【2-3-4】
「いやあ、初めてのクエストがいきなりラスボスクラスとはなぁ……」
祖龍の討伐クエストも、アンジェルの時と同様Sランククエストだ。これがただの冒険者であれば、参加できること自体が誇るべきもので、一つの到達点ともいえる。ただ私からすると興味があるのはその素材だけだ。
「――もう一度、今話したイメージを頭の中で繰り返してください。魔法を自分で発現させる姿も合わせてね。練習はすればするだけ良いですし、直接見た魔法っていうのは会得し易いんですよ」
今回は私とモノ、ジーの三名で祖龍の討伐へ赴いていた。進行方向はあらかたマーニャさんが予測していたために、私たちは指示された場所へ向かうだけだ。街々から離れた場所。他の人へ被害が出ない地域。そこが私達の戦いの舞台だ。
私はまだ身体のリハビリは終わっておらず、節々が痛んだが仕方ない。魔法の扱いについても、時間をかけて教わる予定だったが、移動中にジーから教わることが出来たのはごく僅かだけでぶっつけ本番感が否めなかった。
リムさん曰くは『本番で命のやり取りをしながら学ぶのが一番手っ取り早いだろう?』などと、谷に我が子を落とす獅子すらも顔を青ざめるスパルタっぷりだった。まあでも一応一人で行かせず、モノとジーを付けてくれた事は優しさの一部だと思うことにしよう。
そんなこんなで早速祖龍と対峙する。後ろではモノとジーから『フレーフレー!! スーニャファイトですよー!』『……スーニャ。がんばー』なんて声が聞こえた。ひとまずは私だけで戦い、どうしようもなければモノとジーの助けに入るという算段だ。しかし緊張感無いな……。
「……キサマがスーニャか?」
アンジェルの時のように人ならざるモノながらに声が響く。彼もまた言葉を解するのだ。いやしかし、ほらちょっと若干気まずそうじゃん……。明らかに後ろの二人は無視してシリアスな雰囲気出そうとしてるじゃん。こんな、どうみても神話級な様相をした相手なのに。
「はい。そうですよ」
実際彼の目的は直接聞いたわけではないが、ヴェルグを殺してから私を探しているということはまあ十中八九復讐で間違いはないのだろう。私はいつでも応戦できるよう身構える。
「……ヴェルグを殺したというのは本当か?」
「はい。それも本当です」
「……そうか」
なんだ? 怒ってすぐに襲いかかってくるかと思ったがそういう訳でもないらしい。意外と紳士なのか?
「……ヴヴヴ、アアァァァァーーーー!!!」
とんでもない大きさの咆哮に驚く。怒号かと思ったら、いや違う。これは泣き声だ。目からは涙も流れている。爬虫類も涙を流すのかと場違いに感心してしまう。
「うぅ。グズズッ。…………このクソガキャアッッ!!!」
しばらくした後に泣き止んだかと思えば、今度はとんでもない怒号に耳鳴りが起こる。あたりの鳥達もいっせいに空へと飛び立っていった。
「あんな優しい子を殺すたあどんな了見だ!? 虫一匹殺せねーんだぞあの子は!!!」
……いやいやいや、それは流石に無理があるだろう。ヴェルグのやつどれだけ皮を被っていたんだ? それにしても、随分と俗っぽい賢人だ。アンジェルも何だかんだで大概だったかもしれないが、彼はその比ではないように思う。
しかし説明したところで理解はされないように思える。まあ別に必要もないし、言ってしまえば会話自体無駄だ。それならば早く始めてしまった方がいいだろうと、私はあえて挑発するような言い方をする。
「あんたが別にどう捉えても構わない。どうせ私の勝手にするんだから。……ただ、極力綺麗な状態で死んでちょうだいね?」
「このクソ生意気が!!!! どうせヴェルグもその色香で誑かしたんだろうが、ワシはそうはいかんぞ!!! ヴェルグ、仇はとってやるからな!」
思惑通り上手くいったようだ。ジンは翼を広げて咆哮をあげている。傍目から見れば、ドラゴンとそれに立ち向かう人間といった絵柄で、逸話や創作そのままの姿だろう。若干ドラゴンがこんな具合の態度なのが残念だが。
身体は動かしづらいし魔法の扱い方はわからない。私は例の剣だけを頼りにジンへと向かっていく。ジンはすでに私に攻撃を仕掛けていて、早速にその爪は私を引き裂いた。……いやこれやっぱり倒すの無理じゃない?
――その後私は計十八回死に、待ち切れなくなったモノとジーの助けを得て、ようやく相手を倒す事が出来た。
「ふぁぁぁー。スーニャ、お疲れさまでした」
身体を伸ばしながらにジーが私へ声をかける。倒す事は出来たものの相当な辛勝だった。二人の助けを借りても危ない場面もあったし、私一人ではとても倒すことは出来なかっただろう。
「うんありがとう。ジーもお疲れ様ね」
私は受け取った手拭いで体を拭う。血だらけだったために布はすぐに赤く染まった。
「……スーニャ、おつおつ〜」
「うん。モノもありがとね」
「しかし、大変でしたね?」
ジーが私の後方を見つつ声をかけてくる。本当に、何度もこのまま死ぬのではないかとも思った。ただ確かに成果はあった。戦って学んだものは多い。もちろん戦闘中のモノやジーのフォロー、助言があってこそなのだが。
「うん。大変だったどもね。悔しいけどもリムさんの言う通りかなぁ」
「ええそうでしょうね。今スーニャが生きていることが何よりの証拠です。こんなにも地形が変わるほどの戦いだったんですから」
彼女の言う通り、辺り一体はその様子を一変させていた。出会い頭にはあったはずの山々は消えていて、青々とした芝は焦げ消えている。当然生物の気配などない。いたるところにその跡は残しているが。
「ね。おかげで素材も手に入ったし、魔法の使い方やら不死鳥の特性のこともなんとなく理解できた。ジンには感謝しないとだね」
私は目の前の焼けこげた死骸を見つめる。先ほどまで確かに生きていて、賢人と呼ばれていたジンの死骸だ。今はもはや動くこともなく、ただの肉塊と化しているが。
「彼は確かに強かった。この世界でもかなり上位に位置する強さだ。私はこの素材で更に強くなる。そうしたら私でも……」
それ以上は言わない。言ってしまうと、何だか実現が遠のきそうだったからだ。
「?」
モノが不思議そうな顔でこちらを見ている。私はふっと笑いながら彼女の耳を撫でた。彼女はくすぐったそうに顔を背けて逃げていく。
これで骨も手に入った。あとは骨格筋か。龍よりも優れる筋繊維となると、なんだろう。想像もできなかった。まあでもひとまずは私は二人と、この死骸の運び方を考える。私は上手く行ったと肩の力を抜こうとそう思った。……しかし想像だにしない相手に話しかけられる。
「――あら、本当に皆さんお強いんですね。びっくりしましたわ」
慌てて声の方向へと顔を向ける。モノもジーも存在を認識していなかったようで警戒心をあらわにしている。声の主は思ったよりも小柄で、ただその頭から生えている2本のツノは、人族でないことを表していた。
「……どちらさまですか?」
私の質問に、芝居がかったように失敬と口に手を当てている。
「失礼致しました。私は、インヴィーディア=フィサリスといいます」
『以後お見知り置きを』などと丁寧に頭をさげてくる。ジーが驚いた表情で私に耳打ちする。彼女こそが亜族最後の大将、鬼人族の長だった。
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