【3-3-2】
目を開けるとあの吹雪が嘘だったかのように収まっていた。雲ひとつない快晴、光に反射して輝く雪、昨日までは吹雪のために景色もまともに見ることも出来なかったが、今は遠くまでを見渡すことができた。
「うわー結構登って来てたんだねー」
下を見るシェスカの街々が目に入った。豆粒のようになった家々をみると随分と遠くにきたように感じる。息が白いモヤになって空へと上がっていく。私はそれをぼんやりと眺めていた。
「ほら。スーニャいくぞ」
『とっとと終わらせて帰るぞ』という言葉に頷き、私達は再度歩み始める。
「それであとどれくらいで着くんですか?」
「もう少しだな。アーガは頂上の社に幽閉されている」
だいぶ進んできていたようで安心する。しかしここまでの道のりは随分険しいものだった。雪の関係だけではない。この辺りはモンスターも多い。雪国だけに生息するスノーウルフやホワイトベア、ウェンディゴなどだ。平地でもモンスターはいたが、それとは比較にならないほどに凶暴で手強い。
まあこのパーティでいえばそれも驚異にはならないのだが。
「こんな雪山の山頂に社があるんですね」
「ああ。そこがアヌ教の聖地でもある。高度だけで言えば、この大陸の中で最も高い場所の一つだからな」
ニーナはこの山脈には年間かなりの数の人が訪れると言っていた。ただこの環境に一般人が来るには流石に荷が勝ちすぎる気がするのだが。
「……アヌ教の人は皆そこの社が目的なんでしょうが、危なくないですか?」
「護衛も付けているでしょうし、そもそも登頂ルートも異なるのかもしれませんね。フクローラン側からの登頂が多いんでしょう」
私達は雪を踏み締めながらに歩みを進める。途中途中は無理をしないよう休憩をとる。最初の頃と比べたら随分と雪山を歩くことにもなれたものだ。
「……それで、前も似たような事を聞きましたが」
私はリムさんの顔を見ながらに話しかける。彼女はなんだという風に私を見返してきた。
「アーガって賢人はなんでリムさん達と争うことになったんですか?」
普通太古の神々に喧嘩を売ろうなどというものはいない。この世界の人達にとって彼女らはもはや信仰の対象であり、罷り間違っても争う対象にはならないのだ。
「言った通り真意は奴に聞け。……ただアーガは最初の賢人であることともあり、私達と一時期同じ場所で暮らしていた。その時には特にそんな素ぶりはなかったように思う」
同じ場所で暮らしていたということにも驚くが、仲が悪かった訳でもなさそうだ。それがなぜそんなことになったのか。
「奴が変わっていったのは他の賢人や人族なんかが生まれてからだな。全体の数が増えるにつれ少しずつ様子が変わっていった」
どういうことだろう。何かがあったのか、今の話だけでは何か理由を読み取る事は出来ない。
「そして、他種族を纏めて私達に攻撃を仕掛けた。こちらも慌てたぞ。過去そんな例はなかったからな」
慌てたで済ませていいレベルなのだろうか。ただそれをしてもなお彼女達には届かなかった。蹴散らされ終わったのだ。
「でもよく異種族同士を纏める事が出来ましたね?」
今は異種族同士で争っているというのにそれを纏めていたとなると随分な統率力だ。
「あの頃は全体の数も少なかったがな。ただ上手く手のひらの上で転がしていたのだろうさ」
『そういう技能には長けた奴だったからな』とリムさんが話す。存在自体が強者に生まれついたものは戦略などあえて取らないという印象だが、ただこのアーガにおいてはそういう訳でもなさそうだ。珍しくも策士タイプなのだろうか。会う時には心しておこう。
「……あ、あと話はズレてしまうんですけども、もう一つ聞いても?」
「……今度はなんだ」
別にそんな面倒そうな顔をしなくてもいーじゃないか。どうせ時間なんていくらでもあるのだから、と言ってやりたいところではあるがぐっと言葉を飲み込む。聞きたいことは賢人とモンスターについてだ。
「この世界には太古の神々、賢人、人族、亜族、獣もといモンスターがいますが、賢人とモンスターだけちょっと異色じゃないですか?」
「……異色というのは?」
「えっとなんというか。人型かそれ以外か?」
私の回答に彼女は目を丸くしていた。レナードは何となく私の考えが伝わっていないようだったが。
「スーニャ、貴様……」
あれ、これは怒られる流れだろうか。ちょっと漠然とした質問すぎたか。的外れですみませんと声を出そうとしたところ思わぬ反応を受ける。
「良い着眼点を持っている。貴様なかなか研究なんかに向いているかもしれんぞ」
その反応にこちらが驚いてしまう。ただそんな深くも考えずに聞いた話なのだが。
「伝承に基づく通りだが、アヌはまず自分を模した私達神々を創造した。始まりの五日間とやらで次に作ったものは何か知っているか?」
まさか神話を神様から直々に聞けるとは。それとそれくらいなら私も知っている。
「はい。次に賢人、人族、亜族、獣、つまりはモンスターの順だったと聞いてます」
「その通りだ。アヌはこう考えたわけだ。次は、より良いものを作ろうと。そして試行錯誤の結果が賢人以降に続いている。貴様が賢人とモンスターが異色というのはつまり造られた時の考え方の違いだ」
人族はまさしく人型がベースであり賢人とモンスターはそのベースが違うから、毛色が違うということか。
「僕もお聞きをしても?」
レナードが会話に加わってくる。確かにこんな機会は珍しい。彼も疑問があるなら聞いておいて損はないだろう。
「もしアヌ神が更に良い種族を造られることが目的なら、賢人から人族、人族から亜族、そしてモンスターと、この流れが不自然かと思いまして」
「ふむ。それは違うな。その観点はあくまで貴様らの視点だ。私達はともかくとして、賢人より人族は成長性や適応力などに優れるし、亜族は人族よりも単純な素体性能は上だろう。亜族よりもモンスターはさらに繁殖力も高い。このように個々それぞれで優位性はある。だからどれが1番など判断はつかん」
リムさんの説明にレナードも納得したようだった。
そして突然リムさんが遠くを指差し始める。私はその指の先を見つめる。
「そら、話もしていたからな。ようやく見えてきたぞ。目的地だ」
まだ小さい影しか見えないが、それはリムさんが言っていたアーガが幽閉されているという場所のようだった。
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