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異世界転生したら、世界の敵になりました。  作者: 篠原 凛翔
【第1部】夜明前

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30/123

【1-7-4】

「……そろそろいいか? ジー、出てこい」

「はーい、承知ですー」


 私の後ろからジーが現れる。何をするのかと思ったらレナードに魔法をかけ始めた。


「……な、にを?」


 私は先ほどまでの衝撃からうまく口が動かなかった。ただ殺すつもりで傷を与えたはずのその人は、ジーの魔法を受けて明らかに様子が変わっていた。


 傷口が徐々に塞がっていく。血の気の引いた顔に少しずつ赤みが増していく。胸が上下し始める。呼吸音が聞こえる。


 ――いやそんなバカな。確かに、致命傷だったはずだ。

 

「ふぅ……。本当にどうなることやらと思いましたよ」


 私が殺したはずのレナードが平然と立ち上がり喋っている。私は呆然とそれを眺めていた。


「スーニャ、少し頭は冷えたか?」


 リムさんが私に声を掛けてくる。


「コイツを殺すのは貴様にとってもまだ早い。理解しろ」


 何を言っているのか全く分からない。驚き過ぎて理解が追いついていかない。


「……どういう事ですか?」

「どれからだ?」

「……それならまずなんで生きてるんです?」


 確実に命に届く傷だったのに。魔法といえど万能ではないはずだ。


「言っただろう? コイツはモノやジーの姉弟と。つまりは私の研究成果の一部だ。ならばそう簡単に死にはしない」


『今も、そして貴様の里でもだ』と言葉を続ける。……彼女はすべて知っているわけか。


「……じゃあ殺すには早いというのは?」

「レナードはラフェシアに精通している。貴様にとって重要な情報源たりえる。そんなコイツを殺すことはマイナスの方が大きいと思わないか?」


 言っている意味はわかるが、ただそれとこれは別だ。そんな私の思いを読み取りリムさんが言葉を被せてきた。


「まあ許せないというのも理解できる。どちらを選ぶかだな?」


 確かに彼を利用すれば、ガブリエットやミームへの糸口が見つかる事だろう。それであればひとまず彼を生かしておくということは理解もできる。私は深く息を吸い、数秒間考えを巡らせた。


「……ひとまず立って私の前に来なさい」

 

 レナードは私の言うとおりに立ち上がり目の前に立つ。彼は私の背丈よりも頭一つ分は大きかった。歳の頃は人族にして二十代後半くらいだろうか? 無造作に伸びた黒髪は目にかかっていて、視力は良くないのかメガネをしている。ただその奥の眼光は鋭く人を畏怖させるには十分なものだった。


 私はここにきて初めてレナードの顔をしっかりと見たことに気づいた。


「ジー、短剣貸してくれる?」


 ジーはチラりとリムさんを見ている。リムさんは何も答えない。それを見てジーは私に短剣を渡してくれた。


「跪いて」


 レナードは私の言うとおりに跪く。先ほどまで私の頭上にあった彼の頭は、今は私の腰の辺りへと下がっていた。

 

「私は貴方を許すことは出来ない」


 剣を彼の首元へ沿わせる。今なら一瞬で彼を殺す事ができる。頭と身体を分離させてやれば、流石に生きられないだろう。剣を振りかざす。リムさんもジーも、レナードも何も言わない。


 私はもう一度深く呼吸をし、意を決した。

 

「――ただ、私の目的のために、貴方を生かすことにします。そのためだけに貴方は生きてください」


 剣を地面に落とす。甲高い金属音が響く。固まっていた空気が弛緩する。


 私は言葉を続けた。


「でももし何かあれば容赦なく殺す」

「……いいでしょう。俺の命はこれからは貴方のものだ」


 私とレナードの目が合う。言葉の通りに、許したわけではない。一時的な休戦にすぎない。私は剣をジーに返した。


「それとね」

 

 ――ただせめて、一矢報いるくらいはさせてもらわないと。


 私は身体を反り、勢いをつける。


 そして、その勢いのまま頭をレナードの額に全力でぶつけた。


「ーーッ!!」


 額と額がぶつかった鈍い音の後、レナードのうめく声が聞こえる。私の額も同様に痛みを発していたが気にはならなかった。


「これくらいは許されるでしょ?」


 苦しんでいるレナードの姿を見てしてやったりと笑う。沈黙していたリムさんも、呆気に取られた後に笑っていた。


「ははははっ。これは一本取られたな、レナード?」


 オロオロしているジーを横目に私も額をさする。


 ひとまずはここまでだ。これ以上しても私にメリットはない。私は私の中のしこりを押し殺し、無理やりに自分で自分を納得させていた。


「そういえばレナード、貴様そろそろ元の身体に戻ったらどうだ?」


 どう言う事だろう? 元の姿、とは?


「ええ。リム様が言うならそうしましょう」


 まだ痛そうにしている。額は赤くなっていて多分コブになる事だろう。彼はボソボソと詠唱をし、身体は淡く光始めた。


「レナードはモノやジーより成熟していると思わなかったか? 実際にはそんな事はなく、魔法で無理やり成長させているんだ。ホントは二人よりももう少し幼いんだぞ?」

「え!?」


 その言葉通りにレナードの身体がスルスルと縮んでいく。


 そして気がついた時には、目の前にはブカブカの服を着た少年がいた。


「はぁ〜、やっと元に戻れました」


 身体を伸ばしている少年は、確かにモノやジーよりも少し幼く思える。まさかレナードがこんな子供だったとは……。ということは、私はさっきこんな子供に思いっきり頭突きしたのか……。


「スーニャさん、改めてお詫びさせてください。本当に申し訳なかった。ただ先程の言葉に偽りはありません。これから僕は、貴方のためにこの身を捧げさせていただきます」

「……スーニャでいいよ、レナード」


 思いっきり敵対心剥き出しで接するつもりだったのに、なんだか出鼻を挫かれた感覚だ。


 その後彼は服を着替えに行き、私たちも一度上の階へと戻る。私も正直くたびれた。その日は食事も程々に早々に床につく。


 そして翌日改めてリムさんに呼び出される。

 

「では、これから貴様をどうするか相談しようか?」

 

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

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