【2-2-2】
私達は近隣の高台から状況を伺っていた。相手は亜族四大種族の一角である竜人族であり、並大抵の強さではないはずだ。ただ彼女たちは臆することなく敵陣に突撃していった。一点突破にすべてを賭けているのだろう。脇目も振らずに先へと進んでいる。竜人族たちは虚を突かれ、対応できずにいた。
「良い勢いだな。最奥まで届いてしまうのではないか?」
リムさんも驚いた表情を浮かべている。本当にこのまま敵将まで届いてしまうそうな勢いだった。
「ふーむ。多分あのエルフさん。仲間達を魔素で強化しているんですね。だからあれだけサクサクと進めているんですよ」
「なるほどな。ただそれであれば長くは保たんだろうな」
「というと?」
「魔素での強化は長時間の使用には向かんし、普通は自分だけに使う。それをあれだけの人数に使うのは土台無理だ。たとえエルフでもな」
「ええ。ご主人の言う通りあれはキッツイですよ。たまーに私もモノにやったりしますが。――あのエルフさん地獄の苦しみでしょうね」
再度彼女を見る。確かにその表情には余裕さは伺えない。むしろ焦っているようにすら思えた。
彼女達は奥へ奥へと進軍する。いくら強化されているとは言え疲労や怪我を防ぐ術はない。一人、また一人とその場に倒れていく。ただそれでも彼女たちは奥へとたどり着いた。
「ヴェルグ!! ガレリオのカイリがここまできたぞ!! 恥じぬ名誉を望むならば我が声に応えるがいい!」
彼女はカイリというのか。カイリは本陣で声を張り上げ相手を呼ぶ。ただ敵兵が現れるだけでヴェルグは一向に姿を見せない。彼女達はその場で周りを取り囲まれ、迎撃し続ける他なかった。
「ヴェルグッ!! 現れないのか!?」
明らかに彼女から焦りの色が現れ始めていた。
「……あーこれはしんどいですね」
「敵将のヴェルグ? は現れないのかな?」
「あのエルフさん達は多分敵陣に突撃して、そのままに敵将を討つ予定だったんでしょうね。でも姿を隠しているのかその場にいなかった。それならばと呼びかけても反応はない」
「通常面子を重んじる亜族は、あのように言われたら出て行かざるをえないがな。ヴェルグとやらは随分と小賢しいようだな」
私はまた戦場を見つめる。すでにカイリ達の人数は片手で数えられる程度になっていた。
「ただこのままだとやられちゃんじゃ?」
私たちの目的は彼女自身だ。もし打ち取られてしまうのであればそれはまずいのではないか。
「ああそうだな。だがまだ我々が出ていくには早いな」
そうなのだろうか……? 彼女はすでに満身創痍とも言うべきな状態にも見え、今にも討ち取られるのではないかと思えてしまう。
「エルフという種族は、そんな簡単には破られんさ」
『だからこそ欲しいのだがな』なんてリムさんは笑っていた。彼女が言うのであればそうなのだろうが、今の状況ではとてもそうなるとは思えないのだが。
しかし私の予想に反して、彼女はやはりその矜持を見せつける。それは彼女の兵達が全滅し彼女だけになった時だった。
「……私一人、か。結局ヴェルグは出てこないつもりみたいね。いいわ。それならそれで都合がいい。一切合切吹き飛ばすだけだから」
彼女はブツブツと呪文を唱え始めた。彼女の足元に魔法陣が展開され周囲が揺らぎ始める。その影響から気流にすら影響を及ぼしているのか、強い風が巻き起こり始めた。
私は思わず目を見開く。こんな状況今まで見たことがない。
「良いものが見れそうだな。スーニャ。よく見ておけよ。世界最高峰の魔法だ」
リムさんが言葉をかけてくる。私は発生した風の強さに思わず目を覆った。そして彼女は呪文の詠唱を終える。先ほどまで吹いていた風がピタリと止んでいた。
「――くるぞ」
「スーニャ、伏せて!」
二人の声に慌てて身構える。瞬間、チチッという火花が弾けた音が聞こえた。
「――エクスプロージョンッッ!!!!」
周囲の地面が盛り上がり、弾ける。発生した爆炎があたり一体を消し飛ばす。生み出された風が砂や小石を運ぶ。爆発に一瞬遅れ、耳をつんざくような爆音が聞こえた。
彼女の呪文により辺りは全て灰燼に帰した。兵の死体、陣、木々、全てが吹き飛ばされ、景色は一変していた。
「やった、かしらね……」
カイリは呪文を放った後に周囲を確認し、しゃがみ込んだ。先ほどのジーの言葉を受ければ、最初から彼女は自分の魔素を仲間達に与えていたはず。それに加えて敵達を倒し、そして今の呪文だ。さすがのエルフでも流石にもう限界なのだろう。
「私もそろそろ限界。――でも、これでようやく貴方を引き摺り出すことができたわね?」
彼女の後方から炎が立ち上る。そして同時に、男性の悲鳴が鳴り響いた。
「グァァァ!! クソクソクソよくわかったな!?」
身体を地面に打ちつけ炎を払っている。カイリは彼との距離を取っていた。
「生きているんだろうとは思ってた。だから魔法を放ってからは索敵に力を注いだ。そしたら案の定生きている気配があったからね。待っていれば現れると思っていた」
「……ああそうかい。でももう流石に限界だろうがなあ!?」
ヴェルグがカイリへと迫る。確かに彼女は限界が近いのだろう。既に彼を抑え込むほどの力は残されておらず、彼女は簡単に組み敷かれてしまう。
「ほらほら! 助けてくださいって命乞いしたら考えてやるぜ?」
「……あらそう? じゃあついでに何でもしますからーなんて言ったらどうなるのかしら?」
「ギャハハッ。そしたら俺の女にしてやることも考えてやるよ!」
「ふふっ。残念だけども私ゲテモノの女になるほど安くないの」
「そうかい。俺も長耳のババアなんて、願い下げだよ!!」
彼の爪がカイリを突き刺すがその攻撃が通ることはない。魔法か何かで防御しているようだった。
「ああ流石に草臥れた。もうそろそろ限界」
「なら足掻くんじゃねえ!! もうとっととくたばれ。ババア!」
「……口の利き方がなっていないガキだこと。まあでもそうね。最後の連れ合いが貴方っていうのは残念だけれども仕方ないか」
彼女と彼が魔法陣に包まれる。先ほどと同じ魔法陣。まさかと思う。彼女は自分ごと、ヴェルグを殺すつもりなのか。
「おいおいおいふざけんな!! 俺はまだ死ぬ気はね――「――これで最後。エクスプロージョンッッ!!」
これで最後との偽りとなく、彼女はその身に残る魔素全てを魔法に使う。魔法陣が眩い光を発する。文字通り、命を賭けての最後の攻撃。
――ただその魔法が発現することはなかった。パシュンと乾いた音がし魔法陣も霧散する。
「――な、んで」
「? おいおいなんだ? 身構えちまったけども、なんだよガス欠で魔法も出ないってか!? ギャハハ!!」
ヴォルグは『何とか言えよおい!』とカイリを蹴り飛ばし、その身体を踏みつけながらに笑っている。カイリはすでに抵抗する力も無いようで、反応すらしていなかった。
「つまらねーな〜。お前もう魔素切れで死ぬし俺も行くわ。またなんかされても嫌だし。最後に無意味だった自分の人生でも悔やんでな」
彼は笑い声を上げながら、足早に去っていった。
「――よくやったジー。では始めるぞ」
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