ドッペルゲンガー
これは平成末期、S県某所にて起きた出来事。
これは平成末期、S県某所にて起きた出来事。
Aさんは派遣社員で、その日も定時に仕事を終えて帰路に着いたと言う。
秋の寒空の下歩きながらその日も1日あった出来事を思い返す。
派遣先で働いてその1日の業務内容を派遣元の嫌いな上司に業務連絡。
上司は「指示された事以上の事もサービスでやれ」だの「残業はご褒美」だのと壊れたラジオのように精神論を捲し立てて、仕事と関係の有る事無い事を好き放題に言ったあと「お前にはやる気がない」と言って上司の一方的な「会話」と言う名のハラスメントが終わり、ようやく退社。
特に何も変わった事も無く、面白みも無い予定調和みたいな1日だった。
正直なところ帰宅する直前の業務連絡の時間は反吐が出る程嫌いだが、派遣元の事務所で一日中ハラスメントに晒されてた頃と比べれば、派遣先にいた方が安全で人並みの扱いは受けられるため、あの時間を除けば破格の待遇なのだろうな。
などと、どうでもいい事を考えながら歩いていたら下宿先のボロアパートにたどり着く。
玄関で靴を脱ぎ、1分で部屋着に着替えると冷蔵庫を開けて中から飲み物を取り出す。
動画でも見て落ち着こうと思って懐からスマートフォンを取り出してみると留守番電話が一つ入っていた。
差出人はAさん自身、再生時間は15分くらい。
自分から掛かってきた奇妙な電話を再生してみると終始無言で外を歩く足音と息遣いだけが聞こえて来た。
乾いたアスファルトを踏む音、神社を横切る時の枯れ葉を踏み締める音、鉄道の近くにある陸橋を踏み進む金属音。
足音は淡々と真っ直ぐにAさんの歩いて来た道を辿り現在地に近づいている。
再生時間が残り5分になったところでAさんは留守番電話を切ると部屋の明かりを消して、毛布に包まり息を殺した。
数分後に下宿先のボロアパートの玄関を一軒ずつチャイムを押して扉をノックして回る音が聞こえて来る。
勿論その日にAさんの下宿に宅配便の発送予定は無いので来訪者も来るはずがない、目を瞑り歯を食いしばり音が鳴り止むまで暫く待った。
やっと音が鳴り止んでAさんは深呼吸し布団の中から這い出すと部屋の明かりに手を伸ばそうとした時、玄関の近くで「ここにも居ないか」という声が聞こえて来たと言う。
次の日、通勤前に玄関に何か細工がされていないかと確認してみたが特にそれと言った痕跡は無く夕方に無言の着信履歴が入ったのもその日だけだったがAさんはその後暫くは休日に日が暮れてから外を出歩く事を避けたそうだ。