葵月桜のおめかし 弐
十四年振り、一歳の時以来の母屋に弥月たち侍女を連れて足を踏み入れると、玄関を掃除していた侍女たちが目を見張るのが分かった。
廊下を進んでも同じ反応をされる。何なんだろう。弥月たちに物と力を借りて、完璧な姿ーー薄い青緑色の地に松に鶴、大きな花の柄が付いた大振りな振り袖の正式な場で着るための着物を着、黒髪をお団子に結い上げてもらいそこには金の美しい簪を差し、頭の横の部分には花でできた鈴付きの髪飾りを着けてもらって、顔ははっきりして見えるように薄化粧をしたーーにしてきたはずなんだけど。
不安になりながら私は掃除をしている侍女に声をかけた。
「すみません。広間までご案内してほしいのだけれど」
「あっ、はい。了解致しました。こちらでございます」
彼女の案内に従って私が廊下を歩いていると、すぐ横の襖がスッと開いた。私が思わず立ち止まってそちらを見ると、知らない男性の姿が目に入った。彼は刃のように鋭い目で私を見つめる。
「この女は誰だ?父の愛人か?」
彼が案内をしてくれている侍女にそう言うと、彼女は少し怯えながら答える。
「妹君です、雨唹斗様。葵月桜様でございます」
ようやくこの人が誰なのか分かった。雅 雨唹斗。雅家の長男にして次期当主で、私の兄。
「葵月桜にございます、兄上様」
私が出来る限りの美しさで礼をすると、兄は顔をしかめた。
「忌み子か。よくもまあ図々しく口を利けたものだ」
その言葉に、今度は私が心の中で顔をしかめる。何よ、それ。妹を妹とも扱わない人こそが忌み子でしょ。
私はただ単に運の悪い年に生まれてしまっただけなんですけど。私はニコリと感情の籠っていない笑顔を向ける。
「はい、忌み子で図々しい者ですが、これでもあなたの妹ですのよ。恥になりますわね。恥っかきの次期当主。なかなかにお似合いの二つ名じゃあありませんの、ふふふ」
私は瑠璃華仕込みの嫌味を返し、侍女に案内を続けるように指示した。
○○○
豪華な部屋。大広間に対する私の感想はそれだった。大広間に辿り着いた瞬間、案内をしてくれた侍女はすぐに仕事に戻った。
良くできた子だ。忌み子の私にもしっかり対応してくれた。まあ、そもそも家族の話題に上がっていなくて知らないだけかもしれないが。
「葵月桜様、ここからはわたくしだけがお付き添い致します。不安があるかもしれませんが、どうぞご承知置き下さいませ」
弥月の言葉に、私は笑顔を返す。
「あなたがいてくれるなら、何よりも心強いわ。ありがとう」
私は先ほどの侍女に案内された席に弥月と共に座る。程なくしてさっきの兄・雨唹斗が入ってきて、私を見ると露骨に舌打ちをしてきた。
何よ、恥っかきの次期当主。私がつんと澄ましていると、あまり自分の双子という感じがしないもう一人の兄・松梭斗も大広間に入ってきた。こちらはものすごいびっくり顔だ。というか、我が家は美形が多いのね。
兄二人とも鼻筋の通った凛とした雰囲気の美男だ。瑠璃華もそれなりには美人だし。私は松梭斗に愛想笑いを向ける。双子なのに愛想笑いを向けるって、どうなんだろう。
そんなことを思いながら私がほうじ茶を出来る限り音を立てずに飲んでいると、また誰かが入ってきた。今度は誰だろうとそちらを向くと、見慣れた姿があった。
(満那斗……!)
私は手でこっそり合図を送る。すると、満那斗は顔を輝かせて隣の座布団に座った。
「姉さん!どうしたの?何で母屋にいるの?」
「瑠璃華が呼びに来たの。お父様が待っているから、母屋に来いって」
私が微笑みながらそう言うと、満那斗は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「そうなんだ!姉さん、その格好、似合ってる。ほら、松梭斗兄さんとか、びっくりし過ぎてこっちずっと見てる」
「それが理由じゃないんじゃない?松梭斗には可愛がってもらってる?」
私がそう言うと、彼は呆れたように笑った。
「何言ってるの姉さん。僕ももう十三だよ?仲良くしてるけど姉さんほど可愛がってはくれないよ」
その声に甘えが見えて、私は満那斗の頭を撫でた。
「今度またもっと可愛がってあげるから!」
私がそう言ってもっと撫でようとしたのに、その手はある人の少し骨ばった手によって止められた。




