真の支配者
毎年毎年、領主は俺達が作った麦の三分の二を年貢として持って行く。
領主は毎日うまいものくって遊んで暮らしているっていうのに、俺達は一日中働いて、ようやく雑穀の雑炊一杯にありつける。
でも、俺達の多くは今まで、それがどんなにおかしなことなのか、誰も気がつかなかった。それは、世の中全体を見渡せるような広い視野の人間がいなかったからだ。生まれたときから続いている、当たり前の慣習が矛盾していることには、大抵の人間は気がつけない。
だが、俺はある時、その矛盾に気がついてしまった。何のことはない、領主と結託している司祭の説教に全てが語られていたのだ。
すなわち「人は神の前に平等である」だ。
人は神が作った。あまねく神の子だ。だから、人は自分の父である神にひれ伏さねばならない。だから、神の家である教会に布施をしなさい。とその司祭はそういうつもりでいったのだが。
だが、人があまねく神の子であるなら、あまねく同じ生活ができなくてはならないではないか。少なくとも、身分があること自体おかしいのだ!
俺はその考えを、多くの村人達と共有した。そして、密かに領主を倒す計画を練っていたのだ。
武器を作った。俺達の村には製鉄工がいたから、農具などを槍や弓矢や刀に変えることはそれほど難しいことではなかった。
闘いに負けて村に流れ着いた騎士から、戦の仕方や、逆に領主配下の騎士達の弱点を学んだ。
そして、その時がやってきた。俺達は夜半に村を出ると、領主の館を襲った。
警備の騎士達はそれなりの腕を持った奴らだったが、多勢に無勢、最後は倒れた。
俺達は、館の奥にいるはずの、領主の所を目指した。不思議なのは、俺達が攻め込んでいるのに、領主が闘いの場に姿を見せなかったことだ。
普段は威張っているが、相当臆病なやつなのだな、と俺は鼻で笑った。
俺は、最後の扉を開けた。
そこで、俺は不思議な光景を見た。
外で激しい戦闘が行われているのに、領主は祭壇に向かってひれ伏して、何事かをぶつぶつ呟いているのだ。
俺は、祭壇を見た。
そこには、恐ろしい姿をした神の偶像があった。それは、神の教えを守らぬもの、逆らうものを罰するときの神の姿だった。
その偶像が、喋ったのだった。
「領主よ。お前が今の地位におれるのは、誰のおかげだと思う?」
「そ、それはもちろん、主よ、あなたのおかげです」
「それにしては、今年は食べ物が少ないではないか?」
「ひっ、今年はその、不作でして農作物があまりとれなかったのでございます」
「だまらっしゃい! いいわけとは見苦しいぞよ。とにかく、今日中にあと羊二頭分の肉と、桶一杯分のパンを持ってこぬ時は、必ず死後地獄へ堕ちる運命を免れぬぞ!」
「お許しを……。農民達もこのところの高い税金で参っております。これ以上食糧をかき集めますと彼らも立ちゆかなくなる……」
「では、地獄へ堕ちるか?」
「い、いいえ! すぐにでも食べ物の手配をいたします。お、お待ちください」
俺は、今の会話で、祭壇にいるのが神などではないことが分かった。
「領主殿」
俺達はその部屋に駆け込んで、領主を囲んだ。
「な、なんだ。お主らは?」
「領主殿、あの祭壇にいる化け物は何です?」
「な、化け物とは何だ。あれは畏れ多くも上帝の地上におけるお姿……」
「お前達、余を化け物とな? お前達全員地獄行きにするぞ!」
化け物が、俺に向かって下卑た声で言った。
「黙れ!」
俺は、神の姿をした化け物に向かって槍を投げた。
あの闘いからもう一年が経とうとしている。領主も、騎士も、農民も皆自分たち本来の仕事をこなし、その仕事に見合った分だけの食べ物を得ている。
領主は、あの化け物について伝わっていることを話してくれた。
百年前の領主の時代、光る大きな皿のようなものが、館の庭に降りたのだそうだ。
領主がが驚いて周りを騎士に囲ませると、皿の一部が割れて中からあれが現れたのだそうだ。あれは、教会に伝わる神の姿そのものだった。
それは言った。
「余は神である。余を奉れば、お前の地位は子々孫々まで安泰であろう。だが、余をないがしろにすれば、末代まで地獄へ堕ちる運命を免れぬぞえ!」
信心深かったその領主は、そいつの言うことを信じた。
それから百年余、そいつを養うために農民は重税に苦しんだということだ。
何のことはない、領主もまた犠牲者だった。彼は、化け物が生きていたときよりもずっといいものを食べている、と言った。
しかし、だとすれば他の国々の支配者の館にも、あの化け物が巣くっているのかも知れない。
俺は、長い闘いになりそうだと、気を引き締めた。




