魔王を倒した勇者が五人帰ってきたので、本物を面接で見抜きます
王国が選んだ正規の勇者は、魔王城で死んだ。王国軍主力ごと。
王都中が敗戦の布告を待っていたある夜、魔力監視塔が魔王の反応消滅を告げた。
誰が倒したのかを示す記録はない。
その翌朝、魔王城から五人が帰ってきた。
五人が魔王を倒した勇者だと名乗り出たのは、ひと月も経ってからである。
魔王は一体しかいなかった。
王宮の式典係は白馬を一頭しか用意していない。魔王の数だけ見れば、正しい判断である。
それでも朝から、私の机へ催促状を三枚送ってきた。誰を乗せるのか、と。
馬丁からは、《成人五人の相乗りは不可》という、至極もっともな意見も届いている。
五人とも、同じ魔王を、同じ時刻に、自分が倒したと申請していた。
王宮は一晩で五人分の証拠を鑑定し、戸籍から職歴票まで机へそろえた。
英雄が要るとき、王宮は速い。
その五人が、王宮の面接室で横一列に座っている。
彼らの間に、五人分の証拠を集めた鉄箱が一つ。
蓋には、文書鑑定官の白い検印が三つ。その横に《全点真正》とある。
証拠が偽物なら、話は簡単だった。鑑定官は五人全員の証拠を、等しく面倒なまま返してきた。
式典係への返事は、当然まだ白紙だった。白馬にも待ってもらうしかない。
「功績認定官ユーディト。日没までに一人を選べ」
軍務卿の背後、開け放した窓から王宮前の槌音が響く。
三日後の凱旋式へ向け、勇者が白馬のまま上がる壇が組まれていた。
功績認定官は、誰が何を成したかを証拠で確定し、その名へ勲章と報奨をつける役目だ。
この椅子に座って四年になるが、問いは一度も変わらない。誰が、何を、どのように。
今日は、その「誰が」の部分だけが五人いる。
「民はひと月、魔王を倒した者の名を待っている。白馬の上へ五人は載せられん」
「二人でも馬丁は反対すると思います」
「馬を基準に選べと言っているのではない」
五枚の申請書をそろえた。
「安心しました。私が選ぶのは、白馬に似合う者ではありません」
五枚を軍務卿へ向ける。
「魔王を倒した者です」
軍務卿は、いちばん体格のよいセヴランへ目をやった。
磨かれた胸甲、古傷のある頬、まっすぐな背。確かに絵にはなる。馬の意見は聞いていない。
「結果を待つ」
扉が閉まる。
書記官に新しい紙を出させた。
書記官は五枚出し、五人の顔を見て、さらに五枚重ねた。
五人のうち四人は、これから嘘をつく。どれが本物かは、顔では分からない。
書記官にも分からなかったらしい。優秀な判断だった。
「では、一人ずつ伺います。魔王城へ入ってから帰還するまで、何をしたのか順に話してください」
五人が、順にうなずいた。
「元騎士セヴランから始めます」
ほかの四人を控え室へ移し、最初の勇者と向かい合った。
◇ ◇ ◇
セヴランは鉄箱から、王印のある最終突入命令書を取り出した。
「聖剣が折れたあと、私は北水門へ向かいました」
セヴランの声に迷いはなかった。
「水門は崩れた石壁に埋まっていました。私は荷重を読み、抜いても崩れない石を選びました。馬具の革帯で滑車を組み、点検孔へ入って内側の留め具を外しました。落ちた石で肩を裂きましたが、自分で布を巻いて止めました」
羽根ペンを止めた。
「点検孔の幅は?」
「大人の肩幅より、少し狭い」
セヴランの肩は、面接室の椅子より広い。
座られている椅子が気の毒になる体格だった。
「どうやって通ったのですか」
「石を外し、身体を横にして」
「外したのは、崩れた壁の石ですね。点検孔そのものは広がりません」
「はい」
「横向きで薄くなる種類の肩には見えませんが」
「通りました」
セヴランの顔色は変わらなかった。
「その後は?」
「戻ろうとする取っ手を肩で押さえました。妻にもらった赤い糸を剣へ結び、百まで数えました」
「家族の話は不要です。討伐行為だけを述べてください」
遮ると、セヴランは一度だけ口を閉じた。
書記官が戸籍の写しを机の端へ置く。
セヴラン、三十四歳、未婚。
勇者の妻が戸籍から消えているのなら、それはそれで別の部署が走る案件である。
「奥方のお名前は?」
「リナ」
「戸籍には婚姻歴がありません」
「そうでしょう」
「そこで納得されると、戸籍係と私だけが置いていかれます。訂正しないのですか」
セヴランは、王印の命令書へ手を置いた。
「赤い糸を結んだのは、私です」
その言葉を調書へ残した。
次に入ったアマラは、魔王城から持ち帰った二十七枚の認識票と、擦り切れた祈祷簿を机へ置いた。
右脚を引きずることなく、椅子まで歩く。
「私は折れた右脚で、太陽石を東水門まで運びました」
「いつ折れたのですか」
「魔王の尾に払われたときです」
治癒官の所見には、骨折痕なしとある。
本人と違い、右脚は魔王戦への参加を否認していた。
「這って運んだのですか」
「はい。石を胸へ抱き、肘で進みました。水門に着いてからは、黒く濁った水へ祝福をかけました」
「あなたの教会で使う祝詞ですか」
「いいえ。東部の小教区に伝わる古い祝詞です」
「なぜ唱えられたのです」
アマラの指が、二十七枚の認識票のうち一枚を押さえた。
「私が教わったからです」
彼女は訂正せず、押さえた認識票から指も離さなかった。
三人目のガンツは、椅子に座るなり鉄箱から地下水路図を出して広げた。
「南水門は岩で塞がれていた。俺は亀裂を読み、火薬を詰め、水の逃げ道を測った。濡れても消えない導火線を編み、影どもを北の横穴へ引きつけてから点火した」
ガンツの職歴が、供述のたびに地下水路のように枝分かれしていく。
「坑道師のほかに、用水路工と縫工の経験が?」
「ない」
「では、導火線に使った結び方をどこで?」
「戦場で」
「戦場は職人組合の講習所ではありません。誰から習ったのですか」
ガンツの口元が歪んだ。
「俺が結びました」
この調書のまま通せば、職人組合で資格審査が三件、同時に始まる。
だが水路図へ刻まれた煤も、石粉も、魔王城地下のものだった。
窓の外で、凱旋壇を組む槌が三度鳴った。
勇者が決まらなくても、大工の仕事は正確だった。
四人目のホルンは、折れた聖剣の鍔と黒く変質した工具を机へ放った。
左腕を撫でながら、西水門を語る。
「鎖が焼き切れていました。俺は魔王の火が残る炉へ鉄を入れ、左腕を焼かれても槌を離さず、鎖をつなぎ直した」
彼が袖をまくる。
太い腕には、古傷一つない。
「火傷は?」
「ここに」
傷のない皮膚を、指がもう一度なぞった。
なぞる位置は、二度とも同じだった。
「治癒魔法で消した記録はありません」
「でしょうな」
「魔王の火は、鉄を焼いて、鍛冶師の腕だけ避けたことになります」
「そうなる」
「持ち帰ったのは、その二点ですね。槌は」
ホルンの指が止まった。
「置いてきた」
「離さなかったのでは」
「……置いてきた」
「それでも、焼かれたのは自分だと?」
「俺です」
戸籍と診療記録と職歴票は、候補者より話が通じた。
最後のペロウは、三十二人の役割を記した戦地記録帳を膝へ置いた。
「私は中央の心臓門を開きました。取っ手を押さえながら、四門から届く鐘を確認しました」
「鐘を確認した場所は?」
「心臓井の西にある小鐘楼です」
「心臓門から何歩?」
「四十二歩」
「その間も、心臓門の取っ手を押さえていた?」
「はい」
「腕が四十二歩あったのですか」
書記官が、四十二歩を尺へ直して欄外へ書いた。誰も頼んでいない。
初めて、ペロウがわずかに笑った。
「いいえ」
「ならば訂正を」
「訂正はありません。鐘を鳴らしたのも、取っ手を押さえたのも、私です」
五人とも、指摘された矛盾を訂正しなかった。
調書に残ることを、承知の上で。
五人とも、戦場については同じことを語った。
地下に五本の黒脈があり、聖剣で胸を貫いても、魔王はそこから再生したこと。
五つの水門を使い、四方の鐘のあとに中央の大鐘が一度だけ響いたこと。
外へ出た五人が、魔王の魔力の消滅を見届けたこと。
魔王は一体。水門は五つ。増殖しているのは、申請者の経歴だけだった。
五枚目の調書を閉じた。
次に確かめるべきは、彼らと魔王城へ入り、帰還しなかった者たちだった。
◇ ◇ ◇
五枚の申請書を床へ並べた。
同行者欄には、それぞれ別の名前が記されている。
北に五人、東に五人、南に五人、西と中央に六人ずつ。
合計二十七人。一人も重ならない。
王宮の戦没者名簿を開いた。
魔王城の項に、二十七人分の欄はない。
最後の一行が《その他》で、横に数字だけが書いてある。
二十七。
功績の確定しない死者を一行へ収める書式は、私の課が通したものだ。
名簿は、数だけは間違えていなかった。
「この方々の申請記録を」
書記官が戸惑った。
「全員ですか」
「全員です。戦死、失踪、遺族補償、診療、職人組合への照会も」
「日没まで、あと二刻です」
「走れる書記を全員使ってください」
王宮の廊下は走らない。それが書記官の第一規則である。
この日だけは、第二規則になった。
式典係の催促状が、四枚目になった。
軍務卿は、催促状より早く来た。
「ユーディト。書記を二十人走らせたそうだな。誰を調べている」
「五枚の申請書の、同行者欄です」
「帰ってこなかった者だ」
軍務卿は床に並んだ申請書へ目を落とし、すぐに上げた。
「遺体がない。軍籍もない。石工と、坑夫と、恩赦兵だ」
「はい」
「民が待っているのは、その名ではない」
答えを持っていなかったので、黙っていた。
「日没まで一刻半だ。五人のうちの誰かにしろ」
扉が閉まる。
白馬は、まだ一頭だった。
最初に戻ってきたのは、遺族補償課の古い束だった。
石工トマ・ハルバ。
遺族欄に、妻リナ。
添付された陳述書には、出征の朝、剣の柄へ赤い糸を結んだとある。
残る四人分の記録にも、一つずつあった。
馬具の修繕資格。
荷役の職歴。
点検孔へ入れる小柄な体格。
裂傷を固定した従軍記録。
北水門の五枚を、セヴランの調書の横へ並べた。
東水門の名簿を開く。
帰還前の診療所で右脚を折った農民兵。東部小教区の古い浄化祝詞を修めた下級神官。
東水門の記録も、アマラの調書の横へ置く。
ホルンが撫でていた左腕の火傷は、若い鍛冶師の負傷者台帳に残っていた。
ペロウが鳴らしたという鐘は、記録兵の担当表にある。
ガンツの発破も同じだった。坑夫、火薬運搬人、用水路工、縫工、恩赦兵。一人で覚えたという五つの仕事に、五人の担当者がいる。
矛盾には、すべて名前があった。
五枚の調書と二十七人の記録を重ね、書記官に複写を取らせた。
五人を同じ面接室へ戻した。
「あなた方の中に、本物の勇者はいません」
誰も驚かなかった。
ガンツだけが、机の下で両手を強く組んだ。
「セヴラン。赤い糸を剣へ結んだのは誰ですか」
「私です」
遺族補償課の陳述書を、セヴランの前へ置いた。
「石工トマ・ハルバ」
セヴランの顎が、初めて下がった。
「アマラ。折れた右脚で太陽石を運んだのは?」
「私です」
「農民兵セド・ラウル」
彼女は二十七枚の認識票から手を離した。
「あなた方は、死者二十七人の功績を盗んだ」
ペロウが鞄の底から、薄汚れた紙束を出した。
三度却下された申請書だった。
「名前をつけて出したときは、認定官まで届きませんでした」
「理由は」
「遺体がない。軍籍がない。証人は身内だけ。ひと月で三度、束のまま戻ってきました」
ペロウが紙束を机へ置く。
「名簿へ載ったのは、数だけでした。二十七、と」
私が見たのと、同じ一行だった。
「だから自分たちの名前をつけた?」
「勇者を名乗れば、本人確認が行われる。発言は一行ずつ真偽を調べられ、調書は捨てられない」
この王宮では、嘘のほうが丁寧に読まれる。
ガンツが椅子を鳴らして立った。
「だから俺は、こんな真似はやめろと言ったんだ。今からでも一人に絞れば――」
「ガンツ」
アマラの声は静かだった。
ガンツは頭を抱え、また座った。
「……南に残ったパクスは、盗みもするし、嘘もつく、恩赦目当てのろくでなしだった」
指の隙間から、掠れた声が出る。
「俺はあいつが嫌いだった。だが、嫌いだった奴の仕事まで、なかったことにはできない」
ペロウが三度目の却下印を指で叩いた。
「二十七人の仕事を、五人で分けて名乗りました。ここまで運ぶために」
「目的が何であれ、虚偽は虚偽です」
「はい」
「あなた方自身も、二十七人を五人の『私』へ押し込んだ」
ペロウはしばらく調書を見ていた。
やがて、閉じた記録帳を私の前へ差し出す。
「では、ほどいてください」
新しい紙を一束、書記官へ渡した。
「勇者としての供述は、すべて虚偽として扱います。最初からやり直します」
五人の顔が固まった。
「今度は、一人称を使わずに答えてください」
書記官が新しい紙の一行目へ日付を書く。
「行動した者の名前から答えてください」
ペロウの指が、閉じた記録帳から離れた。
◇ ◇ ◇
「聖剣が魔王の胸を貫いたあと、何が起きましたか」
問いに、ペロウが答えた。
「魔王は倒れませんでした。心臓が黒い霧になり、城の地下へ逃げた。直後、東の水路から新しい肉体が出ました」
「なぜですか」
ガンツが水路図を机へ広げる。
「魔王の命は、地下を走る五本の黒脈につながっていた。一本でも残れば、そこから戻る」
「黒脈を断つ方法は?」
「城は、元は聖水を流すための宮だった。四方と中央、五つの水門を開けば、流れを逆にできる」
「一度開けば終わりですか」
「いや。手を離せば閉じる。聖水が黒脈を洗い切るまで、百呼吸は押さえなければならない」
五つの場所で、ほぼ同時に。
一つでも閉じれば、魔王はそこへ逃げる。
中央では、黒い霧となる心臓を井戸の上へ縛りつける者も要る。
一人の剣士が強ければ済む戦いではなかった。
「北水門を塞いだ石を選んだのは?」
セヴランの手が、膝の上で握られる。
「石工トマ・ハルバです」
書記官がその名を書いた。
「なぜ彼に分かったのですか」
「ひびの向きを見ていました。セヴランが大きい石へ手をかけると、叩いて止めた。そこを抜けば全員埋まる、と」
セヴランは、自分の名を他人の名のように置いた。
書記官の羽根ペンが、一度止まった。
「革帯で滑車を作ったのは?」
「御者オルト・ベル。荷馬車から外した馬具を、壊れた歯車へ巻きました」
「取っ手を肩で押さえたのは?」
「荷役人ダン・モル」
「点検孔へ入ったのは?」
「厩務員キース・アレン」
「肩の裂傷を巻いたのは?」
「衛生兵ネーヴァ・ソル」
五つの姓名が並ぶ。
一人の騎士がしたことになっていた仕事が、分かれていく。
石工の目。御者の革帯。荷役人の肩。小さな身体。血を止める手。
「あなたは、なぜ北水門を離れたのですか」
セヴランの視線が、王印の命令書へ落ちた。
「トマに、これを押しつけられました」
紙の端が、何度も握られた形に波打っている。
「『これを持って帰れ。誰がここに残ったか、家族へ伝えろ。リナには、赤い糸を最後まで持っていたと』と」
命令書を開く。
王印の下に、一文がある。
《最終城門を越えた者は、身分および従来の軍籍を問わず、王国軍臨時兵として扱う》
石工も、坑夫も、恩赦兵も、この一文で兵士になっている。
指で押さえて、二度読んだ。
「北水門が百呼吸目まで開いていたのを見ましたか」
「いいえ」
セヴランは即答した。
「鉄扉が閉じたあとのことは見ていません。北の鐘を、脱出路で一度聞いただけです」
証明できないことを、彼は足さなかった。
「東水門。太陽石を運んだのは?」
アマラの唇が、わずかに動く。
「農民兵セド・ラウルです」
「右脚を折っていた?」
「脱出前には、すでに折れていました。抱えようとしたら、石を取るなと怒鳴られました。床を這って運ぶから、おまえは祈祷簿を持って帰れと」
「祝福を続けたのは?」
アマラは答えなかった。
机の上の認識票を一枚取り、縁の欠けた鉄板を親指で撫でる。
「下級神官エリサ・ノールです」
名前を言い終えるまで、三度息を継いだ。
「彼女に祝詞を教えたのですか」
「逆です。教わったのはアマラです。けれど、最後まで唱え続けたのはエリサだけでした」
薬師助手マリ・セルナは、エリサの声が嗄れるたびに薬を作り足した。弩兵ヨル・カムと灯火番レム・イスカが、通路の影を防いだ。
五つの名前が、東水門の欄へ入る。
「東の百呼吸目を見ましたか」
「いいえ。鐘を聞いて、祈祷簿を持って外へ出ました」
見ていないことを調書へ明記させた。
「南水門を開いた者を」
ガンツが腕を組む。
「坑夫ブラン・ドロ。火薬運搬人ルッツ・エイル。用水路工イヴォ・セム。縫工ライラ・クロフ」
一人ずつ、机へ置くように名を言う。
最後で止まった。
「もう一人います」
「分かってる」
ガンツの歯が鳴った。
「恩赦兵パクス・リード。影どもを引きつけて、発破地点から離した」
「パクス・リード。仲間からの評判は?」
「最悪だ」
返事は早かった。
「ガンツの水筒から酒を盗んだ。埋め合わせると言って、最後まで返さなかった」
ガンツは水路図の南へ、太い指を置いた。
「それでも、パクスが影を連れて走らなければ、火薬へ火は届かなかった」
「あなたを帰したのは?」
「ブランだ。『穴を掘るのは俺でもできる。ここから地上まで迷わず帰れるのはおまえだけだ』と、脱出路へ蹴り込まれた」
ガンツの拳が、少しずつほどけた。
「西水門の鎖を直したのは?」
ホルンは反射のように左腕へ手をやった。
指先が傷のない皮膚へ触れる前に、止まる。
「鍛冶師ルーク・ケイン。俺の弟子です」
書記官が顔を上げた。
ホルンは首を振る。
「失礼。ルークは、ホルンの弟子でした」
言い直した声は、先ほどより低い。
使ってはいけない一人称が、初めてこぼれた。
「火傷を負ったのは?」
「ルークです。鎖を炉から引いたとき、左腕を焼いた」
「鎖だけで水門を開けたのですか」
「綱職人カレル・ドーンが耐水縄を継ぎました。ベッカ・ロス、ノル・サイ、テオ・ギン、ウルマ・フェイが鎖と縄を引きました。四人がかりで、やっと指一本ぶん動く鎖です」
西水門の六人が記される。
「ルークは、あなたへ何を持ち帰らせたのですか」
ホルンが折れた聖剣の鍔を持ち上げた。
「これと、黒脈に触れた工具です。あいつは槌も取った」
「何と?」
「『親方は、俺が直したと証明してください。俺が下手だったら、魔王が生きています。それで分かるでしょう』」
笑ったのはホルンだけだった。
声にはならなかった。
「心臓門を開き、取っ手を押さえたのは?」
「ジオ・バレスです」
「四門の信号を確かめ、中央の鐘を鳴らしたのは?」
「記録兵ミラ・オーウェンです」
ペロウは記録帳を開かなかった。
「魔王を井戸へ縛った者は?」
「サシャ・ネム、コル・グラ、ファビ・トス、ロイン・エル」
「ミラとジオを含めて六人」
「はい。四人とも、綱を手首へ巻いていました。手が滑っても解けないように」
「あなたは?」
「役割表と記録帳を持って、中央の脱出路へ入りました」
「なぜ記録官が、最後を見届けなかったのですか」
ペロウの手が、記録帳の表紙を覆う。
「ミラが帳面を閉じたからです」
その手つきを、今も見ているようだった。
「『ここで最後まで書いた記録は、誰にも読まれません。読まれる方を持って帰ってください』と」
「最後に見た時点で、六人は生きていましたか」
「はい」
「百呼吸目は?」
「見ていません」
「最後の言葉は?」
「知りません」
「死亡した順番は?」
「分かりません」
三つとも、調書へ《証明不能》と書かせた。
ペロウが、一つだけ足した。
「脱出路を抜けたあとで、閂の落ちる音を聞きました。あれは、内側からしか掛かりません」
同じ音を、ほかの四人も聞いていた。
二十七人が百呼吸目まで生きていたとは断定できない。
誰かが途中で倒れ、隣の者がその手を引き継いだかもしれない。
五人が知っているのは、配置と役割、脱出前の負傷、本人から託された言葉、そして扉が内側から閉じられたことまでだ。
では、討伐そのものは何で証明するのか。
朝から机に積まれていた「本物」を、一つずつ開いた。
王印の命令書は、三十二人を最終突入時点で臨時兵としている。
書記官が欄外に三十二と書き、五を引いた。
役割表には、五班三十二人の配置と、各班から一人を伝令として帰す指示がある。
アマラが持ち帰った認識票は二十七枚。同行者欄の名と、一枚ずつ合った。
五人が別々の脱出路から出た時刻は、外郭部隊の日誌と一致する。
王都魔力監視塔の記録では、五本の黒脈すべてで聖水の反応が始まり、百三呼吸に相当する時間、途切れず続いた。
必要だったのは、百呼吸。
三呼吸、長い。
その直後、魔王の魔力は消滅した。
五人の供述が真実だから、認めるのではない。
供述で、証拠が読めるようになっただけだ。
「最後の質問です」
五人を見た。
「魔王を倒したのは誰ですか」
誰も答えない。
王宮前の槌音も、いつの間にか止んでいた。
やがてセヴランが口を開く。
「誰か一人の名にはできません」
「なぜ?」
「北水門だけでは、魔王は東へ逃げた。東だけでは南へ。中央の鎖だけでも、黒脈が一本残れば戻った」
アマラが、認識票を両手でそろえる。
「一つでも水門が閉じていたら、魔王は生きています」
「ならば、一人にする必要はありません」
私は判定書の功績欄へ書いた。
《二十七名による共同討伐》
書記官が、最後の名の横へ番号を振る。
二十七。
日没の鐘が鳴った。
◇ ◇ ◇
「二十七人を認定すれば、次の戦から、遺体のない申請が山ほど来る」
軍務卿は、完成した調書を最初から読み直した。
窓の外では、組み上がった凱旋壇に白布が掛けられている。
「偽の遺族が群がれば、本物へ回す金がなくなる。魔王が死んだ今、国をまとめる象徴も要る」
「ですから、五人の供述だけでは認定していません」
判定書の証拠欄を開いた。
王命から魔力監視塔まで、別々に残された記録は同じ結論を示している。
「百呼吸目に誰が生きていたかは証明できません。誰がどの取っ手へ最後まで触れていたかも断定しない」
「それで、なぜ二十七人全員を?」
「二十七人は役割を引き受け、五人を外へ出し、内側から脱出路を閉じました。その後、五門は百三呼吸作動し、ほかの脱出者はいない。個人の最後の一撃ではなく、班としての直接参加を認定します」
軍務卿は、セヴランの申請書を指で弾いた。
「この男を勇者にし、褒賞を二十七家族へ分けさせれば早い」
「それでは、二十七家族が受け取る金は、勇者からの施しです」
「結果は同じだ」
「違います」
私は最終突入命令を彼の前へ戻した。
「彼らは王命で兵士になった。ならば遺族が受け取るのは、国が兵士へ約束した補償です」
「凱旋式はどうする。一人の英雄が必要なのは、政治の事情だ」
「討伐者が一人だったかどうかは、政治の事情では変わりません」
軍務卿の指が、机を二度叩いた。
やがて判定書を引き寄せる。
そこには、こう書いてある。
勇者認定申請者五名――全員不認定。
虚偽申請については、別途処分審査。
魔王討伐直接功労者二十七名――共同討伐者として認定。
王国軍臨時兵として戦死認定し、全員を遺族補償の対象とする。
帰還者五名が証拠と記録を持ち帰った行為は、伝令任務として別途記録する。
「五人を無罪にはできんぞ」
「求めていません」
軍務卿が署名欄へ名を書いた。
そのまま式次第を取り、先頭にあった《勇者入場・白馬一頭》へ二本線を引く。
「二十七本の旗を、三日で用意させろ」
私は判定書を抱え、席を立った。
扉の前で、軍務卿が呼び止める。
「認定官」
「はい」
「二十七家族の照会は、おまえの課でやれ。名を間違えれば、今度こそ国が嘘をつくことになる」
私は書記官へ、最初の面接で不要だと言った項目を戻させた。
家族。
故郷。
所属した組合。
補償の届け先。
功績だけでは、金も名前も帰る場所を持たない。
三日後、王宮前に白馬は出なかった。
二十七本の旗が、朝の風に並んだ。
五人の帰還者は、虚偽申請の取り調べを受けるため、王宮の控え室にいる。
窓は広場に面していた。
布告官の声が、石壁を越えて届く。
「石工、トマ・ハルバ」
セヴランが目を閉じた。
「御者、オルト・ベル」
「農民兵、セド・ラウル」
アマラは、膝の上で二十七枚の認識票をそろえた。
「下級神官、エリサ・ノール」
「鍛冶師、ルーク・ケイン」
ホルンの右手が、傷のない左腕へ伸びる。
触れる直前で止まり、そのまま膝へ下りた。
「記録兵、ミラ・オーウェン」
名は続いた。
坑夫、火薬運搬人、用水路工、縫工、恩赦兵、綱職人、衛生兵、荷役人。
一人ずつ、職と姓名が読まれていく。
二十七人目の名が、広場へ響いた。
私の隣で、書記官が戦没者名簿を閉じた。
魔王城の項は、二十七行になっていた。
その下へ、もう《その他》とは書かなかった。




