極悪人め! と王子様に言われたので出ていきますが、フワもちペットと皇太子に捕まるなんて聞いてません!
読んでばかりだったので、書くのにチャレンジしました。思いつくまま書いた作品です。
リリージュは聖女だ。
国にいる一級聖女の三番手。
心清らかとはっきり胸張れないが、人並みの倫理観はある。ついでに、悪口は好きではないし、嘘は苦手だ。
神様は信じている。
聖女なのだから、当然だ。
──と、先ほどまで思っていた。では今はどうなのかというと、若干の不安も混ざり込んでいる。それもそのはず、リリージュは本日婚約破棄されたばかりなのだ。
罪状は傷害罪。
婚約破棄なのに、犯罪者扱いなんて酷い話だ。だけどリリージュは孤児なので仕方がない。半年前に、後見人と長年支えてくれた大神官様が亡くなった。
これは勿論寿命である。リリージュは聖女で癒しの力があるが、人の寿命までは癒せない。教会の教えでは寿命は人それぞれで、長くも短くもある。ただ、短いということは次に生まれ変わる時は長生きできるということなのだ。反対に長いならば、次は短いということになる。
誰もがそう繰り返して生きている。
だから、大神官様は今度は短命で生まれ落ちるのだろう。それはどんな人生なのか。リリージュは悲しみながらも考えたものだ。
でも今は、それどころじゃない。
「……どうしよう」
呟いたところで、どうしようもない。えっちらおっちら、動くしかない。行くだけだ。
聖女の婚約者はお国が決めた。人柄を考えたり、性格の良さを考慮してくれたりはしない。若さだけを見て、釣り合いをとったに違いない。王様にはお妃様がおり、間に子供が四人。上から順に王子様王女様、王子様王子様で、リリージュのお相手は三人目の王子様。末っ子の方だ。リリージュは父も母も知らぬ天涯孤独。けれども神殿で耳にする世間の話によれば、末っ子というのは甘えたらしい。
それが真が分からぬが、末の王子のバンクラフトはリリージュとの縁談を良くは思っていなかった。見目が気に入らない、声が好ましくない、性格が愛らしくない。着てる服も髪型も、しまいには瞳の色から髪の色までお気に召さないらしい。努力などで直るものもあるが、生まれつきの特徴は変えられない。
バンクラフトに言わせると、孤児というのは良くない存在らしい。将来碌なことをしないし、碌な人間にならないと決めてかかる。しかもこれに関して頑固で意地っ張りで、リリージュが否定すれば否定するだけ声を荒げてくる。
正直、手に負えないし、持て余し気味だった。
そして、運命の日がやってきた。
バンクラフトは側に可愛らしい令嬢を侍らせ、リリージュに婚約破棄を告げたのだ。
「リリージュ、貴様のような将来性のない女など、こちらからお断りしてやる!」
何というか、もっと言いようもやりようもあったのではないだろうか。リリージュは思う。王族にしては言葉選びも、もう少しあるのではないかと感じてしまう。だが、顔には出さない。元よりリリージュは顔に感情が出る方ではないし、王族に嫁ぐならよりそうである方がと教育を受けた。
リリージュから見ると、王族は終始舐められぬようハッタリかます人生なので、よく分からぬ顔が丁度いいのだろう。
だからこの時だって、リリージュは澄ました顔で習った通りの挨拶をする。
「畏まりました」
大口を開けて笑うよりも、閉じていた方が賢そうに見えるからだ。王宮が用意してくれたジェスター先生は、そう教えてくれた。
けれども、バンクラフトにとっては違うよう。
「忌々しい女め!」
ギロリと若葉色の瞳で睨んでくる。釣り上がった眉が怒りを表していた。
やはりバンクラフトは、言葉選びが良くない。一体誰に似たのだろう。リリージュは聖女なので他の王子様も王女様も知っている。言葉を交わしたことがあるので、彼らが丁寧な思慮深い話し方をするのを知っている。だからこそ、何とか続いた婚約でもあったのだ。
「バンクラフト様、お怒りにならないで。愛情の欠片もない方が婚約者でお辛いと思いますが、わたくしがいますわ」
「ああ、愛しのメリーアン! 君だけだ、君だけがボクの味方で癒し、真実の愛の証だ!」
手を取り合う二人をリリージュは眺めるも、こうなっては完全に婚約を続ける気持ちが萎えた。以前は大神官様のこともあり、頑張ろうと思っていた。だがもう、それもない。
「バンクラフト様!」
「メリーアン!」
金髪のバンクラフトと同じく金髪のメリーアンが並ぶと、キラキラと無駄に眩い。貴族は皆この手の頭髪なので、変化がなくてよろしいのだろう。ちなみにリリージュは赤みが強い金髪で、品のない色だと以前バンクラフトに蔑まれた。
大神官様は綺麗だと褒めてくれたので気に入っていたというのに、残念だ。いや、悲しいのか。
そうだ、バンクラフトはリリージュの大地の色の瞳も泥臭いと告げ、落ち着いた声も陰気で耳障りと口にする。今側にいるメリーアンさんとやらは、金髪で空色。声も高めだ。なるほど、リリージュとは大違い。
きっとそれらが、彼には大変好ましいのだろう。
「……よって、リリージュ! お前は、我が婚約者に相応しくない! メリーアンを虐めたのだから、傷害罪で婚約破棄だ!」
曰く、ドレスに針を刺した。曰く、帽子を飛ばして池に落とした。曰く、ブツブツ悪口を呟いた。曰く、小動物の亡骸を送りつけた。曰く、気味悪い凶鳥の鳴き声を聞かせた。曰く、二人の逢瀬を陰から睨んだ。
曰く、曰く、曰く、と捲し立てるのは八面六臂の大活躍だ。例えの元たる、東の国の聖人だって驚きを禁じ得ない働きぶり。
おう、突っ込みたいような決め台詞をいただいてしまった。少々考えていた間も、バンクラフト劇場は続いていたらしい。否、今がやっと終幕だ。
「極悪人め! お前など、出て行け!」
獣を追いやるように、バンクラフトが手を払う。ついでに紙切れも放り投げられる。その隣で、メリーアンが彼に抱きついていた。幸せそうな微笑みは、物語の乙女のごとし。
巷で流行っている劇の主演女優も、きっとこんな風な顔で幸せな結末を迎えるのだろう。
ニコニコにやにや、素敵な笑顔だ。
「何だ! 未練でもあるのか」
「御座いません」
ある訳がない。
リリージュは今度こそさよならの挨拶代わりに、王宮仕込みのカーテシーをきっちり行う。落ちた紙を拾い、後はもう去るだけだ。
王宮が用意してくれた部屋に戻ると、御暇します旨の手紙を書く。長くはない。
それぞれ、神殿宛て、王様と王妃様宛て、世継ぎの君の王子様宛て、美味しいお菓子をくれた王女様は嫁がれてるので、二番目の王子様宛てにその分も一言添える。
さあ、後は旅支度だ。
来年は結婚式と相成っていたので、もう神殿にはリリージュの場所はない。大神官様もいないし、迷惑もかけられない。バンクラフトが嫌がらせをするやもしれない。
全く、元婚約者様は間の良い男だ。
両陛下がいない瞬間を狙って、宣言した。
世継ぎの君は辺境視察であるし、二番目は外交中。昨年王女様は嫁いで、彼を止める家族は今いない。早すぎもせず、遅すぎもしない。
そして、リリージュもその瞬間に合わせて城を出る。仲良くしてくれた陛下たちと王子様王女様には申し訳ないが、この婚約者とは婚礼したくない。頑張る気持ちはもう消えた。大神官様が孤児のリリージュの将来を見据えた縁談だが、あの相手では不幸だけが見えてくる。
大体、思い出すとむかむかしてくるのだ。リリージュだって年頃だ。孤児だって夢を見る。聖女は優しさを振り撒くが、自分にだって優しさが欲しい。ずっと隣にいる相手が優しくないなんて、辛いしかない。
(わたし、すごいこと望まないよ。ただ、大切にして欲しいだけなんだよ。全部が全部じゃなくていいんだ。分けてくれるパンが、時々大きめだったりするぐらいの優しさが欲しいかなって)
リリージュだって、そうしたいと思える相手が良い。そうして、ふたりで時折大きめを渡し合って噛み締める。それが素敵だと思うのだ。
自分が持てる鞄に、詰め込める物は限られてる。宝石類はお国の税金からなので、それは置いていこう。豪華なドレスも靴も同じ。帳面に携帯用の筆記用具。神殿時代からの持ち物に、質素な服と靴。大神官様が誕生日に贈ってくれた圧縮魔法の鞄は、普通の鞄よりは容量がある。
お金は、神殿に居た頃の給金がある。欲しい物が少なかったので、リリージュは貯めている方だ。大神官様が亡くなる前、お城に行く時に寄付しようと思ったら、大切に持っていなさいと助言されたのだ。
あのお言葉は大変役立った。こんな時のためではなかったろうが、お金はないよりある方がいい。他にも、宝物にしていた大神官様の贈り物を詰め、リリージュの旅支度は終わる。
お城の使用人のお仕立てを失敬するのは気が引けるが、出て行くのに目立たない。いつもの習慣で神に祈りながら、城裏の出入口を通り抜ける。
「どうしたんだい、こんな時間に?」
「故郷の家族が病になって、帰るところなの」
王城の出入口は古の魔術で、悪いもの悪意のあるものを拒む作りだ。けれども抜け道もある訳で、身分証のない者は絶対に通してくれない。
でも、リリージュは大丈夫。
「はい、こちらをどうぞ」
「よし、行ってかまわん」
微かに息をつく。
「ありがとう」
「君の家族に、神の微笑みがありますように」
リリージュは再び身分証を手に、外へ出る。バンクラフトは素敵な婚約者とは程遠いが、城を出るための身分証を用意してくれたことだけは、感謝している。もしかすると、あのメリーアンの入れ知恵かもしれない。だとしたら、彼女のこれからも少し祈った方がいいのだろうか。
リリージュの聖女の任期は結婚式までだ。とはいえ、実質的にはもうお役目を終えているようなもの。一番手はいつも神殿にいるし、二番手はまだ幼いので無理はさせられない。けれども四番五番は双子で貴族で、信仰心も篤い。
(だから、あちらも大丈夫!)
しいて言えば、還俗の儀式をしてないので、まだ聖女の戒律を守らねばならない。そこは、まあ……なんとかなるだろう。いや、なんとかなる!
リリージュはやりたいことがある。
まず、可愛い生き物を飼ってみたいし、思いっきりお寝坊もしてみたい。お腹いっぱいになるまでオヤツを食べてみたいし、お昼寝だってしてみたい。
王子様と結婚するのでみんな諦めていたが、こうなれば全て叶えてみるべきでは?
よし、行こう!
人生をはちゃめちゃ楽しむぞ!
「……そう、思っていた時期もありました」
「いや、今も思っているんじゃない?」
リリージュはこてんと、テーブルに突っ伏する。綺麗に結われた髪に構うものか。しゃらしゃらする髪飾りだって、気にしない。妖精の仕立てた高級ドレスと、その下のコルセットがきつくて辛い。
同時に、お口の中の花弁の砂糖蜜漬けが大変美味で、あっという間に解けていく。オヤツ美味い。
「なんで! なんで、面倒なことしてるの! わたし」
「ああ。それはね、君が素敵な女性だからだよ」
隣の席でしゃあしゃあ涼しい顔で喋るのは、凛々しい美男子だ。
誰がどう見たって、老若男女千人に聞いても顔が魅力的だと頷くだろう。紫がかった夜空の髪と朝焼けの青みを残す橙が美しい。リリージュの元婚約者が百人束になっても敵わない、そんな相手。顔良し、体良し、性格も良い。
少なくともリリージュに、大きめの半分こを分けてくれる器量はある。
「君のしたいことは、幾つか叶えただろう? お昼寝もしたし、お寝坊もできるようになるし、お菓子はたっぷり作ってあげるよ。あと可愛い動物さんは、君がもう見つけてるしね」
違う!
そうじゃない!
「リリージュは私が嫌いかい? 私が手作りしたオヤツをあんなに美味しそうに食べてくれるのに、私のことは駄目だというのかな」
それではただの酷い人で、普通に人でなしではないか。そんなリリージュの肩へ、ぷこぷこ鳴いてフワもちの生き物がよじ登る。
「ぷっこー!」
「ほら、ププくんも私のオヤツが大好きだって言ってくれるよ」
フワフワもちもちの毛皮に包まれたのは、精霊獣のププ。リリージュが旅先で出会った、可愛い生き物だ。ずんぐりむっくりの毛玉のようだが、足が四つで頭にピコンと角がある。尻尾だって持っている。
普段は頭をリボンでお飾りしてるので目立たないが、成体に戻ればとても尊い生き物だ。馬に似た白金色の姿をし、万象の象徴だとか聞く一角獣。帝国の信仰対象で、とにかく凄い。言い伝えだと、心清らかな聖なる乙女にしか懐かないそうだ。
その割に、オヤツに手懐けられているのは、いかがなものか。
「知ったふりして愛を語るなと、私を叱りつけてくれた君だ。そんな君の愛を欲しいと願うのは、至極真っ当じゃないかな」
「わたしが浅はかだったのです。グランティード様、お許しください」
ええ、そんなことも言いましたよ。過去に戻れるならば、絶対に口を押さえ込んで閉じさせたい。
「さあ、私の花嫁さん。その穢れない魂で愛を教えてくれませんか?」
微かな微笑みは陽だまり風味だが、手に入れたものは絶対に手放さない派だとリリージュは知っている。穏やかだと思わせて、怒ると加減知らず。面倒なこの男が、薄倖の美青年だと思い込んで助けた自分はお人好しが過ぎた。
帝国の皇太子になるとか、本当に聞いていない。知らされてないし、思ってもみなかった。己の世間知らずさに打ちのめされるリリージュだ。
今日とて、帝国の神殿から聖なる鐘が鳴る。聖女と皇太子の三月後の婚礼を祝うもの。帝都の民はこの祝事に誰もが微笑んでいるだろう。もう、今更辞められないのだ。
顔の良い男へ親切をしてはいけませんって、大神官様教えて欲しかったです!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!




