【2-5-4】
ラフェシアに着いた後、我々に届いたのは歓声、そして一部の慟哭だった。多くの人は喜びに、一部は愛するものを失った悲しみに包まれている。
私はそんな彼らを見てたまらず俯いてしまいそうだった。彼らは私を恨んでいるのではないか。憎んでいるのではないか。嘲笑っているのではないか。そんな考えが頭から消えない。私の心臓はバクバクと鳴っていて、嫌な汗が止まらなかった。
ただ、それは皆の前に態度として示してはならない。それは生きているもの、死んでしまったもの、全てのもの達の誇りを踏み躙る行為だ。私は、この国の将なのだから。背筋を正し、ゆっくりと城へと向かう。彼らが用意してくれた花吹雪の中にありながら、それでも私は、観衆の顔を見る事はできなかった。
「――レオ将軍!!」
道すがらに声をかけられる。声の主はまだ幼い少女で、花束を用意してくれていたようだ。一生懸命に私へそれを渡そうとしている。私はその可愛らしいプレゼントを受け取り、顔を伏せたままに礼を言う。
「レオ将軍?」
ちゃんと顔を見ない私を不審に思ったのだろう。それでもなお私は顔を上げる事が出来なかった。地面だけが視界に映る。
「……大丈夫?」
その声でハッと顔を上げる。目の前には少女の顔が広がっていた。彼女は私と目が合い、ばぁっと笑顔になる。ふと手元の花束に目に向ける。そのいずれもが美しく咲き誇っていた。
ここで私はなぜだか涙が止まらなくなる。目の前の少女が驚いている。私も慌てて涙を拭い、何もない風を装う。私はようやく、皆をしっかりと見ることが出来た。
ごく一部の兵達と共に城内へと入っていく。大多数とは城門で分かれた。分かれたもの達は、支給された武具を国へ返還し、得た武功に見合う報酬を受け取り解散となる。ただこれは一定階級以下の兵達が対象で、ミコ殿や私は別だ。私たちは先へと進む。
私たちはこれから戦争の報告をラフェシアの幹部達へしなければならないのだ。明るい内容であれば足取りも軽いが、今回は被害も大きい。すでに内容は伝わっているものの、改めてとなるとどう説明したものかと頭を抱える。
ただそうこうしている内に、私は大広間前の扉に到着していた。私は覚悟を決め中へと進んだ。
「――いや、ほんっとーによかったれすよねー!!」
「ミコ殿、ちょっと飲み過ぎでは……?」
「なーに言ってんですかー!? まだまだこれからでしょうがー!」
小柄な身体に似合わない無骨なジョッキを傾けながら、分かりやすく泥酔している。しかし一体何杯飲んでいるのだろう。そしてそれはこの体のどこに入っているのか。
幹部達への報告は、特に指摘もなかった。あまりの淡々さに拍子抜けしたほどだ。特に大きな要素だったのは、リム様とガブリエット殿はいなかったことである。詳しくは聞いていないが、どうやら何かの用事が入ったとのことだった。
報告を終えた後には、戦の疲れを労うためにと酒宴が設けられており、私たちはありがたくその食事に舌鼓を打っていた。久方ぶりの温かく手の込んだ食事には思わず涙が出そうになる。『ほら飲んで飲んで!』というミコ殿の言葉に苦笑しつつ、私も杯を傾ける。
「レオ将軍、私もご一緒しても?」
「りーふぁ殿ー! おつかれさまですー!」
「おやリーファ殿。無論だ」
「ありがとうございます。しかし、大変でしたね……」
声をかけて来たのはリーファ=グレイ殿だ。グレイはガレリオの隣に位置する国で、位置柄からガレリオとは旧知の仲であった。攻めというよりも守りに秀でた能力を有していたために、今回の戦争には参戦せずラフェシアの守護を任されていた。
「まあ、な……」
「まずは、帰って来れたことを祝いましょう。貴方が無事でよかったです」
本心から言ってくれているのだろう。涙で潤んだ瞳がこちらに向けられていた。私は有り難く感謝の旨を伝える。
「りーふぁどのも! お酒! どうぞ!!」
「ふふっ。ミコ殿、ありがとうございます。頂きますよ」
そろそろミコ殿を止めるべきだろうか……。いやまあ今日くらいはいいか。本当に危なくなれば止めよう。しかしすでにフラフラし始めているような……。
「そういえば、ルドリアはギルバート殿が国守になることになったのだな」
「ええ。それをギルゴーシュ様も望んでいたようですので。ただ、これから先ルドリアは大変でしょうね……」
ルドリア。ラフェシアから西に位置し、マグノリアとの境に位置する国。そしてギルゴーシュ殿の祖国。その国では王は国守と呼ばれる。今回の戦ではその国守であるギルゴーシュ殿が討たれたために、その座は唯一のご子息であるギルバート殿が継ぐことになった。
先ほど私が報告していた場に彼もまた在籍していた。歳の頃は私よりも少し下だろう。父君によく似た凛々しい顔つきをしていた。
しかし私の報告を聞いている間も、彼は心ここにあらずといったような様子だった。ただ一度だけ、彼の父の死に際の話になった時のみその瞳はこちらを映していた。その全てが憎いとでもいうようなどす黒い瞳に、私は内心ギョッとしたものだ。
彼とは少し話をしたいと考えていたのだが、どうやらすでにこの城を後にしたらしく時間を作ることは出来なかった。
「ほらあどうしたんですかー!? れおさぁん??」
「ミコ殿。もうそろそろ出ましょうね? レオ将軍、少し失礼しても?」
「ああすまないな。よろしく頼む」
リーファ殿がミコ殿を連れて外へと出ていく。静かになった席に一人残りながらに酒を煽る。しかし本当に、人が減ったものだ。前までは挨拶するのにも困るほどだったというのに。
そこから何人かに挨拶をしつつ、私もそろそろその場を後にしようとする。流石に疲れもあった。肉体だけでなく精神的にもだ。ただ思わぬ来客が訪れる。
「――あ、レオ。おっひさー。何飲んでんの?」
「おや、ガブリエット殿。体調はいかがですか?」
現れたのはガブリエット殿だ。ミーム様がいないようなので、一人で来られたのだろうか。
「アンタよりかマシね。でもレオも無事でよかったよかったー。それにラースもヴェルグも、レオが倒したんでしょ? やるじゃんねー」
「いえ、そんなことは。ギルゴーシュ殿やカイリがいなければとても無理でした」
『あっそ』といいながらに酒をガブガブと飲んでいる。
「……しかし、何故遅れたんです? 何かあったのですか?」
気にはなっていたことだ。ガブリエット殿とミーム様二人共となると重要なことであることは間違いないようだが。
「あーね。急に連絡もらってさー。私はこれからもすぐ出なきゃなんだ。だからご飯だけ食べに来たんだけども」
『あーダル』なんて言いながらに、酒と飯を平らげている。何か私も知らない情報を受けていたのだろうか。そもそもミーム様とガブリエット殿の関係を深く知るものも少ない。秘密裏に動かれていても不思議ではなかった。
「それでミーム様は?」
「もーちょいしたら来るよ。んじゃ、私そろそろ行くわ。レオまったねー」
嵐のような彼女を呆然と見送る。本当に一瞬のうちに食事を平らげて去っていった。その自由気ままな行いは至極彼女らしいが……。
その後の私は遅ればせながらに現れたミーム様の応対や、青い顔をしながらに帰ってきたミコ殿の面倒に奔走することになる。ようやくベッドにつけたのは深夜に回った頃で、私は久方ぶりに泥のような眠りについた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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