【2-8-6】
「◾️◾️◾️◾️◾️!!!!」
ディアさんの言葉にならない声が響く。放った爆炎のために景色は一変していて、辺りは灰燼に帰していた。
私の身体も炎に包まれたたために、皮膚は火傷で爛れ、衝撃波から身体の一部は消失している。すぐに再生するといっても、痛み自体がないわけではない。私もその苦しみから声をあげる。
ただ私は痛みよりも無事に魔法を放てたことに安堵していた。ジンとの戦いの時も何度試しても発現しなかった。それなのに今回ぶっつけで上手くいったのは、もしかしたらカイリの助けもあったのかもしれない。
やがて砂煙が晴れていく。少しずつ視界がクリアになる。私はボロボロになっているディアさんの姿を認識した。アンジェルの炎は効かなくとも、魔法での攻撃は効くのではと思ったが、無事功を奏したらしい。
「ああぁ痛い痛い痛い。なんでどうして……」
ブツブツと呟いている。私は落ちていた剣を拾い、彼女へゆっくりと近づく。
「ククル、ククル、ククル……」
まだそんなことを言っているのか。大した執念だ。私は剣を彼女へと剣を突き刺す。もう抵抗する力もないようだった。
「……アンジェルアンジェルアンジェル!!」
譫語のように、怨敵のように、アンジェルの名前を繰り返している。意識も朧げなのだろう。その瞳には私が映っているのに関わらず、私を私として認識していないようだった。
「アンジェル。私は認めないわよ貴方だけは……」
「――ディアさん、私はスーニャですよ」
私は再度彼女に剣を刺す。これで最後。私は刺した剣を引き抜く。彼女は最後にポツリと言葉を発した。
「――ああ、なんて綺麗な炎。本当はずっと私はあなたのことを」
そこには今までの怨念や怒りはなかった。そしてその言葉を最後に動かなくなる。彼女はアンジェルの幻想を見ていたのだろうか。最後に映ったのが、生涯にわたって追い続けたククルではなく、アンジェルというのは皮肉なものである。
「……さよなら。ディアさん」
私は彼女へと別れを告げて、その場を後にした。
リーリアさんとモノの元へと向かう。二人から距離を取ったのはエクスプロージョンに巻き込まないためだった。彼女達の様子を見ると、誰かが話しかけているようだった。ん? いやあれはもしかして……。
「……もしかしてリムさんとジー?」
私は足早にその場へ向かう。近づいて改めて見るとやはりそうだ。ジーは私に気づいたのか手を振ってきた。
「スーニャ! 無事ですかー!?」
ジーの声でリムさんも私に気づく。
「スーニャか。思ったより元気そうだな」
「二人ともどうしてここに?」
なんだか随分と久々に会ったような気がする。安心からか力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
「スーニャ! 大丈夫ですか?!」
慌ててジーが駆け寄ってくる。
「いやぁ、あはは。流石にちょっと疲れた……」
ジーに身体を診てもらう。ただ既にアンジェルの力で傷は塞がっていた。少し休めば大丈夫だろう。
「でも二人はどうしてここに?」
「ああ、私達は実は初めからずっといたんですよ」
話を聞くと、ジーは隠れ家に戻った後、すぐにリムさんに状況を伝えた。そして私たちを追いかけてきたらしい。だから彼女たちは実は、私たちがフェニスの館にいる頃には近くにいて、何かが起きた際には乗り込もうと考えていたようだ。
「それなら今の戦いの時も助けに来てくれてもよかったんじゃ……」
「フン。しかし無事に終わった。ならそれでいいだろう?」
……相変わらず意地悪なことで。憮然する私を気にもせず彼女は言葉を続ける。
「ギリギリの戦いの中でこそ得るものもある。今回などまさしくそうだろうが」
確かにその通りではあるのだけれども……。まあいいや。リムさんに何か言っても取り合って貰えないだろうし。
「それで、モノ達の様子はどうなんですか?」
私は倒れているリーリアさんとモノへと視線を移す。モノはまだ気絶したままだったが、リーリアさんはすでに意識を取り戻していた。
「二人も大丈夫ですよー。若干骨が折れたりしてますが、大丈夫大丈夫ー」
ジーの言葉に私はひとまず胸を撫で下ろす。
「……スーニャ、ディア様は?」
私たちの様子を見てずっと黙っていたリーリアさんが、ゆっくりと口を開ける。
「……殺しました」
「そう。そっか……」
彼女のその表情からは何を考えているのか、どんな感情なのか読み取ることはできなかった。
「……最後に何か言っていたかしら?」
「いや特には……」
私の言葉を受け、噛み締めるようにゆっくりと頷く。
「もういいか?」
黙っていたリムさんが口を挟んでくる。私も彼女へと視線を戻す。
「これからの話だがな、まずあの女の遺体は貰って行く」
「え、ということは」
「ああ。あの女の素材はお前に使用する」
あーそうなのか……。いやでもそれで強くなるならいいか。思うところはあるけれども、まあ気にしない気にしない。
「鬼人族の筋繊維は他よりも圧倒的だからな。身をもって知っただろう?」
確かにそれはそうだ。彼女のあの膂力がそのままに手に入るとすれば、今とは比較にならない程に強くなるはず。
「それにあの祖龍の素材も早く使ってやらねば」
あそういえばそうだ。忘れてた。私の反応にリムさんが若干呆れた様子を浮かべている。
「とっとと帰るぞ。ジー準備を進めておけ」
『はーいー』といいながら彼女はディアさんの遺体を引き取りに行く。
そして黙っていたリーリアさんがおずおずと話に加わってきた。
「あの……」
「どうしました?」
私が彼女の質問に応える。
「彼女を連れて行く、というのは……」
「ええそれは――「――駄目などとは言わせんぞ?」
リムさんが話に加わってくる。有無を言わせぬ口調だった。その迫力にリーリアさんは一瞬強張る。ただすぐに態度を戻す。
「いえ、それは構わないのですが、彼女が身につけている首飾りがあるんです。それだけは譲って頂けないでしょうか」
「首飾り?」
「ええ。鬼人族の宝で、代々当主だけが身につけられるものでして」
「ああなるほどな。構わんぞ。私達には不要なものだからな」
その後私達はディアさんの遺体から件の首飾りを取り、リーリアさんへと手渡す。彼女はそれを受け取り、胸に固く抱く。
「……ありがとうございます。感謝、致します」
「ふん。ではそろそろ行くぞ。時間が勿体無いからな」
リムさんはジーへと指示して、移動魔法を唱えさせた。私は慌ててリーリアさんに最後の挨拶をする。
「リーリアさん、色々ありがとうございました!」
「……スーニャ、こちらこそ本当にありがとう。今度はゆっくり来てちょうだい。歓迎するわ」
その言葉を聞き終える前にはジーの魔法が発現し、私達はその場を後にする。最後バタバタとした別れ方だったが、また彼女には会う機会もあるだろう。その時には存分に話せばいいし、お言葉に甘えて、モノと二人であの甘い菓子でも存分に味合わせてもらうとしよう。
こうして、私の短くも長いマグノリアの訪問は終わりを迎えたのだ。
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