【2-7-4】
思ってもみなかった依頼だ。まさかリーリアさんからそんな言葉が出るとは。
「えっと、それはどうして?」
「……このまま進んでしまうと、私達はこれから先、人族との戦いの中で滅びることになる」
彼女は随分と思い詰めた表情を浮かべていた。ディアさん主導で、何かしら誤った戦略を立てているということだろうか?
「それは、ディアさんに直接相談すればいいのでは?」
「それはできない。そうしたらまず私が殺される」
そう、なのか。しかしイマイチ事態が飲み込めない。
「それなら、貴方達の中でディアさんを当主から降ろすなり、あるいは力を合わせて止める事もできるんじゃ」
「彼女は永らく鬼人族の長だったの。それこそ鬼人族の歴史と言ってもいい。だから、彼女の座を奪うなんてとても無理。同じようにこの考えを秘密裏に共有しても、彼女を止めようなんて人は現れないわ」
まあどこの世界でもクーデターのようなものは中々実現し難いものだけれど。
「……正直に言って、私は貴方達鬼人族がどのような状況にあるのかは詳しく知らない。ただ、ここを出して貰えるのであれば何でも協力しますよ」
彼女自身も一人で来ているということは、協力者も少ないのだろう。相当な覚悟で来ているはずだ。
「でも一つ質問なのは、何故私に依頼したんですか?」
「……貴方はヴェルグやジンを討ち倒している。であれば今私が知っている人の中でも一番と言っていい強さの持ち主だということになる」
実際はヴェルグの時もジンの時もけして私だけの力ではないのだが、あえては言うまい。ただ彼女としては私に依頼することが最も可能性が高かったのだろう。
「もしかしたら、私が貴方を裏切って逃げるかもしれませんよ?」
「そうしたら潔く諦めるわ。私の目が節穴だったということでね」
何を根拠か分からないが、随分と信頼されているようだ。しかし今こんな状況にはなっているが、ディアさんをわざわざ殺すというのもそこまで気が進まないのもまた事実だった。うーんと悩んでいる私を前に彼女は話を続ける。
「それに、インヴィーディア様は間違いなく貴方の障害になる。彼女は必ず貴方を追い続ける。それこそどんな手を使ってでも」
それだ。彼女は何故か私に固執していたようだった。いったい何故なのだろうか。
「ずっと気になっていたのですが、なんでディアさんは私にそんなに?」
「簡単なことよ。貴方は忘形見だから」
忘形見、とはどういう意味だろうか。ただそれを聞く前に彼女は話を続けてしまう。
「今、彼女は人族の将と、里から離れた場所で密会をしている。貴方にはそこに行ってインヴィーディア様が一人になったところを襲ってほしいの。勿論私も協力する」
『流石に人族の将とあわせて戦うことは無理でしょうから』と言っているが、これでようやく合点がいく。
ディアさんはラフェシアと繋がっている。追求した時にバツが悪そうにしていたのはそういうことか。それでリーリアさんとしては鬼人族の今後に影響があるかもしれないと。
「ちなみに、人族の将って誰なんです?」
これでレオだったらちょっとどう反応すべきか、というところだ。あんな別れ方をしたのに、このタイミングで一戦交えることになるのも何となく締まりが悪い。しかし彼女は私の質問に若干躊躇っていた。
「……ここまで話しているんです。もう隠し事も無しですよ?」
「ええ。そうね」
ふぅと息を吐く。彼女の様子を見る限りそんなにも重要な人物なのだろうか? ただ私はラフェシアの組織に明るくはないので、言われたところで多分分からないだろうが。そして彼女はある人物の名前を挙げる。
「――ガブリエット=シェスカ。人族の大将よ」
その回答に、息が詰まる。頭が真っ白になる。数秒間私は反応ができなかった。
「えっと? スーニャ?」
私の反応を見て不審に思ったのだろう。ただこちらはそんな状況ではなかった。彼女のことは嫌と言うほどに知っている。
「……ましょう」
「え?」
「すぐに行きましょう」
リーリアさんは私の雰囲気が一変したことに驚いていた。それもそのはずだ。先ほどまではそこまで乗り気では無かったのに、一瞬で豹変したのだから。
「でも、二人を相手にするのは」
「構いません。ディアさんとガブリエット同時だとしても、絶対に殺してみせます」
『だから早く』と鉄格子を挟んでリーリアさんへと詰め寄る。彼女は困惑しつつ戸の鍵を開けてくれた。私達は彼女が持ってきてくれた武器を受け取り、早々にその場を後にする。
「さっきまで貴方達がいたのは館の地下に作られた牢獄なの。だから一度上がって気づかれないように里を抜けるわ」
彼女が先陣を切り私達はその後を追いかける。地下を出て辺りが暗いことから今が夜であることを知った。ただ月明かりが嫌に強くて、何故だか今日はそれが無性に癪に触った。
「……何かガブリエットと因縁があるのかしら?」
その場を離れるために走りながら、リーリアさんが話しかけてくる。
「ええ。とびきりのやつが」
「……そう」
彼女はそれ以上追求はしてこなかった。
誰かに遭遇するだとか、足止めを喰らうだとか、危惧したことは何も起きなかった。リーリアさんに聞くと『それくらいの事は対処しておいたわよ』との事なので、上手い具合にしてくれていたのだろう。
私達は何事もなくただ里を抜け、ディアさんとガブリエットが会っているという地点へと向かっていた。
「でも本当に勝算はあるの? ガブリエットって、あのラースですら勝てなかったって噂の将軍でしょう。それを相手にして、更にご当主もいるのでは流石に分が悪いんじゃ」
彼女が言う事はもっともだ。ただこの機会を逃すと次にいつチャンスが巡ってくるかも分からない。リーリアさんには悪いが、私はむしろガブリエットを殺す事さえ出来ればそれでいいのだ。
それに今の私であれば、それなりに応戦することもできるはず。いざとなれば十回でも二十回でも、それこそ百回死んだって構わない。それで皆の仇を取ることができるのであれば。
私達は里へ来る途中に通った森の中を突き進んでいた。ディアさんが選んだ密会の場はこの森の中、途中にある開けた場所らしい。それほど遠く離れた場所ではなかったためか、目的地まであと少し。
私は自分の鼓動が強くなっていくのを感じていた。
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