【1-1-4】
「◾️◾️◾️◾️◾️!!!!」
姉が何かを叫んでいる声が聞こえる。必死にこっちへ手を伸ばしている姿も見える。
ただ、これはもう助からないだろうと冷静に受け止めている自分がいた。俺の体はすでに落下し始めていて、それにそもそもが不自由な体なのだ。何かに捕まるというのも難しかった。
これから頑張ろうと思っていた矢先のこれかと自嘲するものの、この終わり方がいいのかもしれないとも思う。現実的には症状は回復しない可能性の方が高く、回復するとしてもそれまでに、そしてそれから発生するお金や時間、手間暇は計り知れない。姉も今回の俺の死によって一時的に悲しみに暮れるかもしれないが、乗り越えていける強さを持っている人だ。俺がいてはこれからも自分の時間も満足に取れないだろうし、これが家族のためにも最善だと自分の中で折り合いをつける。
……まあ多少なりとは、もう少しだけでも生きてみたかったけれど。
俺は目を強く閉じ最後の瞬間を待つ。自分の中で納得はしたつもりも死への恐怖が襲いかかる。自然と涙が溢れ汗が吹き出す。心臓の音がうるさいくらいに響く。思わず叫び声をあげたくなる。助けてと。死にたくないと。
――その瞬間、俺は誰かに抱きしめられた。
その人は俺に向けて『大丈夫だよ』なんて優しく囁いた。俺はその事実を受け入れられなかった。受け入れられるはずがなかった。俺を抱きしめているということは、つまりこの人は、俺を追って飛び降りたということなのだから。
なぜ? 何故何故何故? 俺はあなたに生きて欲しかった。俺の分もこれから先たくさんの幸せを掴んで欲しかった。――ただそう未来を願うことだけが、俺の救いだったのに。
「お姉ちゃんが守るって言ったでしょ?」
呆然として事実を受け入れられずにいる俺を、姉はただ微笑んで見つめている。少しでも自分が落下の衝撃を吸収しようと、代わりに下敷きになろうと俺を抱きしめている。違う。違う違う。俺はそんな事を求めていた訳じゃない。俺は!!!
――衝撃が身体を襲った。
地面と衝突した瞬間の音は表現ができない。人生で初めて聴く音だった。2人で抱き合っていた俺たちはまるでゴム鞠のように何回も跳ねて、それぞれ別々に、落ちた位置から離れた場所まで転がった。
俺は姉がクッションになってくれたことから、まだ生きながらえていた。ただ落ちた衝撃で内臓を損傷したのか、口からは血が溢れ出し激痛が全身を襲った。すぐに意識が朦朧とし始めたが、自分の事よりも優先すべきことがあった。
「姉ちゃん? 姉ちゃん大丈夫?」
声を出すことも苦しかったけれどもうめくように絞り出す。返答がないために辺りを見回す。
――姉の姿は、すぐに見つかった。
「うぅぅぅあァァァァ゛゛゛ーーーーーー!!!!!!」
姉は即死だった。衝撃が頭に伝わったのか、頭蓋は割れ、血が溢れ出ている。綺麗だった顔は無惨なものになっていてピクリとも動かなかった。
何故? どうして……? なんでこうなってしまったのか。あの時フェンスを掴まなければよかったのか? それとも屋上に行かなければ、そもそも夜に家を抜け出さなければ。
違う。俺が全部悪いんだ。俺さえいなければ姉は両親と共に幸せな生活を送っていたはずだ。こんなところで死ぬはずなかった。
――いや、俺がこんな身体でさえなければ、違う未来を迎えていたのだろうか。
サイレンの音が聞こえる。誰かが気づいたのだろう。ただ姉も俺も既に手遅れの状態だった。
霞んで何も見えない目を閉じる。本当に俺は、なんのために生まれてきたのだろう。こんな結末を迎えるために俺は生まれてきたのか。分からないけれども、もし来世なんてものがあるのなら、また同じ思いをするのだけはごめんだった。
――だから、万が一生まれ変わるならその時は、周囲に迷惑をかけないよう丈夫な身体にしてほしい、そう願った。
『それくらいなら、いいですよ』
死ぬ間際の幻聴かそんな声を聞いた気がした。
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