【1-3-5】
俺たちは力なく抱き合っていた。リムからは血がとめどなく溢れていて、それは俺も同じだった。冷たくなっていく身体から、自分達がすでに長くないということを悟る。ただ敵が去った安心感と、この状況が嘘なんじゃないかという非現実感に包まれていた。痛みは興奮のせいか未だに感じなかった。
「……ごめんねスーニャ。お姉ちゃん、守ってあげられなかったね」
息も絶え絶えにリムが口を開く。出てきた言葉は俺に対する謝罪。謝る必要なんて、微塵もないというのに。
「違うよ。俺のせいだ。俺がもっと上手くやれたら……」
「そんなことないよ。私を守るために自分を犠牲してくれようとしたこと、分かってる。凄く格好良かったよ」
「そんなこと!!」
「それに私一人で戦ってたとしても、勝てなかった。スーニャのお陰で追い返す事も出来たし、これでよかったんだよ」
少しずつ彼女の声が小さくなる。俺はリムを抱く力を強くした。
「痛いよ〜スーニャ。でもスーニャに抱いてもらうなんていつぶりだろう? ね、覚えてる?」
『いつだったかな』なんて答え、俺たちはそこから昔話を話した。両親のこと、里のこと、一緒に行った場所や、狩りの話。二人のたくさんの思い出。
「あーあーもっといっぱい一緒に過ごしたかったなぁ。大人になって、色んなことを経験して、喧嘩したり、笑い合ったり……」
「……そうだね。俺もリムともっともっと過ごしたかった」
「あは、嬉しいなぁ。私の人生幸せだったぁ。生まれてすぐスーニャやお父さんお母さんに会えて、みんなに囲まれて、最後は大好きな人に抱かれて逝けるんだもの。嘘みたい」
「……こんな事くらいならいくらでもするよ。それに今も他に何か出来る事ならするよ?」
「あ、じゃあさ最後に、お姉ちゃんって言ってくれる? あと大好きって、それだけ」
「そんなのでいいの?」
「ん。それがいい」
オレは泣きそうになる気持ち抑えつつ、リムの要望に応えた。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
「ん。ありがと。私も、大好き」
リムも俺ももう限界だった。意識も消えつつある。彼女も満足したのか、何も喋らなくなった。俺たちは改めて身体を寄せ合い、最後の刻を待った。
「――あ、やっぱり最後にもいっこお願いしてもいー?」
「ん。どうしたの?」
「……私と手を合わせてくれる?」
言われた通りに手を合わせる。
「ありがとね。スーニャ手おっきくなったね〜。私よりもおっきいや。……ね、私たちの種族の力で、他者の身体を引き継げるって伝承は知ってるでしょ? 成り変わり術ってやつ」
「ああ。でもそれってただの作り話でしょ?」
「そんなことないよ。ホントの話。今でも続く私たちだけの力」
――やり方は簡単だよ。私たちは相手が亡くなった瞬間にその身体を引き継ぐ。時間が経ってからではダメ。本当に逝ってしまった瞬間。
その瞬間にはその人の存在そのものが放出されるの。もしかしたら魂と呼ばれるものなのかもしれないね。私たちはその人へ触れたままに、その人への祈りと共に魂を吸収できる。姿形、記憶や能力全てを。生涯で一回だけね。
「でもこれって受け取る側のやり方であって、与える側の方法ってないのかなー? って探してたんだ。――それで、やっぱりあったみたい」
まさか本当に存在を奪う方法があったとは、素直に驚きだった。リムが何を言いたいのか未だ分からなかったが、何だか妙な胸騒ぎだけは感じていた。
「――ごめんね、スーニャ」
結んでいた手が改めて強く握られる。そしてリムの身体が俄かに光り始めた。ここに来て彼女が俺に自分の存在を与えようとしているのだと分かった。
「リム! なにしてるんだ!」
「初めてで上手くできないかもしれないけど……。でもこうすれば私の残ってる力をあげられるみたいなんだ。そうしたら、もしかしたらスーニャが生き残れるかもしれないから……」
「そんな、それならリムに俺の身体を渡す!」
「そう言うと思ったからさっきごめんねって言ったんだよー? 私はやっぱり、貴方に生きてもらいたい」
リムの身体は輝きを増していく。そして比例するように身体は薄くなっていく。
「リム待ってくれ! 俺は!」
言いたい事がたくさんある。それなのに、もうその時間もないようだった。
「――ああ、本当に大好きだよ。スーニャ」
満足したような笑みを浮かべ、リムは完全に光となり、俺の体へと吸い込まれていく。彼女の想い、喜び、怒りや悲しみが俺の体に入っていく。
スーニャという器の中にリムが溶け込んできて、一つになっていく感覚。そして俺は意識を失った。
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