【2-8-5】
『さて、終幕かしらね』という言葉を発しつつ、モノがいる方へと向かっている。それを止めようと、私が炎を放っても、剣で攻撃をしようにも何も意味を為さない。ただディアさんは鬱陶しそうにしているのみだった。
「……邪魔しないでくれる? 貴方が例え何をしたところで、意味などない。そこで自分の無力さを噛み締めているといいわ」
ディアさん自身も軽く無いダメージを負っているはずだ。その証拠に足取りは重く呼吸も浅い。言葉を発するのも苦しそうだ。そんな状況でありながらも、何も出来ない自分には歯痒さしか感じない。何か、何かできることはないのだろうか。
私が何も出来ないのを横目に彼女はモノの元へと辿り着く。
「じゃあ次はモノちゃんね。早めに倒れてちょうだい?」
その言葉から、私を尻目に戦いが再開する。
ただ、元々大振りの剣を主体としたモノと、徒手空拳のディアさんでは、根本的に相性が悪い。大型車と小型車のようなものだ。現にモノが攻撃をした後にできた隙を狙ってディアさんが確実に攻撃をしている。それは軽くとも、確かにダメージを与えるもので、実際にモノは少しずつだが着実に削られていた。
次第に両者の明暗は鮮明になっていく。そして最初のキレからはもはや見る影もなくなったモノの攻撃に、反撃を仕掛ける形で、ディアさんの攻撃がモノを仕留めるに至る。モノは攻撃を受けその場に崩れ落ちた。
その後しばらくの間、ディアさんの荒い息だけが辺りに響く。よく見ると、彼女の周りには血が滴っていた。最初にモノに喰らわされた傷だ。手当もしていないのだ。悪化してしかるべきだった。
「はぁはぁはぁ、やっと貴方だけになったわね……」
最初の傷以外にも当然無傷ではない。すでに満身創痍であるはずなのに、その状況でモノを倒すとは執念がなせる技なのだろうか。
彼女はこうしている間にも私の方へと歩みを進めていた。私は半ば逃げるように、彼女から出来る限り距離を取る。
「ゴホッゴホッ。あまり、手間取らせないでちょうだい? もう貴方が何か出来ることなどないのだから」
途中途中に炎を放つ。ただそれも意味を為さない。彼女が先ほど言っていたように、確かにこの炎については耐性を持っているのだろう。ダメージを負っている様子はなかった。
「……ほら、もういいでしょう? 追いかけっこももう十分よ」
それでもまだディアさんと距離を取る。背を向け走り遠ざかる私を、彼女は億劫そうにしながらも追ってくる。
「ほら! いい加減にしなさいな!」
彼女の声が背から聞こえる。それでも出来る限り距離を作らないと。チラリとモノとリアさんを見る。二人はまだ倒れたままだ。なおも距離を取り、その姿が自分の視界にはもう小さくなったのを見届けてようやく立ち止まる。
「逃げるのはもうお終いかしら?」
私が立ち止まったのを見て、ディアさんはゆっくりと歩いている。彼女の言う通りこれ以上逃げるつもりはなかった。
「ええ。もういいかと思って」
「そう。それで? どうするつもりなのかしら?」
「勿論、最大限に抵抗させてもらいますよ」
それから再度炎を放つ。ただ当然ながら彼女には通用しない。しかし私はなおもつづける。そして剣を構え、彼女へと向かう。
「……なんのつもり? 無駄であることは分かっているでしょう?」
私はその言葉に反応せずに炎を放ちながら剣を振るう。彼女は鬱陶しそうにしながら、それらをあしらっていた。
「もう諦めなさいな。私にしてもやっと、やっと長い因縁を終わらせることができる」
剣を持つ腕が掴まれる。その握る強さに思わず剣を落とす。そして今度は腹へと蹴りが入れられる。
「スーニャ、いえアンジェル。今回で貴方は殺すわ。もう二度と復活出来ないように、徹底的にね」
ディアさんは倒れ込んだ私の首を掴み、彼女の頭上に吊り上げる。私は抵抗することもなくそれを受け入れ、ただ彼女を睨みつけていた。
「ああアンジェル。これでようやくククルは私のものになるわ。ようやく、ようやくよ」
彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。
「でも、まずは一度意識を失って貰わないとね」
彼女は私の首を抑えていない腕を振り翳している。これで終わりにするつもりなのだろう。
ただ今私の身体を支配しているのは、危機感、恐怖ではなく、全く別の感情だった。
「……らない」
「何か言ったかしら?」
『最後だから、言葉くらい聞いてあげるわ』と言い、拳を止めている。私は今度は聞こえるように言葉をいった。
「――下らないって言ったんですよ」
私の言葉を聞き、彼女は理解できないのか数秒間停止していた。そして理解すると同時に怒気を露わにする。
「……は?」
「そんなくだらないことのために、私の村も滅ぼされたかと思うと笑えない冗談だ」
ずっと吐き出したかった言葉をようやく吐き出せる。溜まったものが噴出するように言葉が止まらない。
「そもそもそんなに長い時間一緒にいて、ククルに振り向いてもらえないなんて、貴方に問題があるんじゃないですか?」
「……」
「そんなんじゃ貴方の思惑通りに行ったって、振り向いてくれるはずもないでしょ。土台無理無理」
「……さい」
「アンジェルもこんなとち狂ったのに絡まれて気の毒だ。せっかくククルと会って孤独から解き放たれたっていうのに」
「…るさい」
「こっちも別に最初はククルなんて知らないし、絡みに行くつもりもなかったのに、貴方が一人でごちゃごちゃやったせいで、こんな事になって。全部自分のせいで――「――うるさい!!!」
とんでもない声量で私の声を遮られる。その声は明らかに怒気を孕んでいた。
「……言いたいことは済んだかしら? 申し訳ないけど、もう貴方の声も何も一つも聞きたくないの」
浮き出た血管がピクピクと震えている。わーお。完全にキレていらっしゃる。
「だから、もう早く、死んでちょうだい」
再度腕を振りかざす。今度こそ止めを指すつもりだろう。……ただ、もう私もただやられるだけのつもりはない。準備も整った。あとはやるだけだ。
――しかし、考えてしまう。この数奇な巡り合わせを。
「……ある意味タイミングはよかったのかもしれない」
「……今度は何を言ってるのかしら」
彼女は呼吸を整えている。集中し、力を溜めているのだ。私は言葉を続ける。
「――これは、彼女への弔いになる」
ディアさんは私が何を言っているのか理解していない。私はジーの言葉を思い出す。
『――もう一度、今話したイメージを頭の中で繰り返してください。魔法を自分で発現させる姿も合わせてね。練習はやればやれるだけ良いですし、直接見た魔法っていうのは会得し易いんですよ』
まず私が思い浮かべるのは、あの時の情景。景色を一変させたあの瞬間。
「彼女?」
「はい。彼女も貴方のせいで死んだ、と言えますからね」
次に想像するのは、出来るだけ大きな球体、それをどんどん、どんどん膨らませていく。
「……アンジェルのことかしら?」
「いえ違いますよ」
もっと大きく。もっともっと極限まで。
「じゃあ誰のことを話しているのかしら?」
そして、限界まで膨らんだそれは、臨界点を超える。練習でも、ジンの時も、成功する事は無かった。ただ今であれば上手くいく、そんな気がした。私は彼女の名前を呼ぶ。
「――力を借して。カイリ」
足元に魔法陣が広がる。
「――ッ! 何を!?」
ディアさんは私の動向を察したのか、掲げていた拳を慌てて振り抜く。彼女よりも早く、私はそれを唱える。
彼女が私の目の前で放っていた、辺り一体を灰燼にし、ヴェルグを屠ったあの魔法。
「――エクスプロージョン」
その言葉を発した瞬間、私たちの身体は爆炎に包まれた。
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