─釣瓶落とし─
ーー夜業済んだか、釣瓶落とそか、ギィギィ。
街中でふ、とその声を聞いた。
ーー夜業済んだか、釣瓶落とそか、ギィギィ。
それはこの世ならざるものの声。
祖父曰く。
釣瓶落としってのは、木になる陰火よ。
山岡元隣なんかは、雨の日(水)に木より降りて(木)くる火(火)、ということで、水-木-火の相生をなすことから大木の精だと言ってるが、それは昔の話よ。
今は大木よりでっけぇのがわんさか建っていやがる。
そして陰火の元も変わるのさ。
それは釣瓶落としか鶴瓶火か。
元は同じという説もある。
しかしこれは、木などではない。
ビルだ。
ビルに釣瓶落としなんて聞いたことがない。
本能は警鐘をならしている。
見てはいけない。
しかし体が勝手に上を向く。
そして、目があった。
間も無く聞こえる激しい衝突音。
それは、ビルから飛び降りた人だった。
ーー夜業済んだか、釣瓶落とそか、ギィギィ。
また声が聞こえる。
あたりは騒がしい。
当然だ。自殺者が出たのだから。
しかし僕は別のものに釘付けになる。
自殺者から剥がれた幽体は、ビルに吸い込まれ、ビルの上へと登っていく。
ーー夜業済んだか、釣瓶落とそか、ギィギィ。
一体何人の人が落とされたのか。
都会の釣瓶落としは、人の命を喰らう。
そして、新たな釣瓶落としが生まれるの。