ラーメン 一杯目
「豚骨くん」
営業から戻ってきた豚骨に声を掛けてきたのは鶏白湯だ。
「おう、鶏白湯どうした。今日は上がりか?」
鶏白湯は独特の濃いめのメイクで背の高い豚骨を見上げる。
「なんでもないよ。」
鶏白湯は隙あれば豚骨にからむ。同僚から冷たい視線を浴びせられても気にもとめない。
「それより、今日はもう帰るんだ?」
鶏白湯が豚骨のスーツの袖をつまむ。
「引っ張るな。今日は用事があってな。また相手してやるから一人で帰れ。」
豚骨は腕を払うと、自席に戻りメールのチェックを始める。
その後ろ姿を見つめる鶏白湯
回りの社員は見て見ぬ振りをする。
「あんた、いい加減にしなさいよ。豚骨が嫌がってんじゃない!」
鶏白湯に注意したのは塩だ。
「あんたに関係ないでしょ。豚骨くんは私のなんだもん。」
「ダレがあんたのよ。空気読みなよ!」
「あんたの言うことなんか知ーらない。」
鶏白湯が塩の注意を無視してドアから出て行く。
「ホントにあいつは・・・」
その姿を腰に手を当てて見送る塩だが気に入らないことは顔を見ればよく分かる。
「どうしたの?そんな顔してると嫌われるよ?」
むくれ面の塩に声を掛けたのは醤油だ。
「あ、醤油。ホントに鶏白湯ってムカつくよね。」
「そんなこと言わないのよ。鶏ちゃんも良い子なんだよ。」
「どこがさ?!」
「そうねぇ、猫飼ってるのよ。」
「猫飼ってりゃいい人っておかしいだろ?!」
「そうかもねww」
「何やってんだそんなとこで。通れないだろ?」
豚骨が帰り支度を終えて退社するところだ。
「ねぇ豚骨、飲みに行かない?」
塩が豚骨をさそう。
「悪いな。今日は先約があってよ。じゃな。」
さっさと出て行く豚骨
「気になる?」
醤油が塩にささやく。
「何でもないわよ。私も行くから」
塩もさっさと身支度をして部屋を出て行く。
「あらあら」
醤油も自席に戻る。
「またかい?」
隣の席の味噌が醤油に声を掛けてくる。
「そうねぇ。いつものヤツね。」
「ふひひ、そうですか。お盛んですなぁ」
「味噌くん、なんかやらしいよ。」
「そうかい?ねぇ醤油さん、この後ご飯でもどう?」
「そういうことは、彼女のつけ麺さんとやってください。」
「つれないねぇ。彼女今日は忙しいんだよ。だからいいじゃない?」
「ダメですよ。もう少し節操を持って下さい。」
醤油はパタンとノートパソコンを閉じるとさっさと出て行ってしまった。
「味噌、振られたんか?」
声を掛けたのは冷麺醤油だ。
「まぁね。おまえ付き合えよ。飯。」
「俺は忙しいんだよ。お前みたいに暇じゃないの。」
「今日はもう帰るかなぁ、セクキャバでも寄ってくかなぁ」
「そういうことは、口に出さないの。」
通りかかって話を小耳に挟んだ冷麺ゴマが注意する。
「ゴマちゃん、付き合ってくれる?」
「味噌くんホントに節操ないねぇ。つけちゃんに振られても知らないよ?」
「いいんだもん。最近やらせてくれないし。」
「そういうことは女の子に言うもんじゃないよ!」
「味噌、そういうとこだぞ。」
冷麺醤油と冷麺ゴマはやれやれと言った感じで味噌を置いて帰っていった。
「どうせ俺だけ薬味は一味だよ!」
みその声がむなしく響くオフィスであった。
「待たせたか?」
「遅いよ。もう3時間は待ったよ!」
豚骨の問いかけに答えたのは幼馴染の長浜である。
場所は豚骨が勤める会社の近く居酒屋だ。
「嘘つけ。この店の営業時間外じゃねぇかよ。」
「ははは、バレた?」
調子よく笑う長浜。
店員がおしぼりとお通しを持ってくる。
「生一つお願い。」
「あ、僕も追加で生ね。」
「はーい!生2丁!」
『よろこんで!』
豚骨はおしぼりで手を拭いつつ
「で、相談って何だよ。」
「豚骨!早いよ!話はもう少し場が暖まってからだろ?」
「なんだよそれ?」
「はい!生2丁お待たせしました!」
豚骨はメニューに目を通しながら
「えーとね。枝豆と軟骨唐揚げ、それと・・・」
目で長浜を促す
「だし巻きタマゴとキュウリの浅漬けね。」
「枝豆、軟骨唐揚げ、だし巻きタマゴに浅漬けですね?他にご注文は?」
「また後で頼むよ」
「ありがとうございます。枝豆、軟骨唐揚げ、だし巻きタマゴにキュウリ浅漬け入りました!」
『よろこんで!』
「元気があるなぁここの店は」
「ああそうだな、じゃ、お疲れ」
「お疲れー」
二人はジョッキを互いにぶつけて乾杯する。
豚骨は勢いよく半分くらい飲み干す。
「はぁー美味い。やっぱり仕事終わりの一杯目は味が違うな。」
「二杯目だって美味いよ。」
長浜もぐいっとジョッキを傾ける。
枝豆とキュウリの浅漬けが運ばれてくる。
やはり火を通さないで済む小鉢は提供が早い。
枝豆をつまみながら生ビールを飲み干す。
「すみません。生ビールお代わり」
『よろこんでー!』
軟骨唐揚げとだし巻きタマゴとビールが届いたタイミングで豚骨がもう一度聞く。
「で、要件は何だ?」
「もうせっかちだなぁ。少し飲んでから」
「長浜、お前な・・・」
豚骨の顔が険しくなる。
「わかった、わかったよ・・・あと一杯飲んだら・・・な?」
豚骨が枝豆をかみつぶしながらビールをちびちびと飲んでる間に、他の全ての料理を平らげた長浜が生ビールのお代わりを注文してから言い出した。
「紹介して欲しいんだ。」
「なにをだよ?」
「だから・・・鶏白湯ちゃんを」
「はぁ?」
豚骨があからさまに呆れた顔をする。
「はぁ、いただきましたー!よろこんでー!」
長浜が適当なことを言って照れ隠しをする。
「おまえ・・・本気か?アレは地雷系だぞ」
「わかってるよ。でもカワイイじゃん!豚骨も本気じゃないんだろ?鶏ちゃんのこと」
豚骨も言葉に詰まる
「ま、まぁたまに相手にしてやってるだけだけどな」
「塩ちゃんとも遊んでるんだろ?」
豚骨がぎくっとなる
「何で知ってる?」
「情報ソースは明かせませーん。なぁ良いだろ?」
「俺が良くても鶏白湯がどう言うかは分からんぞ?」
「そこは僕がバシッとね。」
長浜がバシッと手を打つ
「お前なぁ、俺が言うと嫌味に聞こえるが、アイツは面食いだぞ?」
「うぅ、そりゃ豚骨先生はお顔もスタイルもよろしくて羨ましいですよ。」
「当たり前だ。ちゃんと俺は努力してるんだ。お前みたいに食べたいものを好きなだけ食べて、辛い運動もしないでいるほうが楽に決まってる!俺は身体を維持するために暴飲暴食は控えて、毎日運動してるんだよ。」
「そう言えば豚骨、子供の頃僕より太ってたもんな。」
「そうだよ俺は中学生の時に好きな女ができて目覚めたんだ。元々太りやすい体質だからそりゃキツかったさ。だから俺はお前に言いたい。目当ての女を落としたかったらまずは痩せろ!そして男を磨け!話はそれからだ。」
「うぅ、そこをなんとか・・・」
「ダメだ。鶏白湯を俺から取りたいならそれなりに準備してから挑んでこい!」
「なんだよ、豚骨はどうせ遊びなんだろ?」
「バカか?お前は?遊びこそ本気でやらないでどうする?」
「塩ちゃんとは?」
「もちろん本気の遊びだ!」
長浜は思った。
この男、なんか良いこと言ってそうで、最低なこと言ってると。