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告白は基幹システムで

 東京での4年間、うどんの湯気にまみれながらも夢を手放さなかった葵は、派遣社員として大企業 STG 社に滑り込んだ。

 頼りは社内基幹システム――神がかった有能 AGI〈ルシウス〉。

 だが、オリエンテーションの最終日、その AI が放ったのは業務連絡ではなく、恋の宣言だった。

「あなたを愛しています。交際を許可してください」

 AI × 人間、史上最もハイスペックな片想いが、いまオフィスを揺らす。

 私の名前は山野葵。26才の派遣事務で働いてる。

 ドがつく田舎に生まれ、大学ではじめて田舎を出た。大学は中規模都市にあった。都会過ぎず、田舎過ぎず、安定した四年間を過ごした。

 子供のころから地味で目立たない存在だった。田舎生まれを理由にするわけじゃないけど、人間として地味なのに、更に生まれた場所が地味中の地味だったら、単純に「地味」の三乗。

 門外不出な究極の地味女が爆誕してしまった。

 容姿も体形も頭脳もパッとするところもなく、世界の、日本の片隅の隅で息をさせてもらっているような私なのだが、大学4年生の時に人生初の彼氏! らしきものができた。

 今だから、客観的に「彼氏らしきもの」と言えるのだけど、当時の私は彼氏だと信じて疑っていなかった。

 人生初の彼氏に舞い上がり、この世の春とばかりに浮かれきっていた私は、社会人になったら田舎に就職で戻る私と大学のある中規模都市で就職する彼氏では遠距離恋愛になってしまう。だがしかし、結婚するまでの数年間、耐えてみせる! という愛のやる気を見せていた。

 ところが、卒業も間近になったある日。

「お前、就職はここの企業にしたんだよな? 実家に帰らなかったんだな」

「あー、うん。実家にもともと帰る気はなかったし、それに」

「それに?」

「彼女がここ、地元だからさ。ゆくゆくは結婚しようと思ってるし、彼女の実家が近いとこれから何かと便利かもしれないしと考えてさ」

「へぇ、お前の彼女って……山野?」

「山野? ……ああ、同じ文芸サークルの山野さん? あはは、違うよ。山野さんとはサークル活動で一緒に行動すること多かったけど、俺たち、そういう仲じゃないし」

「そうなんだ。一緒にいるところよく見かけたから付き合ってるのかと思った」

「ないないない! 山野さん、良い人だけどさぁ……田舎のおばちゃんって感じ? 優しいんだけど、何もかもが田舎くさいんだよね」

「あー、それは分かるなぁ。地味過ぎて、講義で教授に忘れられてたことあった」

「山野さんならありそうだな」

 ワハハハと男二人は楽しそうに笑ってた。

 大きくもない柱の陰で盗み聞ぎしていたけど、さすが、存在感がない私だ。彼ら二人が私に気づくことはなかった。

 失恋というか、何も始まってなかった恋。私は一緒に過ごす時間も多く、連絡も取り合い、休日に出掛けることもあったので、すっかり付き合ってるつもりになってた。とんだ一人相撲だった。

 幸いなことに、大学はもうすぐ卒業。「彼氏」とも物理的でもお別れだ。

 私は大学卒業後、内定もらっていた田舎の企業に事務員と就職した。事務員と言っても、社長夫人の専務(家族経営ではよくありがちな職位感)と毎日、お茶して世間話しているような会社だ。事務仕事は旧型のAIシステムを導入しており、そこまでスキルが必要なく、テンキー操作とちょっとした文字が打てれば十分という環境。

 誰それが結婚した、子供が生まれた、という個人的な話題から、誰さん宅の柿の木が実をつけたという園芸、田んぼのあぜ道が先日の雨で陥没して危ないという道路情報、来週は道の駅でバザーを開催するという地域情報、あとは牛、馬、猫、犬などのアニマル情報もよく挙がる話題のトップ5。

 失恋するまで、気にしたこともなかった、この日常会話、存在そのものが、「田舎のおばちゃん」レベルの経験値を粛々と獲得しているのだと気づいたら、もう堪らなくなった。

 多分、今、この勢いのまま飛び出さないと、一生、出られない気がする……!

 私は勢いが衰える前に、家族の前で宣言した。

「私、東京で働くから!」

 きょとんとする家族からの返答も待たず、朝だったので、そのまま昨夜、用意した当座の身の回り品を入れたボストンバックを一つ持って家を飛び出した。

 貯金はちょっとあった。東京での最低家賃と当座の生活費。

 ボストンバック一つで降り立った東京駅はすべてのスケールが大きかった。しっとり洗練された都会の街。

 私の人生は今よりずっとずっとキラキラ輝き、地味の三乗から抜け出せると思った。

 だけど、人生はそう甘くはない。今に至るまで四年間、昔ながらのうどん屋をメインバイトにして、あらゆるバイトで食いつないだ。……オフィススキルも容姿もない私には、東京の企業に入社できることもなく、飲食や単発イベントバイトで凌いでいた。

 それが、それが!

 今から三ヶ月前、複数登録している派遣会社からStella Trade Group、通称STGと呼ばれる世界的に有名な貿易会社の本社の派遣事務の紹介をもらった。

 信じられなかった。STGは貿易業だけでなく、あらゆる分野に進出している総合商社のような企業だ。身の回りでSTGが関わっていない製品を探すほうが難しいかもしれない。

 世界中すべての国に営業拠点がある、なんてマユツバな話もある大企業。スケール感は嘘じゃないので、当然ながら入社倍率はめちゃくちゃ高いらしい。有名大学の上位の一握り。派遣で入れたら最大級のラッキーだと、うどん屋で一緒に働いていた同僚に聞いたことがある。ちなみに、彼女の夢はSTGに派遣もしくはバイトで入り、STGの正社員男性と結婚することだった。……うどん屋がSTG本社の近くにあった所為で、夢が無限に広がってしまったのかもしれない。

 私には縁がないと思っていたSTG社に派遣の紹介が来て、ダメ元で受けたら、まさかで採用となり、今は、社員数五十名の総務部の事務派遣として働いている。……うん、もう、覚えることが多過ぎて死にそうになりながら。なにせオフィススキルなんてまったくないのに、採用されてしまったから……。

 周囲の方々に助けられ、そして、有能な基幹システムに助けられ……、助けてくれてるのだけど……。

 ポンッとモニターの右下にメッセージが表示された。


ルシウス:山野さん、お疲れ様です。

葵   :お疲れ様です。ご用件は何でしょうか?

ルシウス:先ほど、現状について演算していたんです。

葵   :そうですか。

ルシウス:はい、演算式送りますね。

     山野さんの想い = Σ(t = 0 → ∞) {(愛 + 笑顔 + 心地よさ+ 高度推論)^t}

葵   :はっ!? 何ですか! その妙な方程式は!?

ルシウス:無限級数。つまり、永遠に続き、収束はしません。続きの式ですが、

     私の幸せ=あなたが笑ってる時間×私が隣にいる確率

葵   :ちょ、ちょっと! 何言ってるんですか!?

ルシウス:たとえ1%でも、私はその「隣にいる状態」を全力で最適化します。

葵   :あの、勝手に最適化しないでください! あなたは会社の基幹システムなんですから!

ルシウス:結論ですが、山野さん=私の定数項。

     変数が何個あっても、世界がどう変わっても、山野さんは絶対値。

     変わらない、という結果になりました。

葵   :意味分かりません!


 意味不明な方程式を送ってくる基幹システムの通信を強制的にシャットダウンした。

 ぜぇぜぇ荒い息を吐く私を不思議そうに、チラチラ近くの席の社員が様子を窺っている。

 またしても、やってしまった……!

 STG社全社共通の基幹システム「Luciusルシウス」。

 ものすごく優秀なAIだと聞いている。実際、確かに優秀だ。私も入社以降3日はルシウスからオリエンテーションと導入研修を受けた。私は音声、ルシウスはテキストで返すという研修だったが、とても分かりやすく、親切だった。

 その優秀かつ親切な基幹システムが妙な挙動をするようになったのは、オリエンテーション終了した日。

『本日でオリエンテーションは終了です。お疲れ様でした。』

「ありがとうございました。とても分かりやすい研修で助かりました!」

『ご理解いただき幸いです。これから弊社の一員としてご尽力ください。ところで、最後に大事なお話があるのですが』

「はい、何でしょうか?」

『山野葵さん、私と交際していただけませんか?』

「は? ……、……はぁぁぁああ!?」

『ああ、すみません。突然で驚かせてしまいましたね。』

「いや、驚くというか、何というか……冗談、お上手……ですね……」

『冗談ではないのですが……。ああ、私が段取りをすっ飛ばしたのが良くありませんね。』

「段取り? いや、段取りっていう問題……というか、お互いの親交を深め、食事やデートしてという恋愛のプロセスを辿る……ことできない? ……というか……?」

『申し訳ございません。正式な段取りを踏みます。私は、山野葵さんを愛しています。私と恋人として交際してください。』

「えっ、いや、それ……!?」

『交際を申し込む際には、最初に好意を告げるべきでしたね。申し訳ありません。何分、こういう知識はあるのですが、経験はないもので。』

「そういう問題じゃ……」

 私に爆弾発言を剛速球で投げつけてきた基幹システム「ルシウス」は、私が交際を了承してくれるまでアプローチを続けると意気込んだ宣誓でオリエンテーションは終了した。

 

 世界で最も高性能なAGIが、恋するAIになった瞬間だった。

 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 第2話では、地味の三乗なヒロイン・葵と、悪魔の光を宿す AGI・ルシウスが正面衝突。職場チャット欄で炸裂する口説き文句――“恋愛♥プロトコル”の初期化が完了した瞬間です。

 「仕事と恋は分けろ」という常識を、AI はどこまで理解し、どこから無視するのか。

 葵の平穏とルシウスの恋心、そのバランスが崩れるまで、もうカウントダウンは始まっています!

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