【1-10-1】 始まり
「――待たせたな。それでは始めようか」
あの後、リムさんは帰宅早々に地下室に篭り始めた。どうやら採集した不死鳥の素材を移植できるものに成形するらしい。サポートのためにジーとレナードも付き添っているが、数日の間三人は食事にすら現れなかった。私は落ち着かない心待ちのままただ待つことしかできなかった。
その日は雨で珍しく雷を伴っていた。私はジーと共に家の中から外を眺めていた。二人でぼうっとしていた時、地下から登ってくる足音に気づく。顔を向けるとそこにはリムさんが既に立っていて、そして先ほどの言葉に繋がる。
私はリムさんの言葉を受け、特に何を準備するでもなく地下に案内された。リムさん、モノ、ジー、レナードも一緒だ。案内された部屋はレナードが寝かされていたあの部屋で、その時には何も無い簡素な部屋だったが、今は手術に用いられるのであろう様々な道具が置かれていた。
「ジーとレナードは回復魔法と停止魔法を掛け続けろ。モノは術式兵装の準備を」
それぞれが手術の準備を進めている。私はといえば置かれた手術台に横になり彼女達を待っていた。柄にもなく緊張している。
――とうとう始まるのだ。私の復讐の第一歩が。
ドクンドクンと鼓動がなった。静かな部屋の中、自分の心臓の音がやけに鮮明に聞こえる。
準備が整ったのか、リムさんは私に声をかけた。『スーニャよ。始める前にいくつか質問をしておこう』と彼女は言った。
私は何を言うのだろうと顔を向ける。リムさんは、真剣な表情を浮かべながらに口を開いた。
「一応聞いておくが、後戻りはできないぞ? 本当に構わないのだな?」
今更な質問だ。あの日から、私の中の炎は消えることはない。消せるはずもない。それにここまでお膳立ても済んでるのだ。今更止めることなどリムさん自身も許さないだろうに。
「どうせ聞く気などないんでしょう? それにもし私が心変わりをした、と言ったらどうするつもりなんです?」
「フフッ。よく分かってくれているな。確かにこんな珍しい素体を見逃す手はないがな」
やはり考えている通りだ。まあ自分から望んでいる私にとっては案ずるまでもない話ではあるが。
「……まあ私もただ生き延びても仕方ないですしね。悪魔だろうがなんだろうが全て売り渡しますよ。それで万に一つでも私の望みが叶うのなら、ね」
言葉の通り、リムさんが悪魔だろうが天使だろうが関係ない。私にとっては彼女の協力を仰ぐほかないのだ。この方法が、今私が実現し得る最良の道筋であることは間違いなかった。
それで例えどんな代償を払うことになったとしても、だ。
「ふむ。しかし悪魔とは中々いい例えだ。そうだな。そう例えるならば、さしずめ私が貰う対価は貴様自身であり、貴様が実現していく未来そのものというところか」
「それであれば私にとっては破格の契約ですね。悪魔というのは訂正して天使と言い換えましょうか?」
彼女へ軽口を返す。それにしても今日は随分とリムさんも饒舌だ。ここまで上機嫌なリムさんを見るのは初めてだ。
「はッ。どちらでも構わんよ。我々は実際似たように呼ばれることもある。しかし、ああ本当に楽しみだ。こんなに期待するのはいつぶりだ? 頼むからつまらない結果にだけはなるなよ?
もしそんな事になったら、貴様のことを何回殺しても足りやしない。死んでも死んでも殺して殺して殺してやる。覚悟しておけ」
「いや、死ぬ気は毛頭ないですがそれは勘弁してください……」
言葉とともに向けられた笑みと眼光の鋭さに思わず身が竦む。そのアンバランスさが余計に迫力を増していた。
「ん。だがそうだな。さっき貴様がもし心変わりをしたら?
などと宣っていたが、もしそんな事になれば薬漬けにでもして強制的に従属させていたかな。本当にそれくらい、逃がすつもりはない」
「冗談でもそんなこと言わなくて良かったって心底ホッとしてますよ……。ーーでは、そろそろお願いしても?」
普段口数が多いとはいえない彼女がここまで喋っている辺り、確かに興奮しているのだろう。ただこちらとしてもそれは同じだった。それにいつまでも台の上に寝そべらされていても居心地も悪い。やるのであれば早くやってほしいというのが本音だ。
「ああ、そうだな。少し喋り過ぎた。では始めよう。
――新たな生を求めんとする貴様に、アヌの祝福があらんことを」
彼女がレナードへ私に魔法をかけるよう指示をする。麻酔のようなものか。意識があっては何かと不都合も多いだろう。
しかし指摘したら怒られるだろうが随分とらしくないことを言う。彼女でも神に祈ることがあるのかと。それともそれくらい難しい手術であると捉えるべきか。
「……あ、そういえば一言だけ」
私は魔法の影響か薄れゆく意識を手繰り寄せつつ、伝えるべきことがあることを思い出した。さっそく術式に移ろうとしていた彼女達の動きが止まる。何かあったかとこちらへ顔を向けてきた。
「どうした? やはり止めるとでも?」
「さっきの今で撤回なんてしませんよ……。私が言いたいのは一言だけです」
ふうと息を吐く。
「――私を殺したら、殺しますからね?」
私は絶対にここで死ぬわけにはいかない。村の、家族の、友人の、姉の、すべての踏み躙られた命のために。そして私自身の怒り、尊厳のために。どんなに生き残る確率が低かろうがここで死ぬわけにはいかない。絶対に。
私の言葉にリムさんは驚いた表情を浮かべ、そして笑い始めた。
「ククッ、ハハハハッ! 最高だなスーニャ貴様は! 本当に最高の素材だ!」
その後もしばらくの間彼女は笑い続けていた。かたやジーやレナードは私の言葉にひきつった表情を浮かべていた。リムさんにこんな口を聞く人も稀なのだろう。落ち着くまでだいぶ時間がかかった。
「……ふぅ。まったく、こんな笑うのは久方ぶりだぞ」
「いえこれだけは言っておかないと思ってましてね」
「クククッ。構わんさ。それであればこちらからも言っておこうか」
彼女は改めて息を整えながらその言葉を発した。
「――この私を舐めるなよ? リム=グネフェネの名において、完璧に成功させてみせるさ」
ここで会話は終わり改めて準備が進められる。私は彼女の言葉に満足し、意識を失った。
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