しげな外国人男性が、器用にスラムダンクをしている絵がプリントされているトレーナーだ。
しかもご丁寧に、背中にはくっきりと自分の名前が綴られているのだ!
「おっ! お前か~! 誰かわからなかったぞ!」
こいつ……謀りやがったな!
……しかしそうも言っていられない。もう逃げは通じない。開き直ってしゃべり始めるしかない。
「何言ってるんですか? 先輩おかしいですよ~。さっき変なこと言っていたじゃないですか。確か……マイケル・ケビン・なんとかって自分のこと言ったり」
「はははっ。それな、俺が今度、出演することになった演劇の役作りしていたんだよ。俺の父の友人に、世界的に有名な演出家がいてね、今度彼の作品である『医者と天使と愛人と』っていう演劇の主役に抜擢されちゃって。それで常日頃練習しているんだよ」
「そんなことないですよね」
すっごい否定的な顔をした後、後輩は笑顔で言った。
「そんなに涼しい笑顔で否定するんじゃない。俺には君に嘘を付かなくてはいけない理由があるんだ」
「へ~。何ですか?」
まさか聞かれるとは思わなかった。焦る。
「へっ? いや、あの、その。あっ! 実は、最近この辺に悪の一味が出没していて、俺はその一味をこっそりと捜す任務があるのだ」
咄嗟の嘘だが完璧ではありませんか。
「それも嘘ですよね?」
何故わかった?
「いやいや、こればっかりは本当だ! 信じてくれ!」
やばい。絶体絶命じゃ。
『ピピッ』
急に俺の腕時計のアラームが鳴った。
これは神がくれたチャンスだ。
「すまない、事件発生だ。行かねば!」
そう言って俺は時計にぼそぼそと話しかけながら、後輩に別れを告げ、必死に逃げていった。




