⑧ 睨み合い
「申し訳ございません。 すべて私の失態です」
口の周りにベッタリとくっ付いている血糊を手の甲で拭いながら話す女の子は、低めの落ち着いた声で……“ついさっき男に襲われた”女性が出す様な声ではない。
この子、可愛らしくメイクはしているが……今、電話で話しながらチラリとこちらを見た表情は……り、凛々しい! 真央あたりが口にしている“オス顔”とはこういう感じなのだろう……
“ドスの効いた声”からずっと叱責されていた電話を切った彼女はほんの一瞬、顔を曇らせたが笑顔を作って私に語り掛けた。
「先程は助けていただきありがとうございました。私の叔父があなたに是非お礼を申し上げたいと、迎えをこちらへ寄こしました。」
気が付くと、黒スーツのいかつい男達数名が物凄い勢いでこちらへ向かって走って来る。
ガシッ!と私の肘を抱き込んで体を密着させて来た女の子のワンピースの下の腕は硬く逞しかった。
「あなたも何か目的があって彼に近付いたのですね。黒ずくめの服の下に、色んな物を仕込んでらっしゃる様ですから。どうやら私達は……お互いがお互いの邪魔をして、“目的の彼”をみすみす逃がしてしまった。これはマズい事です。必ず挽回しなければなりません。
でもそれとは別に、さっき、私はとても嬉しかった。こんなにも純粋に守られた事は、生まれてこの方無かったから……だから私は!今から何が起こっても自分の身よりあなたの事をお守りします。これだけは信じて下さい。誠に申し訳ないけれど、私達と同行していただきます」
こうして私は……いわゆる“黒塗りの高級車”に拉致された。
このワンピースの少女はわざと大河内に襲われようとしたらしい。でもヤツから殴られた時の血が彼女の顎のあたりまで流れている。
隣に座った私はそれが見るに堪えなくて、ウェットティッシュで拭こうとしたら少女はバツが悪そうに微笑んだ。
「ご心配なく。この血糊はフェイク。特殊効果ってやつです。少し私の話をしてもよろしいでしょうか」
“拉致”され、彼女の“叔父”の所へ向かう車の中で私は彼女の“過去バナ”を聞く事となった。
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私は中村悠と申します。極道の生まれで……父は的屋に端を発した小さな組の三代目でしたが……ありもしない『報復』という因縁を付けられ、ある上位組織からいきなりカチコミされました。
元々数えるほどの構成員の組です。
寝込みを襲われ、男は全滅!! 女は当時中学生だった私一人で……ヤツらの“慰み者”にされている最中に辛くも逃げ出しました。
報復は叔父の力を借りはしましたが……ヤツらと通じていた“マッポ”は私の“女”を使い、チンピラ共はチャカなぞ使わずこの四肢とヤッパのみでやり遂げました。
人を何人も殺めてしまい、本来、生きていてはいけない私は……受けた恩に報いる為、こうして生き恥を晒しています。
誠に僭越ですが、そんな私の目を通してあなたの“思惑”となさんとする“行動”を覗いてみると……あなたは間違っているが間違ってはいない。その行為は愚かしいが必然に思えます。
こんな事になる前でしたら、私はきっとあなたをお止めしたと思います。
でも、賽は投げられてしまった。
叔父は父の『中村富太郎』と言う名を継ぎ、今では『金町経済経営塾』と言う団体の塾頭をしております。
叔父はどういう人物なのか?……ニュアンスで申し上げますと、叔父に目を付けられた企業、団体、個人は、ただでは済まないという事です……私もそれに該当します。そして恐らくあなたも……
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部屋のつくりから調度品に至るまで“威圧感”が溢れるこの“空間”の奥から、恰幅が良く、いかにも押しの強い顔の男がゆっくりとやって来て深々と頭を下げた。
「不肖の姪がご迷惑をお掛けいたしました」
頭は下げているのに、言葉がとてつもない重量で私の上に降りかかって来る。
「いえ、私は無我夢中で……」
「そうですな、その無我夢中で、私の商売は迷惑を被った」
顔を上げた男の眼光はギラリとしたが、私には『忌むべきオスの目』としか映らなかった。
「では、相見互いですね」
「そうはいかん」
男は枯れた笑いで顎をしゃくって悠さんを呼び付け、いきなり手に持った杖で悠さんを打ち据えた。
「このガキャ! ほたえるだけほたえよって!カタギに手ぇ出させるとはどういう料簡や!!」
打ち据えられ続けても微動だにしない悠さんのワンピースの肩口が裂け肌の色が垣間見えた時、私の我慢はプツン!と切れて、携帯警棒を振り出して男に飛び掛かった。
ところが振り下ろした警棒は青いワンピースの右腕でガツン!と受け止められ、私の右の手のひらにその振動が響いた。
「姐さん! 引いてください! お願いします!」
その言葉に、男は杖先を悠さんの喉元に突きつける。
「悠!どないな料簡や!」
「オジギの仰せの通りこの方は私を助けてくれました。その恩義がございます!」
「お前が全部ケツ拭く言うんか?!」
「はい!」
「せたら、あの『ザアカイ』のメスと三人で姦しくやるんやな! 6月29日の1週間前、22日までにはケリ付けろ!!」
「去ね!」と手で私達を追い払う男に、私はまた唾を飛ばした。
「女を馬鹿にするのもたいがいにしろ!! キサマだって女の身から生まれ慈しまれたクセに!!」
私の言葉に男は座り掛けた大仰な机を拳でゴン!と叩いた。
「ワレ!名前は?」
「且尾柾子よ!」
そう言い返すと男は初めて愉快そうに笑った。
「名は体を表してとるやないか」
食って掛かろうとする私の口を塞ぐようにしながら、悠さんは私を部屋の外へ引っ張り出した。
。。。。。。。。。
イラストです。
まずは“悠さん”
そして“あーちゃん”(今回は出演無しですが)
またまた時間切れ(T_T)
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