【2-4-2】
出発してから数日は外の景色も新鮮だが、それ以上となると流石に見飽きる。私はうんざりとしながらに意味もなく髪の毛をいじる。馬車に乗っている間、どうしても時間を持て余すために、私達は暇を潰すために当然のように会話を続けていた。
「マグノリアってどんな場所なんですか?」
「そうね。知っての通り、マグノリアと言ってもその地域は広く、それぞれの特色も色濃い。一概には言えないわね。ただ少なくとも、警戒は必要かしら?」
などとディアさんが笑いながらに言ってくるものだから、冗談なのか本心なのかも分かりはしない。ただ、確かにモンスターの出現頻度は高くなってきているように思う。それも我々がいた地域よりも強力だった。
「私からも質問だけれど、あの子、ジーと言ったかしら?転移魔術なんて凄いわね。それにあれだけの質量を運ぶなんて並大抵じゃないはずよ。いったいどういう事なのかしら」
今までは特段気にもしなかったが、やはり凄いのかアレは……。というよりリムさん以下全員が相当なのだろう。隣で大剣を抱えつつスヤスヤと寝ているモノもまたそうだ。きっと実力がバレてしまうと厄介なことになりかねない。うまいこと誤魔化しておかねば。
「彼女達もまた特殊な生まれのようですよ。私も詳しくは知りませんが」
『ふーん?』と私の回答に納得していないような表情を浮かべている。ディアさんは持ってた扇子を広げて、口元を隠していた。腑に落ちてはいないのだろう。ただ実際これ以上は答えるつもりもなかった。流れを変えるべく今度は私から質問をする。
「私に会いたいって人ってどなたなんです?」
初めから気にはなっていた。確かにアンジェルやヴェルグの件で、私の名前は多少なりとも売れているのだろう。ただそれにしても亜族の大将がわざわざ私を迎えにくるなどとは考えづらい。一体何を意図しているのだろうか。
「それは着いたらわかることよ?」
なんてディアさんも回答をはぐらかしている。確かにその通りではあるのだが。
「……ではもう一つ。亜族の方々は私のことを恨んではいないのですか?」
「えっと、何故?」
本当に皆目見当もつかないといった表情をしている。
「私は貴方達の同胞であるヴェルグや竜人族の兵士たちを殺しました。恨まれて当然のことと思いますが」
「……ああ、なるほどね。確かにそれはそうね」
言われて得心がいったようでうんうんと頷いている。少なくともディアさんとしては本当に気にしていなかったのだろう。そして少しの間沈黙し、私の問いに答える。
「確かに、恨んでいるものはいるでしょうね」
ディアさんがポツリと話し出す。
「貴方が殺したのは、竜人族の将と側近達。それぞれに家族も友人も、縁者も数多くいたはず。彼らからの恨みは貴方は受け入れなければならない」
確かに彼女の言う通りだ。その業は背負っていがなければならないものだ。
「ただ、戦争だから致し方ない部分もある。やらなければやられる。これは人族と亜族だからではない。生命としての絶対的な規範の一つ」
ディアさんは扇いでいた扇子を閉じる。小気味の良い音が響いた。
「だから、少なくとも私個人としては貴方を変に恨むつもりはないわ。もちろん他の者達は分からないけれども」
「……そうですか」
「そもそもが亜族は種族毎の垣根が高いから、別種族には無関心な部分がある。今回の大戦もそれぞれの種族内では恨み辛みもあるだろうけども、私からすると関係のない話」
『勿論私の種族のものがやられたら報復はするけれど』なんて笑って話しているが冗談ではないだろう。これが亜族の生き方。ただこうしてみると亜族も人族も大きく変わらないのではないかと思う。考え方も生き方も、交われない理由はないのではないかと。
「……なんで亜族と人族って争っているんでしょうね?」
ポツリと言葉が出てしまう。出た後にハッと気づき慌てて誤魔化す。事情を知らない立場なのに過ぎた発言だ。
「いやアハハ。なんでもないんです」
「……スーニャ。それは無理よ」
意外な反応に驚き、彼女を見つめる。彼女は言葉を続けた。
「つまり貴方はこう言っているのでしょう? 亜族と人族は戦争なんてやめて仲良くすればよいと」
その通りだ。互いに言葉も扱えて、意思疎通に苦もないはずなのに、何故争っているのだろうか。
「人族も亜族も、確かに姿形は違えど同じ人間でしょう?話し合えば解決の糸口も見つかるのではないですか?」
「スーニャって面白い事を言うわね。ただそれはあくまで希望的観測にすぎない。過去和平を試みたこともあったけれども全てが頓挫して今に至っている。理由はその時のそれぞれ。人族が裏切ったり亜族が裏切ったり。たとえ一部がそうしようとしても、必ず一部は反目するものがいる」
「でも、それなら可能性はゼロではないのでは」
「いえ、今となってはそれも無理ね。人族はラフェシアという大国を作り上げた。マグノリアに対抗出来るほどの強国。今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすことができるのだもの。今更和平をなんて言うわけもない。貴方も分かるでしょう?」
『突然強大な力を持ったのであれば使いたくなるものね?』なんて言われ、思わず身体が強張る。彼女はどこまで見通しているのか。
「ふふっ。冗談よ」
ケラケラと笑う姿に敵わないなと思う。会話は終わり、私達は思い思いに時間を潰した。
それから更に数日が経過してようやく目的地へと近づく。まだ距離はあるものの、長く深い森を抜けて目に映ったのは青々とした湖とそのほとりにある洋館だった。
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