【2-1-1】矜持
「――頼む。助けてくれないか」
生きるため、顔を土に擦り付けながらに助けを請う。恥も外聞もない。最後の頼みの綱と目の前の相手に縋ってはいるが、私はこの人が何者なのかすらも分からない。
ただ今は可能性に賭けるしかないのだ。これまでに払った犠牲に報いる為に私はまだ死ぬわけにはいかない。生き延びられるのであれば何であろうと厭わない。例え、どんな大きい代償を支払う事になろうとも。
「――安心して。後はもう大丈夫だよ」
だからその声を聞いた時には本当に、神様なんじゃないかとさえ思ったんだ。
子供の頃、私は戦争に憧れを持っていた。ただ今は違う。その凄惨さを知るものからすると、戦争はけして美しいものではない。英雄譚を聞いて目を輝かす子供は微笑ましくはある。ただ戦争など起きないに越したことはないのだ。
人族と亜族の戦争はすでに一ヶ月以上が経過をしていた。ハッキリと言おう。全くの想定外だ。まさかこの段階でここまで潰し合うことになるとは。
緒戦からラフェシア、マグノリアともに持てる戦力の殆どを投入し応戦した。その後は引くに引けずに総力戦ともいえる状況が続き、当然ながら被害は深刻化していた。この戦いが終わった後には亜族だけでなく、人族も生き残っているものはいないのではないかなどとすら思ってしまう。……こんなこと冗談でも誰にも言えやしないが。
たまらず重い息を吐く。私は野営用のテントを出て周りを散策することにした。昼間に出歩こうものなら周りの目も気にするが、すでに夜中のために辺りをふらついても咎めるものなどいやしない。
しかし戦場は何度経験しても慣れるものではない。独特の焦げついた匂い、風に乗って漂う腐敗臭。脳内には兵士たちの泣き喚く声、助けと救いを求める姿がこべり付き、片時も離れることはない。
いつも自問自答してしまう。私は彼らの為に正しい判断が出来ていたのか、別の選択肢もあったのではないか。私を恨んでいるのではないか。答えの出ない問いがぐるぐると頭の中を巡る。私は頭を振りこれ以上考えないようにと努めた。
「――レオ将軍、大丈夫ですか?」
この夜更けに声を掛けられたことに驚く。今の姿を見られたのかと思うと気恥ずかしくもあったが、声の先にいたのは副官のカイリだった。
「うむ。いや、何でもないんだ」
彼女の問いに答える。ただカイリは私の回答に納得していないようで、言葉を発さずにただ見つめられる。私はその様子に誤魔化しても無駄と観念する。
「なに。少し不安になっただけさ」
答えた後にカイリは私を抱きしめ頭を撫で始めた。
「ちょ! カイリ!?」
私が声をあげてもカイリは離れようとはしなかった。
「……レオ。貴方は十分役目を果たしているわ。戦争だから犠牲はつきものだけれど、貴方だからこの程度にすんでいるのよ」
「……そうかな」
「ええ。ホントよ?」
私はそのままに彼女に身を任せていた。そして暫くした後彼女から離れ姿勢を正した。
「……兵士たちには見られなかったかな?」
「ふふっ。もう夜更けだし誰にも見られてないわよ? でもレオを抱きしめてあげたのは久々ね。もっと甘えてくれてもいいんだけど?」
「それこそ周りに示しがつかないだろうに。私も良い大人なんだからそうそう甘えるわけにはいくまいよ」
『あら残念』なんて言いながら肩をすくめている彼女を見て、少し肩の力が抜けたように思う。最初彼女が戦場に来ると聞いた際には止めたものの、今にして思えば助けられている部分ばかりだ。帰還した際には相応に労ってやらねばなるまい。
しかしいつまでこの戦争は続くのだろうか。兵士の損耗は悲惨なもので深刻な人材不足に陥っている。ただこれは相手方も同様で、むしろ絶対数の少ないために我々よりも頭の痛い話だろう。
この戦争はマグノリアへ向けて進軍した人族を亜族側が迎え撃つ形で始まった。人族の王であるミーム様、亜族の王であるククル様はいらしておらず、人族側の総大将は剣聖と呼ばれるギルゴーシュ=ルドリアが務めていた。その呼び名に恥じない武芸は他の将からは一線を画している。彼無しにはここまで亜族と戦うことはできなかっただろう。
対して亜族は獣人族の長、ラース=オーヴェンが率いていた。亜族の中では最も数が多いのが獣人族である。今回の亜族軍の編成は複数種族の連合軍だが、彼が総指揮を取ることにより随分と統率が取れているように思えた。
今回の戦にガブリエット殿は間に合わなかった。最善の処置は施したものの無理はさせられないとの判断だ。本人は随分とゴネていたが彼女が討ち取られる事はあってはならない。彼女はそれほどの象徴なのだ。
また、亜族側にも不参加の実力者がいた。獣人族に次ぐ実力者である鬼人族、そしてその長であるインヴィーディア=フィサリスである。事情は知らないが、亜族側が戦力を欠いていたことは我々にとっては幸運だった。
この戦いが終わった暁には人族亜族の方向性が大きく定まるだろう。すでに双方余力はない。ここで負けた方が他方に飲み込まれる。それほどの局面だった。
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