【1-9-1】 信念
我々が住む大陸は今では大きく四つに分けられる。北東部はアヌ教を主体とした宗教国家フクローランが、北西側を独自文化を築き他国との交流も乏しい国家ニンフェアが治めている。そして南東側が我々人族、南西側がマグノリア、亜族の領域だ。
マグノリアという名称は太古の神々の三女に当たるククル=マグノリア様から由来する。ただし正確にはマグノリアという国は存在しない。亜族の中には様々な種族がいるがそれぞれが独立した社会を構築している。人族では異民族同士の共存は珍しくない事に対して、亜族では他種族同士が生活を共にする事は基本的に稀だ。これは人族よりも亜族が多様な種族を有しているために一元化が難しいためだろう。
ラフェシアのように一つの巨大な国家があるわけではなく、大中小と様々な規模の国が点在する亜族中心の地域、それらをまとめてマグノリアと呼んでいた。彼らは確認されている限りでは人口約250万人。ラフェシアの1/6といった程度だ。争う上ではそれだけ見れば数に勝り優位な我々であるものの、亜族は個体個体の強度は人族よりも優れる。
種族にもよるが一般的には亜族を一人倒すのにも複数名で立ち向かう必要があり、ことによっては数十名の動員を要する場合もある。生来持っている力の差から亜族が人族を下に見るケースもけして少なくない。ただ無論それが全てではないし、亜族と懇意にしている人族は幾らでもいる。
しかし亜族人族双方への被害は常日頃から出ていることもまた事実であり、反目しあっているものがいることは疑う余地もなかった。
今回の進軍がすんなりと通った事もこれらの要因があったためである。過去統一されていなかった人族が一つになったのだ。亜族に対して攻め入る好機ではあったのだろう。
――それでも何か和平への道がないのかと思う私は、甘いのだろうか。
「――レオ将軍!」
声をかけられハッと顔を上げる。心配そうな表情を浮かべた副官カイリの顔が目に入った。
「いや、すまない。なんだったか?」
「もぅ! ですから今度のマグノリアへの進軍の件で」
カイリから書面を受け取りつつ目を走らせる。隊列の懸念を考え一通りの指示を返す。思わずふぅと息を吐いた。
戦争自体を止める事はできなかった。ミーム様には相手にもされず、人族内での軍議の席では他首領達による進軍賛成の意見から、私の反対案は圧殺された。歯痒い思いをしながらも、こうなってしまったのであればできることをするのみだ。私は近頃は昼も夜もなく、ひたすらに最善の策略を練る事に集中していた。
「やはり少し休まれたほうが……」
「いや、まだまださ。考えなければならないことが山のようにある」
私は硬くなった肩をほぐしつつ、目の前の書類に目を走らせる。
「兵士達は勿論その妻や子供、家族達の想いを預かっているんだ。無茶くらいはしなければな」
「しかし……」
「まあそう心配するな。それとガブリエット殿の様子はどうだ?」
彼女が前線に立ってくれるのであれば、状況は一気に改善するのだが。
「ガブリエット様本人は回復したと仰られているようなのですが、周りが止めているような状況らしく」
「そうか。そんな早く治る傷でもない、か。致し方あるまい」
やはり彼女に期待する事は難しいようだ。それであれば当初の想定通り、私含めどういう動きをすべきか考える事にしよう。再度思考の海に沈もうとしたところ、真剣な表情を浮かべたカイリに話しかけられる。
「レオ将軍。前線に立たれる際には私もお供致しますので、側においてくださいね」
「……なに? カイリは前線には立たないとの約束のはずだろう? 勿論出てくれたら心強いが」
彼女はラフェシアでは珍しい亜族の出だ。それもエルフ族である。この世界においてエルフは非常に希少な存在だ。長寿ゆえに絶対数が少ないのか、表舞台に立っているものはごく僅かしかいない。元々カイリは私の祖国であるガレリオお抱えの魔導士であり、今は私の副官として働いてくれている。
ただ相手が亜族となると彼女は前線に立つことを躊躇っていた。それもそのはずだろう。彼女にとっては遠縁といえど同族を相手にしなければならないのだ。その超越無比の強さは確かに心強いが、それでも彼女の心情の方が心配だった。
「無理をする必要などないぞ。何だったら私が十人でも百人でもその分働いてやるさ」
ははっと笑ってその場を流そうとしたがカイリはなおも真剣な表情をしたまま押し黙っていた。
「……本気で言っているのか」
「ええ。ガブリエット様も出撃出来ないとなると流石に分が悪いでしょう。それに貴方のことも心配ですしね」
「いやしかしだな……」
「いーえ私はもう決めてるんです。レオ将軍といえど私の意思は変えられませんよ。いざって時には貴方を守るとガレリオ王とも約束してますし」
無茶苦茶な言い分だ。ただ思えば昔からこうだった。今では私の意見や指示を尊重する彼女であるが、私が子供の頃は私のお目付け役として彼女に躾けられた。その頃には私の言うことなんて何一つ聞き入れてはくれなかったのだ。今回も早々に無理と悟り思わずため息をつく。
「……私が引けと言ったらちゃんと引いてくれよ?」
「やった! レオ、私聞き分けのいい子は好きよ?」
「いい加減子供扱いはやめてくれ……」
まったく困ったことに、私は今でも彼女には強くは出られない。しかし本当に来るのであれば、改めて戦略の検討をしなければな。
「コホン。そういえばレオ将軍、御父君から一度帰ってくるようにとの言伝がございましたが」
「父から? 何用だ?」
「いえ、そこまでは」
「そうか。しかし見た通り今は多用でな。また折を見てにさせて貰えるよう返答をしてくれ」
「それが彼方も急ぎとの事で……」
「なに? ……では近日中には出立すると伝えてくれ」
父から急ぎの要件など聞いた事がない。何か重大なことだろうか? 体調が優れない話などは聞いてはいなかったが。
私は言葉通りに数日のうちに可能な限り部下達へ指示を出し、故郷ガレリオへ向けて出発した。
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