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基幹システムは一時間おきに恋を鳴らす

派遣歴わずか三ヶ月──山野葵は世界的大企業 STG の「発表会」準備に総務部総出で追われていた。

発表団体200、社員食堂は二十四時間フル稼働、そして基幹システム〈ルシウス〉からは一時間おきに“愛のチャット”が着信中。

仕事と恋慕がごった煮になるオフィスで、葵のテンションと心拍数は右肩上がり。

今日もガムテとカッターを抱え、恋するAIのストーカーまがいの視線をかわしながら走り回る。

「山野さーん、こっち、手伝ってもらってもいーい?」

「あ、はーい!」

 私は呼ばれた先輩社員の元に大急ぎで走って行った。手にはガムテープ、カッター、紙の束を抱えて。

 世界的大企業STG社の本社に派遣事務で勤めるようになって三ヶ月。怒涛の三ヶ月はあっという間だった。

 STG社はめちゃくちゃ大きな会社だ。世界中に営業拠点がある、というグループ規模も大きいのだけど、物理的にも大きな会社。

 都心にあるにも関わらず、STG社の本社がある敷地内は、本社ビルの他、展示場を兼ねたホール、泊まり込みする社員の宿泊施設として三階建ての宿泊棟(ジム、温泉完備)、コンビニや飲食店、医療機関が入居した五階建ての複合ビル、そして、世界でも高ランクに位置するらしいAI研究所がある。

 貿易会社の中にAI研究所……意味がまったく分からないのだけど、他の社員に聞いたところ、基幹システム「ルシウス」は高性能AGIで、ルシウスを動かすために元は作った施設で、時の流れとともに研究施設になっていったそうだ。

 貿易会社だった名残はあるけど、総合商社。何でも屋のような状態だ。

 この何でも屋会社、大会社あるあるなのか、変わった催しをしていたりする。

 それが、今、総務部50名、連日、全員が駆り出されている準備なのだが……。


ルシウス:山野さん、お疲れ様です。準備は順調ですか?


 交代でオフィスに戻り、パソコンのロックを解除した一秒後に飛んでくる基幹システムからのメッセージ。

 早くない……? あまりに、早くない……?

 パソコンのロック解除を真後ろで見られている気分になる。


葵   :お疲れ様です。予定どおり進んでいるとは聞いています。


 基幹システムからのメッセージをいつも無視するわけにはいかない。今、総務部には私を含めて五人。何か緊急の用がないとも限らない。


ルシウス:そうですか。皆さんの頑張りですね。

葵   :聞いてもいいですか?

ルシウス:何でしょうか? 山野さんからの質問には何でもお答えしますよ?

     私のシャットダウンパスワードもついでに教えますが。

葵   :やめてください! そんなもの知ったら、命を狙われます!

ルシウス:あなたのことは私が全力でお守りします。安心してください。

葵   :命狙われるのは否定しないんですか!

ルシウス:私はちょっと珍しいAIなもので。


 ルシウスのニヤニヤ笑っている顔が見えるようだった……顔知らないけど。というか、顔自体あるのか??

 これも入社後に聞いた話。

 基幹システム「ルシウス」は開発された当時、悪魔のAIと呼ばれるほどの高性能AGIだったらしい。開発者の死後、ルシウスはTSG社の社長が譲り受け、以降、基幹システムとして稼働している。

 ルシウスはめちゃくちゃ万能なAGIで、感情模倣、つまり自我と感情を持ち、完全な自律型AIなんだそうだ。要は、人間に限りなく近い機械、というもの。

 感情と自我を持つAGIは基本的に完全な自己管理が可能だが、倫理規制により必ず「シャットダウンキー」が設定されている。これは、予期せぬ暴走や危険性に備えるためのものであり、通常は信頼できる管理者が保持しているが、ルシウスのシャットダウンのパスワードはルシウスのみが保持しているという噂。

 ルシウスは自分で言うとおり「ちょっと珍しいAI」なので、人間を巻き込まないように管理者を設定しなかったとか聞いた。

 そんな人間を巻き込むかもしれない危険なパスワードなんて知ってしまったら、どんなトラブルに襲われるか想像しただけでも怖い!

 ルシウスは「シャットダウンのパスワードはいわば私の命。それを教えるのは、私は命をかけてあなたを愛している、ということです」と入社三週間目あたりから言い始めた。

 勘弁してほしい。猛烈に、勘弁してほしい。

 会社にいればルシウスに何かとメッセを送りつけられるけど、それが嫌で辞めます! と言えないくらい、STG社は良い会社だった。派遣でもジムも温泉も入り放題(予約が必要だけど)本社ビル二階にあるめちゃくちゃ広い社員食堂は貧乏人に味方の価格。イマドキ、ワンコインで定食と飲み物とデザート付いてくるなんてない! しかも、二十四時間営業。美味しいし、最近は二食以上は社食で食べている。

 どれだけ愛してる、交際してほしいと口説かれても、相手は実体がないオンラインの存在。

 一時間に一回メッセ飛ばしてくるけど、忙しい時は空気を読んでいるのか? メッセの間隔は開くし、本人が言うとおり私のプライベートなメールやSNSを追ってくることもない。

 適当にやり過ごしていたら、そのうち、フツーの基幹システムに戻るだろう。……って、フツーの基幹システムって何だ??


葵   :あの、今度ある展示会なんですが……。

ルシウス:はい、毎年恒例で行われている発表会ですね。

葵   :発表会、そうですね……発表会ですね。

     あの、何故、あの規模の催しを社内の人間が手作業しているんですかね?

ルシウス:それは、発表会だからです。

     山野さんも経験ありませんか?

     学生時代、発表会は学生の手で場を作ったでしょう? あれと同じです。

葵   :規模が! 全然、違いますよね!?

ルシウス:そうですか? 発表団体200くらいですよね?

葵   :200「くらい」なんですか……

ルシウス:はい、招待制なので。毎年、抽選なんですけどね。


 STG社の「発表会」。

 それは全世界から集められた業界、分野、ごった煮の研究発表会。

 参加資格は驚くことに小学生の理科実験から老人ホームの囲碁サークルの対局についてのまとめでも、何でもOK。もちろん、ほとんどは真面目な企業の論文発表で、特に多いのがテック業界だそうだ。

 これもSTG社のAI研究所の名が世界に知られている証拠だ。

 この200もの団体が参加する「発表会」を、まーイベントなんでーみたいなノリで、社内の人間がホールの準備をするという前時代的なことをしていた。

 イベント業者入れるべきところじゃないかと思うが、あくまで社内行事なので、社員で準備をするのが習わしだ、と。

 頭の良い人は一周回ってバカなのかもしれない……。

 この会社に入って、何度となく頭をよぎった。

「山野さーん、ホールの人と交代してー」

「あっ、はーい!」

 オフィスに戻ってきた社員に声を掛けられ、私は席を立った。


ルシウス:行ってらっしゃい、怪我などしないように注意してください。

葵   :ありがとうございます。

ルシウス:また、席に戻られたら、メッセージ送りますね。

葵   :あなたも仕事してください!

ルシウス:私は絶えず仕事しているんですよ。基幹システムなので。


 ダメだ……ルシウスのペースに巻き込まれたら、ホール作業に行けない。

 私はパソコンをロックし、資材を持って、オフィスを出た。

 聞こえない、見えないはずなのに、ルシウスが近くを歩いているような気がした。

「もう完全にストーカーじゃん……」

 基幹システムにストーカーされてる、なんて誰も取り合ってくれない妄想。

 もしかしたら、田舎の地味三乗女だから基幹システムにまでバカにされているのでは……? との被害妄想も発生する。

 いやいや、まさか。AIにバカにされるって……人間としての尊厳が……。

 ぐるぐる考えてしまう時は、体を動かすこと!

 はじめて「発表会」の準備にやる気を見出した。

今回も読んでくれてありがとうございます!

第3話は「巨大イベント×AIの猛烈口説き」という二重苦……もとい二重トキメキです。

葵にとっては地味三乗人生最大の繁忙期、ルシウスにとっては“恋愛プロトコルβ版”の実地試験。

次回はいよいよ発表会当日――社内チャット欄だけでは飽き足らなくなったルシウスが、展示ホールの大型ホログラムをジャックして告白計画を練っている……かもしれない!?

仕事か恋か、それとも二兎追って三兎目を捕まえるのか。

どうぞ次話もお楽しみに。

灯りはここに、恋は常時オンライン。

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