【3-2-3】
「――ついたー!!」
私はシェスカに着き声をあげる。いや本当に随分と長かった。ゆっくり出来たといえばその通りなのだが、する事がないというのもしんどいものだ。縮んだ身体の筋を伸ばす。馬車の中でもそりゃ伸ばすことも出来たけれども、イメージの問題だ。
シェスカがどのような国なのかと思っていたが、街々の様子はバルディアと比べては落ち着いた印象だ。背にはディーヴァヌ山脈が見え木造を基調とした家々は自然と調和している。
とはいえ見たところ店舗と言えるものも少なく、人もまばらで、歯に衣着せぬ言い方をすると寂れた雰囲気ともいえた。
「さてようやく着いたわけだが、レナードまずは宿探しか?」
「はいリム様。適当なところを探しましょう」
キョロキョロとしている私を尻目にリムさんとレナードが進んでいく。私は慌てて二人を追いかけた。
宿屋自体の数も少なく、私達はすぐに手近な店に決め、部屋を借りる。宿は安作りのものではあったが、久方ぶりのベッドは上等なものでなくとも有り難く感じた。
私達は休憩をしつつ今後の予定を立てる。まだ日も明るい。装備品の買い物にも時間も足りることだろう。
「リム様とスーニャは、好きに過ごして貰って結構ですよ。僕はこの村を散策してみます。店選びもしたいですからね」
『夕暮れ時には集まって食事にしましょうか』とレナードは気を遣ってくれる。私も一緒に行くとも言ったのだが、疲れているだろうからと丁重に断られた。いやホント気がつかえる男子である。
それであればとお言葉に甘えさせて頂く。せっかくなので私も街を散策することにしよう。リムさんにも声を掛けてみたのだが、彼女は興味もないようで部屋にいるだとか。そうして私達はちりぢりに分かれる。
さて夕暮れまでは時間もあるしどうしたものか。
私はひとまずシェスカの街々をぷらぷらと散策する。やはり人がまばらと思える。ちらほらと冒険者の装いのものはいるが、そもそも国民と思える人が少なかった。さて商店でも見に行こうか。それか軽食を食べるのもいい。ちょうどマーニャさんからの臨時収入も入ったことだし。
私は歩きながらに、ここに来るまでの間にレナードに聞いていたことを思い出していた。シェスカがどういう国なのか、という話だ。
この国は元々は近隣の諸国の属国に近い状態だったらしい。国土の多くが岩肌の山脈に面しており、土地柄農業にも畜産にも向かない。目立った産出物は鉱物が挙げられるが、冬季は豪雪に見舞われ、それ例外にもモンスターによる被害から安定した産業にはなり得ない。
他国から援助を受けねば成り立たない貧しい国。それがシェスカだった。
ガブリエットの事はレナードも詳しくは知らないようだった。噂によればシェスカにおける貴族の出自らしいのだが、本人自体もあまり自分の話をしないのだとか。
ただガブリエット達が台頭し始める少し前に、亜族を中心とした野盗がシェスカを襲撃する事件があった。防衛のために前線に出た国王が亡くなるなどの事態にもなったとか。そしてその後のタイミングから彼女が表舞台に出てきたらしい。
歩いていると、ふと遠目に広い敷地が見えた。そこには白い石が等間隔に並べられていて、一目で墓地であることがわかった。参列して花を沿えている人もまばらに見かける。
私は何故か足がそちらへと向いた。別に用事があるわけでもないのだが、参列者の人たちを横目に奥へと進む。奥には一際大きな石碑が立っていて、その前に黒に統一した衣装を着た女性が立っている。こちらには背を向けているために顔は見えないが、上品な装いだ。身分の高い人なのだろう。
私は彼女の後ろから何ともなしに石碑を眺める。石碑にはたくさんの名前が書いてあった。戦争か何かで亡くなった人たちなのだろうか。
「……貴方のご家族もお亡くなりに?」
目の前の女性から話しかけられる。まさか話しかけられるとは思っていなかったために、私は慌ててしまう。
「えっとあの、いえいえ。私はちょっとたまたま来ていて、ふと目に入ったので」
私の様子を見てクスリと笑っている。自分の頬が赤くなるのを感じた。何か後ろめたいことをしたわけでもないのに、何でこんな焦っているのか。こほんと息を吐き、私からも彼女に話しかける。
「あのー、この石碑はいったい?」
少し気になっていたのは事実だ。せっかくなので尋ねてみよう。
「この石碑は、墓碑です。先にこの国は戦火に見舞われました。その時にこの国のため命を捧げた方々の名前が刻まれているんですよ」
まさしく、レナードから聞いた亜族との件だろう。そしてその際に彼女の懇意の人も亡くなってしまったのだろう。私は何と声をかけるべきか言葉が出てこなかった。
「私の愛する人たちもここに眠っているんです。ですから、今でもこうやって定期的に訪れているんです」
強い人なんだろう。その言葉には映っているのは悲しみだけではなく、懐かしさも込められていた。彼女は慈しむように石碑を撫でている。
彼女の言葉を受けて私はある事を聞いてみたくなった。聞く必要もない。むしろ聞かない方が良い質問。深く事情も知らない。的外れなものかもしれない。しかし彼女に尋ねてみたいと思ったのだ。
「あの、聞いてもいいですか?」
「はい? 私で答えられることなら」
私は意を決して彼女へ質問を投げかける。
「……憎くないですか?」
私の質問に彼女はすぐには答えない。私はやはりこんな事聞くべきではなかったと後悔する。すぐに取り消そうとしたところ、女性は話し始めた。
「それがどういう意味か分かりませんが、もし傷つけた相手の事を、という意味であれば、……憎くないと言えば嘘になりますね。彼らによって私は夫や家族を失いましたから」
やはり申し訳ない事を聞いてしまった。謝ろうと口を開くも彼女は言葉を続けていた。
「でも、今は前を向きたいと思っています。――そうしないと、いつまで経っても世界は変わりませんから」
彼女の言葉を聞いていつぞやのレオの言葉を思い出す。確か許さない事には憎しみの連鎖が続く、だったろうか。まさかこんなところでも似たような事を聞くことになろうとは。
彼女の想いと私の為す事は全く正反対だ。ならば私のようなものはこの場には相応しくない。早めに立ち去ろう。
「そうですか。ありがとうご――」
私の言葉と同時に彼女がこちらへと振り向く。その顔を見て私の言葉が止まる。彼女は私の様子を見て怪訝そうな表情を浮かべている。
――目の前の女性は、あのガブリエットに酷似していた。
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