④ エトランゼ
茜の身にとんでもない事が振りかかった!!
遅くに帰って来た茜は……まるで、車に撥ねられた後も無慈悲にアスファルトに転がされている子猫の“成れの果て”の様で……
その姿に
私は叫び、狂い泣いた。
本来なら警察に駆け込むべきだろう。
しかし、彼女には“駆け込めない何らかの事情”があるのは、その行動から明らかだった。
とにかく病院には行けないものかと私は考える。
お金なんて、私がどうとでもする。
出涸らし三十路女でも我が身を守るくらいの貯えはある。
そう、私は、この子の“痛み”を、我が身に起こった事の様に感じてしまっている。
いったい、なぜかは分からない。
そんな事は問題ではない。
今は、ただただ涙が止まらないんだ!!
とにかく彼女をボロボロになった制服ごと抱きしめてバスルームへ導く。
「あなたの着替えを出したいから リュックを開ける事を許してね」
そう断って、一旦その場を離れ、廊下に出る。
廊下で、バスルームのドアを閉じる音を聞き届けてから、私は脱ぎ置かれた可哀想な洋服たちを引き取りに行った。
その酷い有様にまた嗚咽が洩れそうになる。
我慢しなきゃ!!
あのコは泣いていないのに……
ブレザーとスカートは修理に出せば何とかなるかもしれないが、もう、新しいものを買ってあげたかった。
学生証か何か……学校名が分かるものがあれば制服だってどうにかなるだろう
心の中に持ち上がってしまったその“魂胆”に抗えきれず、私はそっとリュックの中身を確かめた。
--------------------------------------------------------------------
探している物はポケットの中には無く……
着替えのスウェットと下着を出したリュックの更に奥底に
一万円札の束と共に置かれていた。
それは学生証では無く
全く別の物だった……
“在留カード”??
ほんの一瞬の事だったから
見間違えと思っていた。
さっき、
インターホンが鳴って
急いで開けたドアの前に立っていた茜…
傷だらけで、左瞼が腫れ上がっていた彼女……
その右目の……月食が解けて再び満月がその姿を現す時の様にカラコンのずれた瞳に、私は隠されたヘーゼルの色を見た。
中に入った時には黒い瞳だったのは……“黒コン”のずれに気が付いて直したのだろう。
あの子は……
異邦人だったんだ!!
カードにはカノジョのパーソナルインフォが記されていた。
。。。
<氏名 MATHILDE BAZIN>
<生年月日 20…>
えっ??!!
じゃあ……14歳?!!
<家族滞在>
<就労不可>
茜の本名は……
横文字だった。
いったいどういう経緯で
カノジョはこうして独りで居るのだろう。
カノジョの話し言葉は
間違いなく生粋の日本人なのに
私は在留カードと
一万円札の束を
そっと
元に戻した。
涙が溢れて
ハラハラと落ちる。
この札束を
“幼い”彼女が手にするのに
いったいどれほどの
犠牲を強いられたのか……
彼女の着替えを
ギューッと抱きしめて
バスルームへ向かう。
ガシャン!!
シャワーヘッドが床に落ちる音がして
嗚咽が聞こえる
『どうしよう……
これじゃ……
かせげない……』
その呻きに、
私は堪らずドアを開けてしまう。
瀕死の“子猫”は
最後の力を振り絞って
その幼いカラダを飛び跳ねさせて
私に牙を剝く
私は至る所を凌辱されたこのコに必死に縋り付き
自分の内にある
愛という感情の全てをはたいて
宥め賺して
抱きしめた。
。。。。。。。。。
イラスト①
茜ことMathilde
左下に瞳の様子を描きました。
イラスト②
柾子さん