2 惑星ミドガルード
果てしなく広がる砂の海。灼熱の太陽が容赦なく大地を焼き、風に乗った細かな砂粒がザラザラと肌を撫でる。先程までいた森の中の小屋とは真逆の、生命の気配すら希薄な砂漠の中でぽつりと倒れている人影。
俺だ。
そこに馬車を引いた男が来た。
「クゥラ マシェス トルリー アバンス カトラール」
馬車の主は側仕えなのか定かではない少年に、俺を馬車に乗せるよう命じたらしい。
そうして俺は気がついた。体に異常はないが、やたら体中がザラザラしている。
「あ、お兄さん。起きたんですね」
「え? あぁ」
なぜ俺は砂漠にいるのだろう?
その後、軽いパニックに陥るが、厳しい気温、太陽光によってヒリヒリと痛む皮膚、喉の渇き…これらがパニックになった思考を逆に鮮明にさせる。
人間は極限状態に追い込まれると思考が鮮明になるというが、本当だったんだな。今、それを実感している。
ふと頭に浮かんだ「砂山の砂に腹這い」という句。こんな状況で啄木の言葉が浮かぶとは思わなかった。文学史が好きすぎるのかもしれない。
馬車の後ろの隙間から、どこまでも続く壮大な砂漠と真っ青な雲ひとつない空を見つめる。
「あんちゃん。気がついたのかい?」
「あぁ、ここは一体?」
「あんちゃん記憶がないのかい?」
「みたいだ」
そう言っておいた方が情報を得られるかもしれない。
「ここは、カルキシス大陸の東部から北部にかけて広がるカルモンド大砂漠さ」
「あんた、大蠍に食われそうになってたし、大刺主にも狙われてたんだぜ?」
(……な客…っ……な)
何だこれ? ノイズが入ったようで聞こえない。
頭の中で何かが聞こえる。何だこれは。
「あの? 大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「あんちゃん。あんた名前は?」
「悠星」
「ユウセイか。ここらじゃ聞かん名だけど、影の都の方にいる牧畜民族には変わった名前がいたっけな。カルマだとかタラーナだとか」
日本人ではなさそうだな。
「おっと、俺たちは名乗ってなかったな。俺はミトン・バスハイマー。ミトン商会という商会の会長をしている」
「で、こっちのチビスケが俺の甥でこの商会を引き継ぐ予定のデグン・バスティアーだ」
「よろしくお願いします」
「とりあえず最寄りの町まで乗せていくよ。二人も三人も大して変わりゃしないからな」
それからミトンさんはいろんな話をしてくれた。昔は探検家をしていて遺跡に入り込み魔物を倒した話などだ。
例えば「昔な、ディシア地方の古代遺跡に潜った時のことだ」ミトンさんは昔を懐かしむような目で語り始めた。
「入り口には"死者の守護者"という石像が並んでいてな、夜になると動き出すんだ。俺たちは昼のうちに宝物を持ち出そうとしたが、時間切れで…」
彼は腕の古い傷跡を撫でながら、「なんとか脱出したが、仲間を一人失った。遺跡の宝物には必ず守護者がいると学んだよ」やら「若い頃は無謀だったな」ミトンさんは笑った。
「魔法の試練塔に挑んだこともあるよ。各階に異なる属性の試練があってな、私は火の試練まで進んだが…」
彼は急に声をひそめ、左手の手袋を少し引き上げた。
そこには焼けただれたような古い傷痕が。
「魔法が使えない私には限界があった。でも見聞きしたことが商売に役立っている」
この世界での限界を知ることも大切なのだと、俺は心に刻んだ。
俺は半信半疑で聞いていたが、この世界では石像が動くことも珍しくないらしい。現実味のない話ばかりで、俺はきょとんとしてしまった。
その後も武勇伝やらなにやらを聞いた。
話を聞けば聞くほど、ここが俺の知る日本ではなく、まったく別の星—別の世界なのだという現実が重く胸に沈んでいった。
特に印象に残ったのは、商隊が大蠍と呼ばれる魔物に襲われた時のことだ。ミトンさん曰く、デカくて毒があるけどそれだけだそうだ。「毒があるだけでだいぶ違うんじゃない?」と心の中でツッコミを入れながらも、この世界の常識が違うことを痛感した。
護衛についていた探検家がすぐに大蠍を仕留めたのが印象的だった。曰く、ここらへんでも食物連鎖の下層から中層前半らしい。こんな大きなものでさえ序盤から中盤なのかと戦慄した。
その大蠍は食用になるらしく、夜の食事となった。
夕食前に探検家たちと挨拶を交わした。
「はじめまして。ユウセイといいます」
「はじめまして。俺はこの探検団『旅の願い』のリーダー、クラウンだ。こちらがニーナ、アルン、ポルカだ」
「魔法使いのニーナよ。よろしく」彼女は軽く指先を翻すと、小さな火花が宙に舞った。
その火花を掌の上でもて遊び、握りつぶした。
「僕は斥候のアルン。ユウセイ君とはほとんど一緒に戦うことはないと思うけど、罠の解除から敵の追跡までできるよ」そう言いながら腰にかけている小袋から針金を取り出しながらもう片方の手で短い芦毛の髪を小っ恥ずかしそうにかきむしった。
「俺はポルカ。武器を使った接近戦が得意だ」そういった彼は他の二人のように見せつけるように力や道具を出したりはせずに、一瞬自身の背中にある重厚な大剣を意識したように横をちらっと見てすぐに視線をこちらに戻した。
挨拶を終え、料理が運ばれてきた。大蠍の串焼き。大胆に大蠍の肉がぶつ切りにされ、金属の串に刺して焼いてある。切られた繊維の隙間からとろりと肉汁が漏れている。
これは白身魚、これは白身魚!
覚悟を決めて口に入れた。口の中に突如現れた海老の味。もわんと香る臭み。自然に生きていたものだから臭みが出るのは仕方がない。日本の寿司の海老と比べると見劣りするが、これはこれで好きな人がいそうだ。下処理をちゃんとすれば結構化けるかもしれない。
一人暮らしで自炊していたから、最低限人間が食べられるものは作れると自負しているが、ほとんど男飯だからな。
夜飯のあと少しすると空はすぐ暗くなってきた。
夜空を見上げて少しだけ思い浸ることにした。
砂漠は昼も夜も過酷だ。昼は40度を超える暑さ、夜は0度近くまで冷え込むこともある。今日はあまり冷え込んでいないようだ。
砂嵐も起きていないため、一人で空を見つめる。そこには煌めく星空と、地球の月よりも1.5倍ほど大きな衛星。ルミナスの涙という名だ。
ルミナスの涙はこの星系の恒星の黄金の光を反射し、月光として黄金の輝きを地に落としている。
俺は決意する。地球に帰る。この星で生き抜き、いつか、いつの日か地球に帰れるようになるまで生きる。その日が来たらもう一度サークルの仲間や家族と再会するんだ。
そう決意して、ルミナスの涙に向かって握った拳を突き出した。それがこれからの大陸一周の旅の第一歩だった。
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