【3-3-3】
「これがその建屋ですか」
それは木造の小さな社だった。ところどころ黒く酸化した柱は相応の年月を感じさせる。お世辞にも綺麗とは言えず、節々に埃すら被っている。
失礼な話し、アヌ教の人達はこんなところにそんな大挙して参拝するのかと訝しんでしまう。
「……リム様、本当にアーガはここにいるんですか?」
レナードも疑問だったようだ。まさかリムさんが間違えたということはないだろうが、それでもここにその賢人がいるとはとても思えなかった。
「ああ。ここで合っている」
『当時から何も変わっていないな』なんて言っている。私とレナードは思わず顔を見合わせてしまった。
「リム様しかし……」
「いいから、中に入れ」
リムさんの言葉に従い、私達は建屋の中へと入る。その賢人は確かこの社に幽閉されているといっていたが、目の前にある建屋はそもそもが小さなものだった。入り口とも言える戸が左右に開け広がっており、中には少しの空間があるだけ。
その空間も中に安置されているアヌ神を模した像でほとんどのスペースが占有されている。それ以外にあるのは以前参拝したアヌ教徒が置いたのか、お供えの品々と干からびた花が見えた。
他に何か見当たるものもなく、私はただ目の前のアヌ神の像を眺める。いったいいつに造られたものなのだろうか。アーガが幽閉されたというのは随分と昔のはず。それと同時期とするのであれば一体どれほどの期間が経っているのか想像すら出来ない。
「スーニャ。邪魔だ」
リムさんに手を引かれて私は立っていた位置からズレる。その代わりにリムさんがアヌ神の前に立つ。もしや何か仕掛けがあるのだろうか? 例えばどこかを押すだとか、特定の魔法を使うだとか。それによって何か隠し通路が現れるとすれば今この空間にスペースがないことも理解が出来る。
ただリムさんはそんな様子は無く、しかし、驚いた事に目の前の像へ声を掛けた。
「……久しぶりだな。ガーディン」
「……はい。お久しぶりです。リム様」
その言葉と同時にギギギと音を立てながらに目の前の像が動き始める。私とレナードは驚きのあまり声を上げてしまう。まさか目の前の像が動き出すなんて想像だにしていない。
ただ確かにその目の前の像は、アンジェルやジンと同じく声を発していた。
「どのようなご用でしょうか?」
「アーガはまだいるのか?」
「はい。この下に今もおります」
ガーディンと呼ばれた像はそのままにリムさんと喋っている。口は流石に動いてはいないのだが、それがより奇妙で、いや、はっきり言うと不気味でしかない。夜に見たら完全にホラーだ。
「そうか。こいつをヤツに会わせに来たんだ。通してもらうぞ」
「リム様が仰られるのであれば」
その返事とともに彼? は台座ごと身体を浮かせ横へとズレる。あまりにも急に現れたファンタジー展開に理解が追いついていない。
「よし。ではスーニャ行ってこい」
「……え? リムさんは一緒に行かないんですか?」
「私はヤツに用もない。そもそも会いたくもないからな」
『一人で問題なかろう』と言われとりつく島もない。まあそれは構わないのだが、まず確認すべきことがあった。
「リムさんその前に一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ? ああ。今のアーガに危険性はないからな。そこは安心していいぞ」
いやそれではなくて、まず目下の疑問があった。
「……この目の前の方はいったい?」
「こいつか? こいつはガーディンだ。アーガとまではいかないが早くに産まれた賢人だな。今はここの番人だ」
ぺこりと頭を下げてくるのでこちらも下げ返す。思ったよりも礼儀正しい、なんて言ってる場合ではない。
「……それで、彼はなんでアヌ神の像の姿に?」
今だにその姿はアヌ神、というよりもその像のままで、ぶっちゃけ怖い。生み出された時からそうだったのだろうか?
「ああ。それはこの社にいるために都合が良かっただけだ。こいつはそもそもの素体が石でな。まあゴーレムのようなものだ。その身体を活かしてアヌを模ったわけだ」
「そうですか……。分かったような分からないような」
私の反応など気にもせず『今にして思えばよくギィが許したな』などとぶつぶつと言っている。まあ言葉の通りに理解できたわけではないが、こういう存在もこの世界にはいるという事で無理やり自分を納得させる。
ただ隣にいたレナードも驚いていたくらいなので、この世界でも稀有なケースであることは窺い知れた。
「……あれでもじゃあみんなアヌ教徒は彼を拝んでいるってことになるんじゃ」
わざわざ危険を犯して山を登ってきているというのに、その信仰の対象が違うというのは中々に酷な話だ。
「そんなものは知らん」
リムさんからはバッサリと切り捨てられる。
「ただ、この件はアヌ教の教主であるギィが主導していることだ。つまりアヌ教の意思ともいえるだろう」
その言葉に私は驚いてしまう。太古の神々の長姉であるギィ=フクローランが、フクローランを統治しているとは聞いていたけれど、まさかアヌ教の教主でもあるとは。
ただそれは神が人々を導くという意味では、あるべき姿なのかもしれない。ただことこの件に言えば、トップ自らが教徒を欺いているのはいかがなものかと思うけれど。
「それにだ。結局信仰なんてものは自己の中に形成されるものだ。ならば祈る先が本物だろうが偽物だろうが関係もないだろう。――それでそろそろいいか?」
私は彼女の言葉に頷く。先ほどまでガーディンがいた場所には、取り外せる板があった。そしてそれを外すと地下への階段が現れる。
「――よし、では行ってこい」
リムさんの声を背に私は階段を降りていく。
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