【1-1-2】
「「「 ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー ディア ✖️✖️ ー
ハッピー バースデー トゥー ユー 」」」
歌が終わると同時に目の前のケーキに息を吹きかける。ロウソクの火がうまく消えず慌ててもう一度息を吹きかけた。それでも消えず、姉が仕方ないなぁと笑いながら代わりに消してくれた。
久々に帰った家は俺の記憶そのままだった。俺が書いた両親の似顔絵も初めて作ったビーズのアクセサリーも、変わらずに飾られていた。家の壁に記した姉と俺の身長の文字も当時から変わっていなかった。
俺の家はマンションで家族四人には十分な広さとは言えなかったが不自由なく暮らしていた。今日はささやかなホームパーティーということで、久々に帰ってきた自分が気後れしないよう昔のままにしてくれていたのだろう。
「ねえお父さんお母さん。前にね、✖️✖️になりたいものはー? って聞いたら何て答えたと思うー? まさかの正社員だって! 今の子供は夢がないってホントだよね!」
「ははっ。✖️✖️はそんな風に答えたのかい? 昔はサッカー選手になるんだなんて言ってたじゃないか」
「そうよ。ママもそう聞いていたわ。サッカー選手になってパパとママを試合に招待してくれるって言ってたものねー?」
「え! なにそれー?! 私聞いてない! それにやっぱちゃんとした夢あるんじゃん!」
他愛のない会話に笑い声。まるで昔に戻ったかのような気分になる。食事も俺の好物だけを用意してくれた。『病院には内緒だよ?』なんて言葉だけ聞くと平和で平凡な家族そのものだ。……まあ両親と目が合う事は、この日も最後まで無かった訳だけれども。
「ねえ✖️✖️! お家帰ってきてどう? ✖️✖️がいつ帰ってきてもいいように昔のままにしてあるんだー。だって突然帰ってくることになって、その時に家が変わってしまっていたら✖️✖️も悲しいでしょ? だからなるべく変えないように気をつけてるの! お父さんお母さんにも協力してもらってねー」
『お掃除も大変なんだよー?』なんて笑っている姉は、俺には眩しく見えた。同時に申し訳なくも思った。俺の面倒に時間を費やさせていることに。友達と過ごす時間や勉強や習い事に充てる時間も限られているはずだ。俺がいなければ、自分に対してもっと時間も労力も割く事が出来たはずなのに。
「ごめんな。姉ちゃん……」
「え、なにが? 突然どうしたの?」
聞こえないようボソッと口にしたはずが、姉の耳には届いてしまっていたようだ。
「何でもない。それよりもケーキもうちょっとくれるかな?」
慌てて話題を変える。姉は釈然とはしていない様子ながらもそれ以上深くは追求してはこなかった。
その後程なく食事を終え眠る時間になった。本来であれば俺は体調面のこともあり、両親と一緒の就寝となるはずだったが、姉の陳情から姉と二人で寝る事になった。……正直両親と寝るのも気まずいので、そうなるように俺も仕向けた所はあったけれど。
「姉ちゃん今日はありがとうね。姉ちゃんのおかげで久々に楽しい一日だったよ」
「どういたしましてー。私も久々に豪華な食卓で満足満足ー。でもほんと✖️✖️が早く体調良くなって帰ってきてくれたらいいなー」
「ふふっ。そうだね。早く元気になるように頑張るよ」
「お父さんお母さんも✖️✖️が入院してからは本当に人が変わったようで、私も正直ちょっとね〜」
この発言は素直に意外だった。姉も思う部分はあっただろうけれど、そういった類の不満を口に出すタイプではなかったからだ。
「あーあー。また明日からは一人でつまらない毎日かー」
「姉ちゃんはまだ良い方じゃない。俺なんか病室に寝たきりなんだよ?」
「いやまあそうだけどもさぁ〜」
足をバタバタとさせながら不満アピールをしている姉であったが、しばらくした後にこちらを向いてニヤッと笑った。
「……抜け出しちゃう?」
「は?」
「家抜け出して、夜ちょっとだけ散歩してみない?」
「いやいやいや何言ってるのさ」
「だってこれでおしまいなんてつーまんないー!」
「……いや姉ちゃんだけならまだしも、俺は今こんな状況だしさ」
「大丈夫大丈夫! 私に任せておきなさい!」
胸に手を当ててどーんと構えている姿に思わず苦笑する。ただ俺も俺で、夜に抜け出すというちょっとした冒険が楽しそうだと思ったこともまた事実だった。
「……じゃあちょっとだけだよ?」
「そう来なくっちゃ! じゃあ急いで準備してお父さん達にバレないように抜け出そう!」
「本当にちょっとだけだからね? すぐ帰ってくるよ?」
一度面白いと思い浮かんでしまったことに対して、我慢が出来るほど姉も俺も大人ではなかった。無論よくないこととはわかっているものの、すぐに帰ってくればいい。危ないことなんてなにもない。普段我慢しているんだからこれくらいはいいだろう。そんな風に考えていた。
かくして俺たちは二人で夜の街に飛び出した。
そして、そのまま帰ることはなかった。
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