【3-3-4】
地下に向かう階段は想像より長いものだった。当然灯りはなく、炎で足元を照らさないと転んでしまいそうだった。私は螺旋状に彫られた階段をコツコツと音を立てながらに降りていく。空気の流れも乏しいのだろう。埃とカビの匂いがした。
どのくらい歩いていたのかも分からない程の時間を経て、ようやく最深部へとたどり着く。どうやら前方に空間が広がっているようだ。炎を調整し、少しずつ全体が明るくなっていく。確かに誰かが奥にいる気配がする。私は目を凝らす。その姿を視界に捉える。
――思わず息を飲む。その人は、なぜ生きているのかも分からない程に傷だらけで、生傷が手当もなされずに外気に晒されている。更にその両腕は、拘束のためなのだろうが、壁に直接杭で打ち止められていた。
「……おやぁ? お客さまなんて幾星霜ぶりでしょうねぇ〜?」
その粘着質な声を聞いて私の身体に怖気が走る。本能からこの人の事を好きになれないように感じた。こんな事は初めてだった。
「……あなたが、アーガ?」
「はぁい。私がアーガですよぉ?」
目の前にいる少女が、過去太古の神々と争ったという賢人アーガだった。賢人ということでどのような姿をしているのかと思ったのだが、彼女は比較的人型に近い。ただ白塗りされた肌、赤く誇張された唇。片側の目元には涙のマーク。その姿は前世でよく知る道化師そのものだった。
「ほらぁ。もっと近づいて下さいよぉ。お顔を見せてくださいな」
『この通り私はなぁんにも出来ないですからねぇ』という言葉を受けて私は警戒しつつ彼へと近づく。
「あらぁこれは可愛らしいお客様ですねぇ。お名前はなんて仰るんですかぁ?」
「……スーニャだよ」
「スーニャさん! これはまた良いお名前ですねぇ! 末長くよろしくお願いしますねぇ。いやあ誰かとお喋りする機会なんてないですからねぇ。嬉しくて嬉しくて。自分で自分と話してみたり、足や石に向けて喋りかけてみたりもしてるんですけどねぇ、うんともすんとも言いやしない。やっぱり本当の人が1番! 今改めてアーガは思いました!」
随分とご機嫌のようで喋り続けている。しかし本当に賢人というもの達は変わった人が多い。
「……それで、話してもいい?」
「ええ、ええ。無論ですとも。私めでよければなんでも話しますよぉ? 何が良いですかぁ? 最近の私の流行りにしましょうかぁ? えっとそうですねぇ?」
「いや、それではなくて」
止めないと勝手に話し続けるタイプだ。なんだかもう疲れを感じて、とっとと帰りたい気分だった。リムさんが会いたがらない気持ちも理解出来た。
「おやおやおや、いえこれは失敬失敬。それで私目は何をお伝えすればよろしいので?」
「……ハッキリ聞く。太古の神々の弱点はある?」
私の言葉を受けて彼女は少し驚いた表情を浮かべていた。
「これまたびっくりな質問ですねぇ。でもスーニャさんが聞きたいというのであればお答えしましょう。あの方達の弱点についてですねぇ」
うんうんと頷いている。やはり何か弱点といえるものがあるのだろうか。彼女はぶつぶつと言葉を呟いていた。
「……魔法、聞きませんねぇ。殴打、効果はあるけれどもイマイチでしたねぇ。斬撃、これは殴打よりはマシですかねぇ。大人数での戦闘、全くダメでしたねぇ。1番効果なかったですねぇ。うーん、あれ?」
言葉を止めた彼女を見る。何か思いついたものがあったのだろうか。
「……弱点、無いですねぇ」
「おいこら」
私はその言葉に思わずずっこけそうになってしまう。結局絞り出したものがそれでは、ここまで来た意味もない。
「いやぁあの人達って結局完全無欠なんですよぉ。ずるいですよねぇ」
『でもそれがあの方々の素晴らしいところですよねぇ』などとウットリとしながらに言っている。……なんだこの変態は。
「……じゃあもういい」
私は早速踵を返して帰ろうとする。その様子を見てアーガは慌てて私を止めた。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!! 待って下さいよぉ!」
「……だって何もないんでしょう? ならここに来た意味ないし」
「そんな事言わないでぇ。もうちょっとお喋りしましょうよぉ」
『本当に久々なんですからぁ』なんて言っている姿を見て、ひとまず外に出ることは止める。彼女はまたうんうんと唸りながらに考え始めた。
私はため息を吐きながらにその様子を見守る。……今度こそ何か出なければもう行こう。その後、しばらくしてようやくアーガは口を開けた。
「……あの方達の弱点ですけどぉ」
「うん」
「考えてみたんですけどねぇ」
「……うん」
「やっぱり、無いですねぇ……」
「……分かった。ありがと。帰る」
もう我慢ならない。私はもういいと本当に出口に向けて歩き始める。後ろからは声が聞こえるが知った事か。ただ、ある一言で私は歩みを止める。
「――スーニャさん、貴方あの方達を殺すつもりなんですかぁ?」
私が歩みを止めたのは、先ほどまでとは打って変わった声だったからだ。振り向くと先ほどまでの軽薄な様子は消え失せて、私を深く観察するような目に変わっている。
「……そうだと言ったら?」
アーガは声を立てて笑い始めた。その笑いはしばらくの間続き、その甲高い笑い声に私は不快感を覚えた。
「……なに? なんか文句あんの?」
「いえいえいえ。ふふっ。とんでもない。そんな事考える人がこの世界にいるなんて思いもしなかったので、アーガ感激しております。くくくっ」
『思った通り貴方はとっても素敵な人ですねぇ』などと言っているが、馬鹿にされているようで腹が立つ。
「……アンタだって、そうだったんじゃないの?」
彼女だって同じはずだ。昔に太古の神々と争った。その目的は分からないが、相手に敵意がなければそんな事はしないだろう。私の言葉を受けて彼女はまた口元を愉快そうに歪める。
「えぇえぇ。仰っております通りですとも。私はかの方達へ挑んだのです。そして負けました。いやぐうの音も出ないとはこの事」
「……結局なんでアンタはあの人達と争ったの?」
最初から疑問だった。この世界で最強の存在である太古の神々に対してなぜ喧嘩を打ったのか。
「ふむぅ。なんでしょう。……あら? 本当に何でしたっけ?」
『随分と昔のことですからね〜』などと言っている。ただ何か遠くを見つめるその様子に、何だかそれ以上深く追求する気にはなれなかった。
「……あ、弱点じゃないですけど、一つ思いついたものがありますよぉ〜」
「……え?」
私は慌ててアーガへと詰め寄る。一体どんなものだろうか。
「あの方達は完璧ですからねぇ。争えるのは同じ存在くらいでしょうねぇ〜」
「……それってつまり」
私の反応を受けて、にんまりという表現がぴったりの笑みを浮かべている。しかし、そうか。確かにそれならば、どう転ぶかは分からない。ただ問題はそれをどうやってのけるか、か。
「ありがとうアーガ。参考になったよ」
『いえいえとんでもございません』などと彼女は言っていた。そして私は今度こそその場を立ち去ろうとする。急いで準備をしなければならなかった。ただ階段を登る手前で声を掛けられる。
「……スーニャ、また来てくださいねぇ。――貴方と私そっくりですよぉ。きっと仲良くなれます」
『私は生憎この杭で動けないんですよぉ。これギィさんの力が込められてて抜けないんですよねぇ』なんて言っているが、いや私とアーガの何が似ているというのか。ただアドバイスを貰ったのは事実だ。無碍にも出来まい。
「ま、機会があればね」
私は彼女にそんな言葉を残して階段を登っていく。
「はぁーい。――きっとまた会う事になりますよぉ」
背中越しにそんな言葉が聞こえた。
階段を登り切ると、リムさんとレナードが私が来た事に気づき、駆け寄ってきた。
「ようやく終わったか。どうだった?」
「はい。収穫はありましたよ。まあなんだか疲れましたが」
いや本当に言葉通りに疲れた。私は二人へアーガと話した内容を説明しつつ、休憩させてもらう。
「スーニャ、隠れ家で休むのはどうですか? 移動魔法ですぐ戻れますよ」
「ありがと。そうしてもらえると助かるかな」
私もそうだが、レナードもリムさんもくたびれたはずだ。早く帰ってみんなで休憩しよう。
「分かりました。では魔法を使いますね」
その後私達はレナードの魔法で隠れ家へと一瞬のうちに移動する。先ほどまでは雪山の上だったのに、今はもう目の前には隠れ家の家が見えた。行きはあんなにも時間が掛かったというのに、帰りは一瞬だ。いや本当に便利な魔法だこと。
私たちの帰りに気づいたのか、モノとジーが家から出てくる。そんな時間は経ってないはずなのだが、なんだか随分と久々に思えた。
「みんなお帰りなさいー!」
「ジー、ただいま」
ふぅと一息つく。ひとまずは無事に終わったのだ。少し気を抜いても許されるだろう。ただ、ジーの発言によってとてもそれどころではなくなる。
「――スーニャ、大変ですよ! また人族が戦争起こすらしいです!」
「――え?」
想像はしていたが、それは想像していたよりもずっと早い展開だった。人族と亜族の最後の争いが、始まろうとしていた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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