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葵月桜のおめかし 壱

 (あい)、早く帰ってこないかなあ。干し柿が食べたいんだけど。私はここ、歌橋(うたはし)家の離れの縁側で三つ編みにして右の肩から前に垂らした黒髪をいじる。私、国内有数の名家、歌橋家の次女・歌橋 葵月桜(あづさ)はこの国・日本で重宝されるあやかし使いである。両親や兄弟には言っていない。言った瞬間好きでもない男をいっぱい募集して全員私の婿にしようとするに決まってる。それこそ普段の態度が嘘のように甘やかしてくれるだろう。家族は弟以外全員が私のことを蔑んでいる。なぜって?私が忌み子だからだ。父親と母親の年齢が合わせて四十四歳になる年に生まれた黒髪の女児は、一家一門を祟り、滅ぼすと言われている。四と四。すなわち「死と死」が重なるのと、黒は喪服の色ということでものすごく不吉、という理由だ。なぜ女児なのかは知らない。そして愛というのは、私が人知れず手懐けた兎の(あやかし)だ。真っ白な体に、ふさふさした真っ黒い襟巻きのような毛が首に生え、大きさは普通の兎よりも二回りくらい小さい。小さな赤い目が特徴的な、可愛らしい妖だ。

『葵月桜!帰ってきたよ!干し柿たくさん採れたぁ~!』

噂をすれば。愛が干し柿を宙に浮かせながら満面の笑顔で帰ってきた。

「ありがとう、愛。さあ、一緒に食べよう」

私たちが平和に干し柿を頬張っていると、隣の間に繋がる襖が突然開いた。愛はさっと私の着物の袖に入り、私は干し柿を袖の中の愛に託すと、背筋を伸ばして姿勢を正した。入ってきたのは両親や兄に可愛がられ、私の双子の兄に慕われてわがままに育った姉の瑠璃華(るりか)だった。艶やかな黒髪をハーフアップにし、リボンで飾っている。着物も私のただの黒地に申し訳程度に花柄が付いた物とは違い、青地に鶴や松、たくさんの豪奢な花が付いた物だ。帯には扇が挟まれている。姉はその扇をサッと開き、口元を隠す。美しい柄が顕になる。私を一番毛嫌いしている人間が何の用だろう。

「葵月桜。お父様がお呼びよ。もう少しマシな格好をして母屋へいらっしゃい。お父様のお目が汚れるわ。あ、そうか、あなた、それ以上にいい着物なんて持っていなかったわね、ふふふっ」

そう言って意地悪く笑うと、瑠璃華はこれ見よがしに振り袖を振って部屋を出ていった。愛が袖から干し柿を抱えて出てきて『何よあの女、信じられない。あれが葵月桜の姉なの?』と呟いているけど、私は今、とても驚いていた。私はほとんど離れに幽閉扱いで、生まれて十五年間、遊びに来てくれる弟と嫌味を言いに来る瑠璃華以外の家族と会ったのは一、二回程度。家族に対して血の繋がった他人という風な認識しかしておらず、あちらも同じはずだ。そんな私がなぜいきなり呼び出されたりするのだろう。ふと、私の頭に嫌な考えが浮かぶ。そんな、まさかね。それなら、瑠璃華を選ぶはず。あ、そういうこと?私じゃないけど、そのお祝いの会みたいな?うん、それだったら納得できる。私は頭の中に浮かんだ‘嫁入り’という考えを納得させる。瑠璃華の嫁ぎ先はきっとあやかし使いの男。それで我が家の繁栄に利用しようと言うんだろう。早く着飾って母屋に行かないと、お叱りを受けてしまう。もう十四年も会っていなくて顔すらも覚えていない父から。でも、髪飾りも着物も化粧道具も持っていない。

「……どうしよう…」

私が途方に暮れていると、さっき瑠璃華が入ってきたのとは反対側の襖が静かに開き、侍女たちがたくさん現れた。その筆頭侍女頭の弥月(やづき)の手には豪華な着物や美しい髪飾りがあった。

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