【2-5-1】爪痕
私はあの後すぐに戦場へと戻った。道すがらに出会った冒険者や商人達に話を聞いていたために、状況はある程度理解している。ただ、伝え聞く話というのは脚色されるものだ。事実受けた話はどこか腑に落ちない点もあった。
曰く、死んだとされた一部の大将格は実はまだ生きているだとか。この戦争は、人族と亜族の争いを終わらさせるために、アヌ教が糸を引いたのだとか。双方の戦いにとどめを刺したのは、死んだはずの不死鳥アンジェルで、その炎を見たものがいるのだとか。……いや最後のはあながち嘘でもないか?
ただそれぞれの中で一つ共通していたことは、ひとまず戦争は終わったという事だ。それだけは間違いのない事実のようで、唯一の私の救いだった。
結局現地へ到着するのには数日を要した。着いた時には現地で設営されていた拠点はすでに解体されていて、兵士たちは列をなして故郷ラフェシアへ向かって帰還し始めていた。
彼らの姿を私は遠目から見つめていた。服は擦り切れ、身体は砂と血に塗れている。身体に欠損が無いものの方が少なかった。木の枝を松葉杖がわりにして歩いているもの。四肢を無くし台車で運ばれているもの。目を失い、肩を借りて歩くもの。私の姿に気づき、慌てて姿勢を正すものもいれば、ただ睨み付けてくるものもいた。
その中でようやく見知った顔を見つける。私が声をかけると彼女は目を見開きながら慌てて駆け寄ってきた。
「マーチ! 無事でよかった……」
彼女はガレリオから出兵した一人であり、前線ではなく後方での救護兵として働いていた。
「ああレオ様。本当に良かったです……。貴方がご無事で」
開口一番にそんなことを言われる。目の前で泣き崩れる姿を見て、申し訳ない気持ちになる。私はこの状況を招いた張本人の一人で、責められるべき存在だと言うのに。
「何か怪我はしていないか? 必要なものがあれば、工面してもらえるよう掛け合うが」
「いえ、私は後方だったので怪我もないです。だからお気持ちだけで」
マーチは力無い顔で笑った。彼女はふくよかな身体つきをしていたはずだったが、この戦争で随分とこけてしまったように思えた。
「そうか。それなら、良いのだが……」
「ええ。ありがとうございます。でもレオ様は今までどちらに?」
「ああ、私も怪我を負ってな。今まで逃げ延びていたんだ。手当は助けてくれた人がいてな」
嘘では無かった。スーニャやリム様達に助けて貰ったことは確かであるし、下手な事まで彼女に伝え混乱させる必要はないだろう。
「そういえば、カイリ様は一緒ではないのですか?」
彼女は私の周りを見渡しつつ話していた。確かに、私とカイリは基本的には共に行動をしていた。今も私の近くにいるのではと思ったのだろう。ただ、当然ながら彼女はこの場にはいなかった。
「……ああ。カイリは、まあ、な」
私の反応を見て彼女も察したようだった。目を見開き、手で口をおさえている。驚きのあまりに声も出ないようだった。暫くした後、ようやく彼女は話し始めた。
「すみません。レオ様が一番お辛いはずなのに……」
「いや構わんよ。誰が生きていて、誰が死んでしまったのかなんて誰も把握出来てないさ」
「私、レオ様もカイリ様も、ご遺体が見つかっていなかったことからてっきり……」
「ああ。そう、だろうな」
私はこれ以上この話題を続けることはやめて、別の話を投げかける。
「マーチ、それですまないのだが、今の状況を教えてくれないか? 私も前線を離れていたために、把握できていなくてな」
「はい。わかりました。といっても詳しい話は私には少し……」
「ああ。知っている範囲で構わないんだ。戦争自体は終結したのだな?」
「それは仰られている通りです。主だった指揮官の方達はこの戦争で亡くなってしまわれましたが、運良くミコ将軍がご存命で、亜族との折衝をしてくれたようです。多分レオ様が離れた直後、なんじゃないでしょうか?」
ミコ、というのは確かラフェシア南部の半島に位置する国スウェールの将軍だったか。しかし亜族との交渉がまさかうまくいくとは。それほどまでに彼らも消耗していた、ということだろうか。
「まだミコ将軍は前線の辺りに残られているので、お会いしてみてはいかがでしょうか?」
「そうなのか?」
「ええ。引き上げのために場を取り仕切っていらっしゃるみたいです」
それであればぜひとも会わねばなるまい。聞きたい話もあることだし、マーチと別れたら彼女のいる場所へと向かうことにしよう。ただその前に、もう一つだけ彼女に聞いておきたい事があった。
「マーチ。我が国の兵達は、どうなったんだろうか」
絞り出すように声を出す。聞きたいという思いと、聞きたくないという思いがせめぎ合う。ただこの話は将として聞いておかねばならない話だ。
「曖昧な物言いになりますが……」
「構わないよ。知っていることだけでいいんだ」
「……今回の戦争では人族の兵は殆どが亡くなりました。それはガレリオから出兵したもの達も同様です」
彼女は一度言葉を止めた。それと同時に彼女の身体は突然震え始めた。
「私は、いつも、いつも通りに救護の準備を進めていました。時間が経てば、みんな帰ってくるでしょう? 帰ってきたら怪我人も多いはず。でも、あの日は、あの日はいくら待っても」
「わかった。マーチ。もういいんだ。すまなかった」
マーチの身体を抑える。ただ彼女は言葉を続けた。
「ほとんど、帰ってきませんでした。私はそれでも湯の準備は止めないよう火だけは絶やさないようにしました。ただ、みんな帰ってはこない。何遍も何遍も炭を足しました。何遍も何遍も何遍もです。あんなこと初めてです。私は、まるで悪い夢でもみているような、そんな、そんな気分でした」
彼女はその言葉を最後に、また泣き崩れてしまった。私はそんな彼女の背中を落ち着くまでさすってやった。こんな事しか出来ない自分に嫌気がさしながらも、ただこうする他私が出来ることなどなかったのだ。
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