【1-2-4】
降誕祭に向けての準備は着々と進められた。真ん中のスペースには櫓が建てられ、アヌ神を模した女神の像が飾られる。その日ばかりは男衆は設営仕事を、女衆は料理の用意に明け暮れていた。外に出ていた遠征隊も程なく帰還する予定だ。普段は落ち着いたこの里も賑やかな空気を纏っており、皆一様に高揚していることが伺えた。
対して、本日初めて狩りを行う子供達は少なからず緊張を露わにしていた。
「うーんいよいよ始まるなぁ……」
「あれ珍しい。スーニャ緊張しているの?」
「いやまあ、そういうわけでは無いんだけども……」
実際その言葉は嘘ではなかった。そもそもがこのような狩りは中・遠距離からの攻撃が基本であり、俺の持つ剣ではレンジが違いすぎる。俺の役割は前衛であり、中衛・後衛の守護が主だ。そのため俺の出番が来るとも思えなかった。
「大丈夫よ! 私の魔法でやっつけちゃうんだから! それに役に立たないかもだけども、一応トーリもいるしね」
自分も緊張しているだろうに俺を励ましてくるのだから、カーナは本当にしっかりしている。
「いやぁホントカーナもおっきくなったなぁ」
「いやあんた誰なのよ」
カーナは実際狩りに移っても問題ないだろう。――問題はトーリだった。
「おーいトーリ大丈夫かー?」
「お、おぅ。スーニャか。ま、任しとけよ! おおおオレが一発で仕留めてやるからさ!」
なーんて分かりやすく緊張されていらっしゃるようだ。若干身体に震えもみえる。今朝の弓の練習では想像し難いことにほとんど的を射抜くことはなかった。それがまた本人の緊張を助長しているようだ。
「おーいそろそろ始めるぞー? みんな準備は大丈夫かー?」
ナロウが声をあげて参加する子供達を集めた。簡単な狩りの説明を行い、最後に開始の合図をかける。
「よし、じゃあこれからは各自自由に狩りを行うこと。誰かが狩りを終えたらそこで終了だ。ただ何度も言うが、命が最優先だ。危険があれば無理せず逃げること! では開始!」
ナロウの言葉と同時に皆狩りを開始した。狩り自体は昼過ぎから行われ、獲物は大小・種族を問わず何かしら一体を仕留めればよい。過去には開始からすぐ終了することもあれば、何時間も掛かったこともあるらしい。俺もさて行くかと動き始める。
「ちょっとスーニャはその前にこっち来てくれ」
森の中へ移動する前にナロウに呼び止められた。特に思い当たる節はなかったが、彼へと近づくとそっと耳打ちをされた。
「……すまん。トーリのこと頼むな。なんだか随分固くなっちまって。普段通りなら全く問題ないんだが……」
あーなるほど。立場もあり表立っては言えないが、様子がおかしい愛息子の事が気に掛かっていたんだろう。それで近しい俺に声を掛けたというところか。
「ナロウも子煩悩だなぁ」
「お前は落ち着いてんなぁ〜。まあでもスーニャは昔からそうというか、いい意味で冷めてたからな。こういう場でも変わらないようだし、一つよろしく頼む」
はいはいと返事をし、待っていたトーリとユーリの元へ向かう。『何話してたんだー?』なんて聞かれたが、誤魔化しつつ森の中へ向かっていく。
――さて、頼まれた事だししっかりしなきゃな。
狩りは村からせいぜいが数キロメートルが範囲だ。俺たちは森の中を進み、フンや足跡、折れた草枝、噛み跡が残る木の実など、獣の痕跡を探す。普段狩りは獣達が現れやすい日没後に行われるのだが、ここ数週間は降誕祭に向けて狩りを禁じられていたために動物の警戒も薄くなっている。
通常では気配も消せない子供達の集団なんて獣と出会えるはずもないが、このタイミングだけは素人でも獲物を見つけ仕留めることができるわけだ。
「あ! スーニャ、さっそくフン見つけた! この近くにいるのかな?」
「おー! でかした。でもこれは乾燥しているし、何日か前のものだろうな。何箇所かに同じようにフンもあるみたいだし、もしかしたら通り道なのかもしれない。な、トーリ?」
「ああ。そうだと思う」
狩りに移り痕跡を探す。さっそく見つかったものの今すぐそばにいるわけでも無さそうだ。
「それでも近くにいる可能性もある。すぐに動こう」
普段は賑やかなトーリもこの時ばかりは口数が少なかった。ただ気持ちが急いているのか周囲の検証を程々に先に行こうとする。俺とカーナは慌てて追いかけた。
それから小一時間程度獲物を探したが獲物どころか痕跡すら全く見つからなかった。俺たちは流石に草臥れ、少しの休憩を取ることにした。
「案外見つからないもんだなぁ……」
「ね〜この辺りにはいないのかしら? 出だしは好調だったのにね〜」
なんてカーナと駄弁っていたのだが、トーリだけは焦れる気持ちが強いのだろう。すぐにでも出発しようとしている。
「二人ともそんなんじゃダメだ! もう時間も結構立ってるし他のやつらが何か捉えてるかも! 休憩してる暇なんてねーぞ!」
え〜、なんて言われ二人でぶー垂れる。ただ今日の日を誰よりも待ち侘び準備していたのもトーリだ。その気持ちも理解していた。
「なぁ、最初フンを見つけた場所まで戻ってみないか? もしかしたら何かに出くわすかもしれないし、いなくても何か痕跡があるかも」
トーリは更に奥へ進もうと言っていたが、これ以上は里から離れすぎる。手柄よりも安全が優先だ。俺の案にカーナも賛成したために、トーリも渋々元の道へと戻ることにした。
――結果的にはこの選択は大当たりであった。
元いた場所には小柄のボウがおり、木の実を食べている所だった。ボウは猪のような見た目をした獣であるが、見たところ子供だろうか? 少し小ぶりだ。俺たちは息を潜め、離れた位置から仕留める準備を進めた。
「じゃあ手筈通りね。私がまず魔法でボウを攻撃する。混乱している中でトーリが弓を射る。一撃で仕留められたらそれでよし。逃げても深追いしないこと。追って弱るまで走らせればいいんだから、もし向かってきたら全力で逃げること。いいわね?」
三人で確認し頷きあう。カーナとトーリの緊張が伝わってくる。
「ふー、よし、じゃあ始めるわよ」
深呼吸した後、カーナが詠唱を開始しトーリは弓を射る準備を始めた。俺は二人を見守りつつボウの様子が変わらないかと観察していた。
「――ファイアーボルトッ!」
カーナの魔法がボウの身体を包み込む。毛皮が炎に包まれ動揺したボウは周囲の警戒を解き、炎を消すために身体を地面に打ちつけていた。
続けてトーリが弓を射る。一矢目、外れた。続けて二矢目、普段ではあり得ない方向へ矢飛んでいく。慌てて三矢目を構える。
「トーリなにしてんのよ!?」
「わかってるよ! 今やってんだろ!」
ボウは周りから狙われていることを理解したのか、大声をあげだした。炎はまだ消えてないにしても、初めよりは小さくなりつつある。
「当たれっ!!」
トーリの弓が目標へ向けて向かっていき、今度こそボウの身体を射止めた。それも頭をだ。弓を射られたボウは雄叫びと共に地面に倒れ、その後しばらくして動きを止めた。俺たちはこの断面でようやく緊張を解く事ができた。
「トーリ〜、どうなる事かと思ったわよー!!」
「いや本当に……もうダメかと思ったぞ!」
「ホントごめんって! でも無事倒せてよかったじゃんな! 終了の合図も来てないから、俺たちが一番早かったんだろーしさ!」
先ほどまでの緊張はもう微塵もなく、興奮冷めやらないといった様子だ。無事に終わってよかったと思うと同時にどっと疲れが押し寄せた。ちょっと休憩してとっと帰ろう。
……ここからは完全に俺のミスだ。周囲の警戒は俺の役割であったし、狩りが終わっても気を抜くな、なんて事は子供の頃から教わっていた。それに複数箇所にフンがある意味もだ。――複数あるということは、一匹だけではないと言う可能性も考えるべきだった。だから、まさか真後ろにもう一匹、さらに悪いことに大型のブルがいるなんて、考えもしなかった。
いななきと共にブルが一番距離の近いカーナへと突進してくる。先ほど俺たちが仕留めたのはこのブルの子供だったのだろう。激昂している様子が見てとれた。トーリもカーナも咄嗟のことに反応出来ていない。
俺はすぐさまカーナの手を取り、トーリへと投げ飛ばした。同時に俺の身体に衝撃が伝わる。ブルはその勢いのまま一瞬で距離を詰め身体をぶつけてきたのだ。呼吸が出来ず、身体が消し飛んだんじゃないかという錯覚に陥る。俺は小石のように吹き飛び、近くの樹にぶつかる形で止まった。
二人は初めて遭遇する命の危険に凍り付いたように動けないでいた。霞んでいく視界と思考を手繰り寄せ、意識が切れないようにする。俺が何とかしなければならないと、震える足で何とか立ち上がる。
ブルもまずは俺が標的と決めたのか、再度突進する態勢をとっている。またぶつけられたら今度こそ死ぬかな? いやでもこれって異世界転生でいう才能が発露するタイミングじゃ? なんて、我が事ながら能天気なことを考えていた。……残念ながらそんな事が起きる気配は全くなかったが。
向かってくるブルを見て、出来る限りの抵抗はしてやろうと剣を構える。せめて追い返すくらいの働きはしなければ。
――しかし予想とは反して救いの手が差し伸べられる。
「スーニャ大丈夫!?」
聞き慣れた声が聞こえる。幻聴かとも思ったが、どうやら現実らしい。
「待っててね。今すぐアイツ何とかするから」
突如現れた彼女はボウへ向けて手を伸ばし、手のひらを握る。それだけであの大型のボウは生き絶えた。
「ああ! スーニャスーニャ! 本当に大丈夫!? 痛い!? 苦しい?! お姉ちゃんが最初からいればよかったんだけどちょっと遠征が遅れてね。それでも限界まで飛ばして来たんだけど! だから私1人だけ今帰ってきてるの!」
なんて口早に話す彼女を見て、その場違い感から笑みを禁じ得ない。しかし俺の意識を保つのももう限界だった。
「そもそもナロウは何してるのかな? 引率の役割なんにも果たしてないよね〜。スーニャにもしもの事があったらどうするつもりだったかな〜?」
『ホント殺しちゃうよ?』と光の無い目でナロウを詰問しているその女の子は、まごうことなきオレの義理の姉のリムだった。
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