偽りの海、まことの岸辺
※テーマの解釈、人物設定、構成をインプットに与えて、chatGPTに生成させた小説です。
潮の香りが、強い風に混じって鼻をついた。五月の陽射しは港の石畳を焼き、足元には細かな影が波のように揺れている。
少女は背を丸めて防波堤に座っていた。茶色いトランクが一つ、傍らに転がっている。革の取っ手が擦り切れ、旅の軽さを装った重みを物語っていた。
船が出るまで、あと二時間。切符は偽名で手配した。行き先は誰にも告げていない。
「ずいぶん若い逃亡者だな」
声がした方を見上げると、銀髪の紳士がいた。深くしわの刻まれた顔に、いたずらっぽい微笑が浮かんでいる。そのそばには車椅子の老婦人。毛布をかけた膝に、折りたたんだ手が乗っている。目は伏せられ、眠っているのかもしれなかった。
「そんな顔しない。警官じゃない。元、諜報員だ」
「……はあ」
少女は目をそらした。構うなと言いたいのに、口が動かなかった。老紳士は少女の横に、ゆっくりと腰を下ろす。彼の仕込み杖がコツンと石を打った。
「いや、昔の話さ。もうとっくに引退した。彼女と静かに余生を過ごしてる。ねえ、マルグリット?」
老婦人はかすかに微笑んだように見えたが、返事はなかった。
「彼女、わたしの妻なんだ。かつては腕の立つ諜報員だった。私とは仕事上のパートナーでね。ま、恋人のふりなんかもしょっちゅうしていたよ」
「ふり……ですか」
「そう。任務のための偽装。だがね、不思議なことに——」
紳士は海を見やった。
「——嘘も貫き通せば、真実と見分けがつかなくなるんだ」
少女は、まっすぐその横顔を見つめた。何も信じないつもりだったのに、その言葉には妙な説得力があった。
***
それから、少女は老紳士と過ごした。マルグリット夫人は、言葉少なく、それでも時折微笑んでは、遠くを見ていた。
少女は老紳士に、失くしたものの話をした。
「母の形見なんです。銀のペンダント。……今朝まであったのに、どこかで……」
「探そう。君が立ち寄った場所を教えて」
かくして、少女と老紳士は港町を歩き始めた。市場、切符売り場、海辺のカフェ。手がかりはなかなか見つからない。日差しが翳り、風が肌寒くなった頃、ようやくカフェの裏手で、ペンダントは見つかった。
ほっと息を吐いた瞬間だった。黒い影が背後から迫った。
無言のまま少女に襲いかかる男。老紳士がその前に立った。次の瞬間、仕込み杖が唸り、男の足を薙ぐ。倒れた刺客に、紳士は一言も発せず、冷たい目で立っていた。
少女は震えていた。
「……おじいさんを巻き込んでしまった。あれ、父の……」
少女は言いかけて口をつぐんだ。
「君の父親の刺客じゃないよ」
「え?」
「……あれは、私の過去を知る男だ。昔の因縁さ。まだ片付けきれてなかったようだ」
少女はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。
***
ペンダントを握りしめた帰り道、少女はぽつりと語った。
「……私の母は、病弱でした。父に助けられて、結婚した。でも、たぶん……愛はなかった。私は、望まれて生まれた子じゃなかったんだと思います」
老紳士は、立ち止まった。
「では、私とマルグリットは、どう見えた?」
「……仲の良い、ご夫婦です」
老紳士は、ゆっくりと頷いた。
「否定も肯定もしないよ。君にそう見えたのなら、きっと、それが正しいんだ」
***
船の汽笛が遠くで鳴った。少女が乗るはずだった船が、タラップを上げようとしていた。
「君は乗らないのかい?」
少女はかぶりを振った。
「……やめます。もう少し、自分の足で考えてみたくなりました」
老紳士に仕込み杖を返すとき、少女はその重みにぎょっとした。中に何が入っているのか。それを訊くことはできなかった。
ただ、老紳士は口元に指を当てて、「シーッ」と笑った。
少女は黙って微笑み返す。
老紳士はマルグリット夫人の車椅子を押して、夕暮れの港を歩き出した。遠ざかるその背に、どこか懐かしさを覚えた。
少女は、ペンダントを握りしめたまま、港に立ち尽くす。潮風が髪を揺らし、空の色が深まっていく。
その姿は、どこか物語の外に立っているようだった。