最終話 The Entertainer
イラストです。
真央ちゃん
今回は第三者視点です。
ラブホの出入り口にも関わらず真央とタクヤはべったりと長いキスを交わした。
「行っちゃうの?」
「大河内さんを待たせるわけにはいかねえだろ。お前のおかげで、ヤツらが吹っ掛けて来た1000万の実情が分かったからな。俄然、こっちが有利だ! モノさえ押さえてしまえばこっちのもの! お前!上手くやれよ」
「うん!ネンネの茜はワタシの事、信じ切ってるしチャンスはある。必ず1000万を取り返すよ! それを大河内さんに返せば私達、お金もらえるんだよね!!」
タクヤは胸に頬を摺り寄せて来る真央の耳をくすぐると真央は吐息を洩らす。
「成功したらまたセイコーしてやるよ!」
「何それ! でもお祝いにいっぱいしよ!」
『ホント!ちょろいヤツだぜ!』心の中で独り言ちながらタクヤは真央を引き剥がし背中を向ける。
そのタクヤの背中が見えなくなってから真央はスマホを取り出した。
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カウンターの上に置かれていた“茜”のスマホがメッセの着信を知らせた。
「真央から!! 今さっき、タクヤとラブホを出で……タクヤは大河内に会いに行ったって」
茜の言葉に柾子の顔色が変わる。
「真央がタクヤとラブホに居たってどういう事??!!」
「あ、真央は絶対裏切ったリしないよ!」
「そうじゃなくて!!!!」
「ああ……二人でホテルに泊まった事? そりゃする事はしたよ。絶対に」
「だから何で!!」柾子が涙を零しながら叫ぶので、周りも黙り込む。
「決まってるじゃん! 男はバカだからオンナが体を開くと……そのオンナを征服したって高を括るから。真央はそれが必要だと思ったから、この“力”を使った。すべては今日のミッションの成功の為」
「だからって!なんでアナタ達が!! ダメ!! もう絶対にしないで!!」
“仕掛け”の準備の音がする中、柾子の悲痛な涙声だけが響く。
ここは今日のミッションの“舞台”となる……可愛らしいケーキが売りのカフェ! 日頃は女性客でいっぱいになるのだが今は臨時休業の札が下がっていて、ママに扮したマルサの大橋海凪を筆頭に“スタッフ”や“客”は全て女性で、マルサか悠の関係者に入れ替わっている。
そんな中、本人役で出演しているのは、茜と悠、そして柾子の三人のみ。
茜と悠は暴行時に着ていた制服、ワンピースを着用している。これは柾子が繕った。
このようなお膳立てで、茜と悠が受けた暴行の映像(実際はフェイク動画だが)を柾子が代理人となって現金1000万で大河内に売りつけようという筋書きだ。
既に銀行の方からは“例の口座”から大河内の手で現金が引き出されたとの連絡が入っており、大河内に渡したお札のナンバーも銀行の協力で控えられている(1束に付き2枚ずつ)
マルサの面々から“腕は玄人はだし”と言われた大橋の淹れたコーヒーを片手に茜は予行練習でガラケーを操作して見せた。
「ホント!SDとか入れる場所ないんだね! ガザガサの画像もそれっぽい!。福さん凄い!」
福と言われたメガネっ子は今回の“SFXスーパーバイザー”だ。
“ぱっと見”はアニキャラみたいだが腕は立つ。
そして今回のディレクターである悠が壁時計に目をやりながら指示を出した。
「大河内は時間には正確なヤツだ! 約束の時間まであと30分! 10分前には“臨時休業”の札を外す!」
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テーブルの上には銀行の封筒から出された札束が10個置かれている。
スーツを着こなした大河内といい、このテーブル周りだけはキャピキャピした店内の雰囲気から乖離していた。
柾子は帯封された一万円札を一束摘まみ上げて端っこをパラパラパラとなぞる。
「ニセ札じゃないだろうね」
「お前! 大河内さんをバカにするのか!!」と気色ばむタクヤの肩を大河内はポン!と叩く。
「品の無いのは仕方ないさ! お嬢さん達の好きにさせとけ」
柾子、悠、茜の三人は、お札の真贋を確かめるフリで……10束の札束のナンバー辺りをパラパラと見ていった。
札束のチェックが終わると
「じゃあ!これは領収証代わり!」
茜は動画の再生ボタンを押したガラケーを大河内の前に滑らせた。
小さな液晶画面に映し出されるガサガサに荒い映像はフェイクだが、流れている音声は本物で、茜の目はガラスになる。
「ガラケーでコピーもできないから、この画面でせいぜい楽しめば!」
茜から投げ付けられた言葉を大河内は鼻で笑う。
「“生身”以外で楽しめないし、お前は全然ダメだったよ。私は大枚を支払ってお前の“黒歴史”を買い、抹消してやるんだ。口を慎め」
そう言って二つ折りガラケーを逆にバキン!と折り曲げて壊すと、黒のサフィアーノカーフのビジネスバッグの中へ放り込んだ。
「行くぞ!」
大河内とタクヤが慌ただしく立ったタイミングで表のドアベルがカランと鳴り、ふらりと真央が入って来た。
『クソっ!!早すぎる!!ドジりやがって!!』心の中で舌打ちするタクヤの横をスーッと通り過ぎて、真央は茜の脇に立った。
訝し気に真央を見上げる茜に真央は呟く。
「あーちゃん……ごめんね……アタシ、やっぱりタクヤと幸せになりたいんだ」
立ち上がり掛けた茜に覆い被さるように真央は身を投げ、その腕を茜の手のひらの下へ差し込んだ。
ドスン!
二人が縺れながら倒れ込むとフローリングの床に見る見る血の池が広がった。
「ギャアアアアアア!!!」
すぐ脇に居た“福”の甲高い悲鳴が響き渡って、真央だけがユラリと起き上がり血染めのナイフを右手に提げてタクヤへ向かって歩いて行く。
「ねえ!タクヤ! ガイシャが死んじゃえば全て無かった事になるでしょ?! 私は幸せになる茜が憎かったの! 動機はそれだけの事 タクヤに迷惑かけないし、お金はタクヤ独りの物でいいから……今のこの一瞬だけでいいから、昨日みたいに私を抱いて……」
「うわああああああ!!! 寄るな! キ〇ガイ!! お前なんて誰が知るか?!! 大河内さん!! 早く逃げなきゃ!! キ〇ガイ!!に殺される!!!」
一目散にドアの外へ走り出たタクヤの後を大河内はあたふたと追い、真央はその場に崩れ、蹲った。
「ああ!! あーちゃん!! あーちゃん!! あーちゃん!!」
茜を抱きしめ泣き叫ぶ柾子の肩口に茜はゴボッ!と血を吐き戻し、真っ赤になった唇をモゴモゴさせる。
「……った い ……らぎらないから……」
「なに?あーちゃん!なんて言ってるの?! 分からない!分からないよお~!!」
皆が固まってしまって時が止まった様な空間の“しじまを破った”のは大橋のエプロンのポケットで鳴るスマホの音だった。
大橋はスマホを耳に当てる。
「はい」
『ターゲット二人はタクシーで逃走しました。我々もクルマで追います』との男の声に大橋は一言だけ返す。
「頼みます」
電話を切った大橋はドアの前に蹲っている真央に声を掛けた。
「クズはタクシーで逃げたってさ!」
その声に真央はムクリ!と起き上がり、ナイフの柄に固く巻き付いていた右手の指達を左手を使って一本ずつ引き剥がした。
「ホントに最後の最後までクソ野郎!!! このカラダを消毒用アルコールで満杯にした風呂の中に沈めてしまいたい気分!!」
その声に茜の目は生気を取り戻し、血を滴らせたままの口でニヤッと笑った。
「できるものなら私もやってみたい」
“生き返った”茜の声に柾子は大泣きし、真央は茜の隣に駆け寄って茜共々柾子の前に土下座した。
「マーちゃん! 黙っていて……騙してしまって本当に本当にごめんなさい。言っちゃったら、さっきみたいに泣いて反対するのが分かってたから……でも私達はこうやってクソ男達とケリを付けたかったの!!」
柾子は顔から両の手のひらを外し、二人の頭をバシン!バシン!と叩いてから両腕に二人を抱きしめ、また大泣きした。
この三人の姿にもらい泣きをしてしまった悠は人差し指でそっと涙を抑えると……その指先から逃げた涙のしずくを大橋のハンカチが受けた。
「お前も……良かったな」
との大橋の声掛けに頷く悠の胸元が震えた。
ブルブルと唸っているスマホを取り出しタップすると、悠の顔から“少女”が消えた。
「はい!予定通り終わりました。 今、代わります」
悠はまだ涙塗れの柾子の肩に手を置くと耳元に囁いた。
「叔父です。お願いします」
「悪いけど……スピーカーフォンにしてくれる?」
柾子は手のひらでズリッ!と顔を拭うと悠からスマホを受け取った。
「且尾です」
『なかなか面白い物を見せてくれたな』と中村の声が店内に響く。
「中村さんのお力添えのお陰です」
『こっちもエエ映像が撮れたワ。ザアカイも満足したやろ』
その声に大橋はコーヒーカップを持ち上げてみせた。
「その様ですね…… 私も可愛い子供達の養育の足しになるお金を手にできました。悠さんが自分は一銭も要らないとおっしゃって下さって……」
『アイツはそういうヤツや、ここだけの話、ワシの自慢の子供や! お前が己の子供達にそう思っとる様にな! で、こっからは商売の話や! 日の丸ハムの株は上がるぞ!!欲しいんやったら一緒に買うといたる』
「すぐに自由になる様なら、贈与税差し引きの800万くらいお願いしたいところですが……」
『手元の現ナマは先にザアカイが押さえとるんか、まあエエわ、お前がこっちへ来るようになったらいくらでも打合せできるさかい』
「どういう事でしょう?」
『お前、今のチンケな会社辞めてワシの所の電話番せいや! 少なくとも、チンケな会社のチンケな部長よりは給料出すさかい 子供を二人、養うんやろ?』
「いったい私のどこにそんな価値があるんです?!訳が分かりません」
『はっきりしとるやないか! “且尾柾子”ちゅうお前の名前や』
「でも、私は独身です。結婚するかもしれませんよ」
『婿取ればエエ』
この言葉に柾子は吹き出した。
「父親の様なお言葉を掛けていただき、ありがとうございます。大変ありがたいお申し出なので、前向きに検討させていただきます。」
『よっしゃ! それから悠に“マーちゃん”と姦しく女子会するんやったら今日は帰ってこんでエエと言うといてくれ』
「承知しました。悠さんと楽しませていただきます」
電話を返しながら柾子は悠にウィンクした。
「オヤジなんかに言われるまでもないよね」
「ああ、そうだな!」と空いてる手で悠の肩を抱き込みながら大橋は囁く。
「オヤジのヤツ……お前に聞かれている事を知ってて惚気たんだよ」
大橋の言葉に悠は少女の様に顔を伏せてはにかんだ。
「さっ!! ちゃっちゃと片付けてここで女子会するよ!!」
柾子の掛け声に皆、呼応して姦しく片付けと準備が始まった。
おしまい
もう駆け足で投稿
間に合った!!
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