【2-1-4】
我々は作戦通りに亜族へ総攻撃を仕掛けた。負傷していない兵などいない。皆が満身創痍の状況だ。ただそれにも関わらず士気は異様に高い。敵将を仕留めたこと、そして大将であるギルゴーシュ殿自ら前線に立ち、仲間を鼓舞しているためだろう。皆が敵軍へぶつかっていく。敵も味方も倒れていく。
カイリはどうしているだろうか。無事に任務を果たせただろうか。何も情報が届かないことに不安を覚える。しかし今はとにかく人族が勝利するために最善を尽くすのみだ。私は自分の中にある蟠りを押し殺し、皆と共に戦場を進んだ。
ギルゴーシュ殿の強さは聞きしに勝るもので、他とは一線を画していた。敵を薙ぎ倒していくその姿はまさしく獅子奮迅の働きだ。彼がいるだけで味方の兵士は鼓舞され、敵は萎縮する。これ程頼りになる将を見たことはなかった。
「――ここが勝負の分かれ道だぞ!! 全軍、命を懸けろ!!」
檄が飛び軍の士気が更に高まる。私も負けていられないと自軍へ声をかける。私達は怒涛の勢いで敵を倒し進軍する。気がつけばギルゴーシュ殿と私は横に並び前線を駆けていた。
傍目にも相手は対応しきれていなかった。ラース撃破へ向け戦力を集中させた作戦は功を奏したのだろう。
そして我々は敵の総大将であるラース=オーヴェンの姿を捉えるにいたる。彼もまた、陣に留まっているのではなく前線へ出撃していたようだった。
「敵の総大将だぞ! 突き進め! 討ち取ったものは歴史に名を刻むぞ!」
更に歩みは加速する。辺りは異様な熱気に包まれる。我先にと突撃するが、攻撃は彼までは届かない。流石に敵将を囲む守護は鉄壁ともいえるものだった。
攻めあぐねていた我々に対して、驚いたことにラース自らがまっすぐに我々の方へと向かってくる。狙いがギルゴーシュ殿と私であることは容易に読み取れた。我々もまた彼を待ち構える。
そして程なくして彼は私達のすぐ目の前へと到達した。
「――貴様がレオか?」
恐ろしく深みのある声だった。自然と萎縮してしまうようなそれでいて包み込まれるような、長らくの生を持つ存在ゆえか、少しだけミーム様に似たものを感じる。
「いかにも。私がレオ=ガレリオだ」
「ふむ。良い顔つきだな。リアナンシーが討たれたことには驚いたが、嘘ではないか」
観察するようにこちらを見ている。私もまたラースの顔を見返す。人族とは明らかに異なる顔立ち、鋭い牙に爪、毛皮に包まれた様相。ただ確かに感じられる知性。これが、獣人族の頂点か。
「ラース、覚悟!」
周りの兵達がラースへと詰め寄る。ただ向けられたその剣は彼に届くことは無く、反対にその爪で身体を引き裂かれる。人数を増やしたとて無駄だろう。私はこれ以上犠牲が出ぬよう兵達へこの場から離れるよう伝える。ラースもそれを止めるつもりもないようで、双方の兵との距離が開いた後に口を開いた。
「これで多少話しやすくなったか。それで、そっちがギルゴーシュか。此度の人族の総大将と聞いている」
「……そうだ。ラースよ。その首ここで落とさせてくれたら嬉しいのだがな」
「ククッ。残念だが、この首はなにぶん重たくてな。貴様らでは抱えきれんよ」
自分の首をトントンと叩きながらにポーズを取っている。私達二人を前に随分と余裕さを感じる。
「それに、それはこちらの台詞だぞ? 貴様らの首を落とすことを夢にまで見たほどだ」
その言葉を終える頃には、一瞬で辺りに殺気が立ち込めていた。身体が強張り無意識のうちに私は武具を構えている。
「ヴェルグも連絡が取れん。そうそう討ち取られるやつでもないが、今となっては何が起きるかも分からん」
彼の言葉に驚く。カイリは成功したのか? 報告は我々にもまだ届いていなかった。
「兵士たちの損耗も激しい。目立った将はほぼ全滅だ。貴様らも同じだろうがな」
ゆっくりとこちらへ歩みを進める。戦場であるというのに嫌に静かに感じた。まるでこの場所で我々だけが別の空間にいるようだった。
「仲間の死体を見るたびに、貴様らへの怒りが沸く。……なあ果たしてこの戦いは必要だったのか? 確かに人族と亜族は反目しあっていた。ただこれほどまでの犠牲を払う必要はあったのか?」
その言葉に思わず驚いてしまう。人族も亜族も想いは変わらないのではないか、他の道があったのではないか、以前にも諦めていた考えが再度浮かび上がる。
「何を言うか。我々は亜族と和平を結ぶ道も示したはずだ。だがそれを踏み躙ったのもまた貴様らだろうが!!」
ギルゴーシュ殿が反論する。彼は亜族へ使者を送ったと言っていた。そしてそれを断ったのは亜族だったはずだ。ただ、ラースはその言葉を受けてもなお態度を崩さなかった。
「……貴様らが小細工を弄そうとしていることは知っている。あまり我々をみくびらないことだ」
「……待て小細工とはどう言う事だ? 我々はただこの戦争を終わらせようとしただけだ」
「此処まできてまだとぼけるか。まあ構わんさ。すでに言葉は意味を為さん」
彼の言葉の真意がわからない。ギルゴーシュ殿は双方これ以上の犠牲を払わないためと考えてのことだったはずだ。しかしそれを議論する時間はすでに無いようだった。
ラースは辺りをゆっくりと見回した。周囲に見えるのは、人族、亜族双方の死体、崩れ落ちる人々。痛みにうめく兵達。そして空を仰ぎ、言葉を続けた。
「土台人族と亜族が共存しようなどと無理な話だったのだ。どちらかがどちらかを滅ぼすまでこの憎しみは続く。なればこそ、今日貴様らを殺し、この連鎖を終わらせる」
ラースがこちらへ視線を戻す。その眼光は鋭く、決意と殺意を帯びたものだ。そのプレッシャーはかつて感じたことが無いほどに強い。ただ我々も人族のため負けるわけにはいかないのだ。
ラースの咆哮と共に、戦いが始まった。
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