【1-8-4】
リムさんが悠々と相手に向かって歩み始める。武器を構えるでも魔法を唱えるでもなく、ただ平然としたままだ。
対して不死鳥は両翼を振り下ろし、巻き起こした突風と共に吐いた炎を叩きつける。それだけで辺りには炎が広がり、岩々の一部は溶解していた。私はその姿にまた目を奪われる。放物線上に広がる炎に不死鳥の羽が混じり、その神々しさを一層強めていた。
不死鳥は隙間なく攻撃を続けるも、リムさんは攻撃をヒラヒラと避け当たらない。その様子はさながらダンスでも踊っているようだった。不死鳥は無意味と認識したのか、いったん距離を取ろうと宙へと浮かび上がった。
「ふむ。それで、次はどうするつもりだ?」
リムさんは変わらず悠然と構えているが、話している間にも不死鳥は炎を放ってくる。周囲が炎に包まれる。ただそれでも彼女の余裕を打ち消すことは出来ない。
「熱いな。素晴らしい熱量だ。ただ、私達は魔法の類にはめっぽう耐性が強くてな。自慢の炎も私の肌を焼くには至るまい」
確かにその言葉の通りに、彼女が炎で怪我を負っているようには見えなかった。
「ではそろそろこちらからも攻めようか」
彼女は払うように手を振る。その瞬間に周囲の炎は霧散した。次に手を高く掲げ、そしてゆっくりと振り下ろす。
ただそれだけで、見えない力ではたき落とされたように、突然不死鳥は地面へと叩き落とされる。更にはその周囲は強い力が掛かっているのか、不死鳥の身体は地面へとめり込んでいた。
「私はどうも魔法が苦手でな。不器用な使い方しかできんのだ」
『まあ効果はあったようだが』と喋りながら不死鳥へと近づく。不死鳥はその力に抑えつけられ、身動きが取れないようだった。
「どうだ? ひとまずここまでは?」
「……素晴らしいです。地に伏せるなど何百年ぶりでしょう。ただもう少々お付き合いください」
不死鳥が体勢を起こす。リムさんも追撃をするでもなくその様子をみていた。そして不死鳥は再度空へと移動する。今度は旋回しつつ滑空している。勢いをつけているようだった。
「――いきます」
その言葉通りに凄まじい速度でリムさんへと突進をしてくる。そしてそのままにその嘴が突き刺さる。リムさんはその勢いを全身に受け、後方へと吹き飛んでいった。
「リムさん!!」
思わず声をあげて近づこうとする。ただそれをレナードに制止された。
「スーニャ、リム様が戦っている最中です。手出しは無用ですよ」
「そんな!」
さすがのリムさんでもひとたまりもないのではないか。しかしそんな私の予想に反し、リムさんは何事もなかったかのように立ち上がった。
「ふふっ。やはりこのクラスになると張り合いがあるな。痛みを感じたのなどいつぶりだ? ましてや今回は血も出ている。素晴らしいぞアンジェル」
リムさんの言葉通りに鎖骨辺りには血が流れている。それでも彼女はひどくご機嫌な様子だった。
「他には何ができる? せっかくだ。全て披露してみろ」
雄叫びと共に不死鳥が攻撃を再開する。炎、嘴、爪、全てを使い全身全霊の攻撃を仕掛けている。この世界の誰だろうと全て決定打になるはずの攻撃だ。
だが、その全てを持ってしてもリムさんを倒すには至らない。
「――そろそろいいか。アンジェル?」
「……ええ、充分です。リム様もいつでもどうぞ」
その答えとともにリムさんが不死鳥へ手を向けた。
――次の瞬間には、不死鳥の半身が消え去っていた。そして嘶きとともに崩れ落ちる。
私はといえば、いったい何が起きたのかさっぱりだった。
「……レナード、どういうこと?」
堪らずレナードに確認する。
「リム様は魔法の扱いは不得手ですが、魔素を扱うことは得意なのですよ。さっきの攻撃は魔素そのものを放出してぶつけた結果ですね」
そんなことが……。いやでもそんなことが出来るのなら魔法なんて必要ないのでは?
「しかしあんなことは真似できないですがね……」
やっぱり普通のことではないのだろう。しかし、あの一瞬であそこまでの破壊力があるなどとんでもない話だった。
「そらアンジェル。復活するのだろう? いくらでも付き合ってやるから、好きなだけ生き返るといい」
暫くして不死鳥はその身を炎に包ませ復活した。ただそこからは一方的だった。不死鳥の攻撃はリムさんが避けるか防ぎ届くことはない。ただリムさんの攻撃により不死鳥の身体には風穴が開けられる。崩れ落ちた不死鳥は再度傷を癒やし復活する。
この一連の流れが十回ほど繰り返した後、とうとう終わりの時を迎えた。
「あぁリム様。わがままに付き合わせてしまい申し訳ございませんでした。これで、最後になろうかと思います」
不死鳥の身体は今度こそ癒えることはなく、起き上がることも出来ないようだ。
「構わんさ。こちらとしても良い気晴らしになった。遠慮なく心臓も貰う事だしな」
「ええ。私の身体の一部がこれから先も使われていくのであれば、この生も意味があったというものです」
「……本当に貴様は、人間のような事を言うな」
会話を聞いていてなんだか申し訳なく思う。もっと別の生き方もあったのではないか。その未来を奪ってしまったのではないかと。
「最後に、私が命を失う前の炎を発します。それが私の最後の攻撃です。せめてもの餞とさせてください」
言葉が終わる頃、その身体が今までよりも一層輝き始めた。そして周囲に火柱が立ち昇り、あらゆるものを飲み込み始める。
「――スーニャッ! 僕の後ろへ! 早く!」
レナードが慌てて魔法障壁を貼る。その焦った声からは普段の余裕さは感じられなかった。私は言われたままにレナードの背中に身を寄せた。
「――ああ、見事だ。熱い。痛い。炎に焼かれるなどいつ以来だろうか」
炎の海の中でリムさんは笑っていた。その炎はまるで生きた意志を持っているようで、様々の光を発しながら彼女の身体を覆い尽くしている。
不死鳥はその攻撃と共に動くことはなくなった。その姿をリムさんは、もの寂しそうな何ともいえない表情を浮かべながら見つめていた。
こうして私達は不死鳥の心臓を手に入れた。
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