【2-8-1】狂念
リーリアさんに先導され、辿り着いたのは木々に囲われた小さな広場だった。暗闇の中に人影が見える。ディアさんとガブリエットだろう。聞き取ることは出来ないが、何かを話している事は分かった。
「じゃ……定通りと……いいのね」
「は……ません……予定……進めます」
「そ……いい……じゃあ……もそろそろ……。もう……し」
「ふふ……は美……ですよ?」
「そ……こんな時……なよなー」
「あ……は、す……ません」
「ま……いわ。……聞こ……。もう戻る……。じゃあ…行く……――「――待てッ!!」
会話をしている二人の間に飛び入る。
――忘れもしない。あのガブリエットが目の前にいた。
「んー? ありゃディア。つけられてたんじゃん?」
「……スーニャかしら? なんで貴方がここに?」
「……そんなのどうでもいいでしょ? それよりもガブリエット、――私の事、覚えている?」
自分でもわかるくらいに、頭に血が昇っているのがわかる。焦ってはならないと分かっていても、この激情を抑えきれない。
「えー、ちょっと暗くてよく見えないんですけどー。なんか私に恨みがある感じ? でもそんなん、たっくさんいるからなぁ。ごめんだけど多分覚えてないよ」
『わっかるかなー? つか暗くて。さっきまで月出てたのに、今は隠れて真っ暗なのよね』と言いながらこちらを見ているようだ。確かに先ほどまでは明るかったが、今は暗闇に包まれている。まだ彼女は私が誰か気づいていないようだった。
「ってか転移魔法遅くない? まだ何も起きないんだけど、カレンに催促しとくか」
と言って、魔法を依頼しているのであろう人物に連絡をし始めた。私はその姿に更に頭に血が昇る。彼女へと詰め寄り、その胸元を掴みあげる。
「……なにすんのよ? 本当アンタだれ?」
「……覚えてない? 貴方が滅した里のこと」
「だから、そんなんいくらでもあんだって。アンタだけじゃないのよ?」
本心から言っているのだろう。そこにはこちらを揶揄っていたり、小馬鹿にしている様子は感じられなかった。
「……じゃあ、もう少し話そうか。その里はラフェシアからもマグノリアからも離れた辺境の場所にあって、貴方はレナードと二人できていた」
『うん?』と首を傾げている。私は話を続ける。
「貴方は、私の里を全滅させ、逃げ延びた子供たちも惨殺した」
風が出てきたのか。急に風音が聞こえる。
「最後に残ったのは二人だけ。その二人は姉弟だった」
雲が流れ始める。月明かりが差し込み始める。
「応戦していた姉の、死ぬ間際の攻撃で貴方は瀕死の重症を負わされた」
「……ちょっと待って。あんた、まさか」
私たちの顔が照らされ、互いを視認する。
「――お久しぶり。やっと思い出してくれた?」
ガブリエットはまるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべた。
「――あり、得ない。……なんで生きてんのよ?」
「貴方が最後に止めをさしてくれなかったからね」
ディアさんが事態についていけないと、私とガブリエットの顔を交互に見ていた。
「――アンタを殺すためだけに、今日まで生き抜いてきた」
ガブリエットを掴んでいた手からメラメラと炎が立ち昇り始める。彼女は慌てて私の手を振り払い距離を取る。
「ディア!? どういうことよ!?」
「……彼女をご存知なのですか?」
彼女は動揺を隠しもせず、更に苦々しい表情を浮かべていた。
「まさか生きてるなんて……。最近私が瀕死になった原因って」
私の方を向き、クイっと顎を向ける。
「……アイツよ」
ディアさんもまた驚いた表情を浮かべている。
「まさか。でもあれは化け形族の里の襲撃だったのでは?」
「だからそうよ。貴方に里の位置を調べて貰って、私達は襲撃に向かった。確かに死ぬ瞬間は見ていない。ただまさか生きてるなんて――「――どうでもいい」
私は彼女の言葉を遮る。今はもう何もかもどうでもいい。ただ私は彼女を殺す。それだけなのだ。
持ってきていた剣の封を解く。刀身が顕になる。私はその剣先をガブリエットに向ける。
「ここでみんなの仇を撮らせてもらう」
「……あん時の再戦ってわけ? いいよ。やったろうじゃん」
彼女もまた剣を抜き、こちらへ向けて構える。
ああまさかこんなタイミングで戦うなんて、願ってもいない。興奮から体中から炎が立ち昇る。
「なにそれ? 前ん時はなかったよね?」
『まあそりゃ新しい魔法くらい覚えてくるか』なんて言いながらにこちらに歩み寄ってくる。否が応でも以前の事を思い出させる光景だ。前の時もこうやって余裕で構えていた。確か前の時だったら……。
ガキンと鉄同士がぶつかり合う音が響く。予想通りで、彼女は一瞬のうちに私の目の前へと移動し、攻撃を仕掛けてきた。予想していたために、私は何とかガブリエットの攻撃を受ける。ただその力は凄まじいもので、後方へと弾き飛ばされる。
「……あれそんな貧弱だったっけ? 前は普通に受けてたような?」
「……うるさい」
黙れ。やめろ。それ以上喋るな。
「……うん? それによく見るとなんだか雰囲気変わった? 髪色とかも変わってるし……」
「うるっさい!」
私は再度攻撃を仕掛ける。今度は炎の攻撃も交えつつだ。だが、その攻撃のどれも彼女には至らない。
「……なんだろ。全体的に拙いような。アンタ本当にあん時の子?」
この間にも私は彼女への攻撃は続けている。ただ彼女は随分と余裕そうで、それがまた私をイライラとさせる。
「ふざっけんな!!」
ガブリエットが逃げられないよう広範囲の炎を放つ。ただそれも彼女に届くことはない。
「これ懐かしいしょ? ブリザードシールドー」
『あ、いやこれはアンタには使ってないんだっけ?』と言いながら彼女を焼くはずの炎が凍りつく。……そんな、馬鹿な。
「はいはい。前の教訓から、アンタ達って長引かせると何し出すか分からないからね。ちゃっちゃと殺させて貰うわ」
『疑問は尽きないけどね』と私の前で剣を振り翳す。私はまた呆然と彼女の剣を見ていた。
――なんだこれは。あまりにも一方的で、何も、何も出来ない。私は今まで何をしてきたんだ。
「……あっちゃー。時間切れか。つまんな」
私に剣が当たる寸前にピタリと止まる。どういうことかと彼女を見ると、その姿が淡く輝き始めていた。
「カレンのヤツ、絶妙なタイミングでやってきやがったなー。……帰ったらシメてやろ」
そういえば戦う前、彼女は誰かに連絡していた。おそらくは前の時と同じように、ラフェシアへ帰るために。
「仕方ないから、またねー。今度も生きてたらだけども」
私へ向けて手を振っている。私は慌ててガブリエットへ声をかける。
「待てッ!!」
「バイバーイ」
その声と同時に彼女は姿を消していた。
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