【2-5-2】
私はマーチとわかれ、この場を収めていた指揮官に会いに向かった。先ほどまで私達が位置していたのは後方であり、どうやらミコ将軍は前線にいるようなので、若干の距離はあった。
途中途中野営地に集められた兵士たちの亡骸が目に入る。いったいどれほどの遺体があるのか考えることすら嫌になる。すでに腐敗が進んでいるのか、ハエがたかっている。思わず目を背け、私は歩みを早めた。
ふと前方の方から騒がしい声が聞こえた。何事かとそちらへ足を向ける。そこには人族の兵士が十名程度いて、何かを囲っているようだった。怒号と嘲笑が混じる声になんだか嫌な予感がした。
「このクソ亜族がッ!! てめーらのせいでこんな!!」
「そうだそうだ!! 亜族なんて滅びちまえばいいんだ!」
「……」
「ほら何にも言えないのかよ? 何とか言ってみたらどうだ!?」
遠目から声が聞こえるが、中心にいるのは獣人族の生き残りだろう。その人族とは異なる様相から一目で判別がつく。彼は黙り込み、人族の兵士たちを睨みつけているようだった。
「……なんだよその目つきはよぉ!!」
兵士の一人が苛立ち、彼の顔を殴りつけた。衝撃で鼻の骨が折れたのか、鼻血がとめどなく流れ落ちている。再度兵士が拳を振り上げたところで、私は慌ててその場を止めた。
「やめろッ!!」
「なんだお前、邪魔すん……!?」
最初鬱陶しそうにしていた彼らだったが、私が誰であるかを認識した後にはバツの悪そうな顔をしていた。
「亜族といえど、人は人だ。それに今は停戦中のはず。これ以上は見過ごせんぞ」
彼らは不満そうな顔をしつつも、反論することはなく、すぐにその場を去っていった。そして私は亜族の彼の様子を伺う。近くで見てみるとまだ若く、子供とも言えるような年齢だった。我々と人族と近い容姿であるが、その獣耳が亜族である証明だ。ただその片耳は痛々しく一部が欠損している。
「大丈夫か? ……すまないな」
「……」
私の声にも彼が返事をすることはなかった。ただそれも致し方ないだろう。私は自分が持っていた手拭いで彼を拭ってやった。
「言った通り、今は停戦中だ。基本的には双方攻撃することは禁止されている。ただ中にはさっきのような輩もいる。だから君も早くここを離れた方がいい」
しばらくしてもまだ何も反応がない。その様子からこれ以上彼に何かをしてあげる事も難しいだろう。私もその場を離れようとする。しかし背を向けたところで、彼はポツリと言葉を発した。
「……離れたところで、どこにいけばいいんでしょう」
私は彼へと振り返る。そして思わずゾッとする。こちらを見ている筈なのに、何も映していないような、怒り、悲しみ、恐れ、諦め、全てが融和したような、そんな瞳をしていた。
私が言葉を出せずにいると、彼はまた喋り続けた。
「この戦争で僕の父や仲間も、みんな死にました。僕が愛して、一生共にいようと約束した人もそうです。全部、全部貴方達人族のせいです」
今回の戦争は人族もそうだが、亜族側も相当な被害が出たはず。特に全体数が多かった獣人族は、亜族の中でも一番死者数が多かったと言えるだろう。
「僕はこの戦争が始まるまで、人族と亜族は分かり合えるのではないかって思ってました。亜族の中にはそんな考えの人も少ないけれどいました」
彼の言葉を聞いて少なからず驚く。人族側ではそのような意見を持つものは少数ながらいる。ただ亜族側の意見というのは中々聞く機会は少なかった。特にここ最近ではラフェシアがマグノリアへ本格的に攻め込むことが決まっていたために、協調など選択肢にはなかった。
「ただ今は、貴方達人族がまるで悪魔のように思えます。同じ言葉を扱うけれども、けして理解しあえない存在」
彼は微動だにせず言葉を続けている。その瞳の闇が一層深まったかのように感じた。
「今なら人族に近づくなと言っていた人達の考えがよく分かります。僕もまた同じように言うでしょうね」
「……君の言う事は分かる。ただ被害は人族にもでている。人族もまたさっきの君のように虐げられたものがいたはずだ」
「そうかもしれません。いえきっとそうでしょう。ただそれでも僕は貴方達を許す事は出来ないし、可能であれば貴方達を殺してやりたい。みんなの仇をとってやりたい。たとえそれで僕が死んだとしても、それが叶うのであれば、僕はそれを選択します」
「……そうか」
「……今ここで僕を殺しますか?」
「いや、しないよ。言っただろう。停戦中だと」
「……そうでしたね」
それ以上会話を続けることはなかった。今何を話しても私達はずっと平行線のままだろう。彼はじきに立ち上がり、私に背を向ける。私も彼を止めるつもりはなかった。
「……一応お礼は言っておきますね」
最後に彼がそんな言葉を伝えてくる。それを受けて、私もまた彼に一つ問いかけをしたくなった。今さっき彼が否定した、とても非現実的で、甘ったれた空想を。
「……いつか、いつの日か、人族と亜族が分かり合える時が来るだろうか?」
「そんなの、天変地異が起きてもないですよ」
「そうか……」
彼からバッサリと否定される。思わず下を向いてしまう。やはり甘い考えだったかと。ただ彼は私の様子を見つつ言葉を続けた。
「まあ、もし人族と亜族が助け合わなきゃいけないような、そんな時がきたら分かり合えるかもしれないですね」
「助け合わなきゃいけない?」
「そう。例えば、何か今の状況を大きく変化させる、共通の敵のようなものが現れれば、お互い憎しみあっている暇もないでしょう?」
「ははっ。そんな状況願い下げだがな」
「ふふっ。確かにそれは同感です。ではもう行きます」
彼の背を見ながら、私もまた踵を返す。当初の予定通りミコ将軍の元へ向かわなければ。そういえば名前だけでも聞いておけばよかったと今更になって気づいた。
――いつの日か私たちは分かり合えるだろうか。今まで降り積もった憎しみを洗い流せるだろうか。私は人族と亜族が共に笑い合っている姿を空想し、その場を去った。
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