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エピローグ 『ASTRANOTE』

 あれから、レオーネとロメオは『大気(アトモス)の王』に破壊された遺跡群の修復作業を行った。レオーネがカードを使って、魔法により完全に元通りになる。それもたったの一時間でのことだった。

 死んだカリストは埋葬されることになり、それはマノーラ騎士団の手により行われた。

 残されたレオーネとロメオの仕事は、ドメニコの施した《アーペプラズマ》の支配から人々を解放することである。

《アーペプラズマ》は、マノーラの象徴といわれる花・チェレンカを増やそうとする微生物だ。微生物が人に宿り、チェレンカを育てさせようとする。つまり、そんな潜在意識に働きかけて支配をする。支配された人間側は気づかない。ただチェレンカを育てようとするだけで、あとは今までとなにも変わらないから……。


「《アーペプラズマ》の除去も、彼らのおかげでオレがなにもすることなく終わってくれて助かった」


 レオーネが十月の青い空を眺めて言った。

 ロメオは万年筆でノートに文章をつづりながら、相槌を打つ。


「アキさんとエミさんは不思議な存在だな。だが、レオーネがなにもすることなくというのは大げさだ」

「実際そうさ。モンスター化された『大気(アトモス)の子供』に《アーペプラズマ》という寄生生物が宿った場合、その命は短い。時間が解決する。けれども、人間のほうはそうはいかない」


 事情をアキとエミに説明すると、二人は自分たちでもよくわかっていない顔で解決してみせた。エミが小槌を振ると、なにかの魔法道具が出てきて、アキが使うと何匹ものミツバチが四方に飛んでいった。ミツバチは針を刺して、寄生生物アーペプラズマだけを吸い出す。

 アキが「《ドクター・毒取る(ドクトル)》って言うんだよ」と教えてくれた。エミは「(せん)(しょう)さんに見せてもらった魔法だね」と言って、「偉い法師様だよ」とアキが補足する。他者の魔法を転用する効果が、小槌にはあるのかもしれない。対象は彼らの知り合いか、見たことのある魔法になると思われる。

 小槌によって出現したミツバチだが、役割を果たすと消えるらしい。

 この微生物に寄生されていたリディオは、その後、花を育てることをやめた。今では花の世話はほとんど執事のグラートがやっている。


「アキとエミも不思議だが、《アーペプラズマ》も不思議なものだな」

「ああ。ワタシも、弟が《アーペプラズマ》に寄生されていることにもまるで気づかなかった」

「リディオがチェレンカを育て始めた以外にも、兆候はいくつもあった。リディオと散歩したとき、足取りがやけに軽くてちょこちょこ歩き回って落ち着きがなかったのも、《アーペプラズマ》のせいだ。花の色つやにも気づいたり、誘拐されるほど行動が外へ向いたり。途中で気づくべきだったよ」

「まったくだ。寄生生物、厄介なものだ」

「もしかしたら、もっと巧妙で気づかれにくい寄生生物に支配されている人間だって、たくさんいるかもしれないね」

「可能性はある。考えたくもないがな」


 嘆息するロメオを見て、レオーネはははっと笑った。


「話を戻すと――そのアキとエミだが、せっかく仲良くなったのに、昨日には旅立ってしまった。もっと仲良くなりたかったね」

「また会えるさ。彼らは運命の友人であり『トリックスター』なのだから」


 アキとエミは昨日、ついにロマンスジーノ城を発った。

 二人は常に陽気で、「本当にありがとう!」とお礼を述べて、リディオとラファエルがさみしがっていた。


「また絶対会おう」

「ごきげんよーう」


 もちろんレオーネとロメオもさみしく思ったが、十月の上旬までいてくれたことのほうが、彼らにしてみればめずらしいケースだったのかもしれない。

 ちなみに、そのアキとエミだが――。

 レオーネとロメオが知らないところで、また新たな出会いを迎えていた。

 アルブレア王国の王女・(あお)()()()が、なんらかの事情を抱えて城を飛び出し、海を渡ってルーンマギア大陸に上陸して、イストリア王国までやってきていた。彼女と最近出会って旅を共にしているというメラキア人の青年もおり、彼らと偶然の出会いを果たしたのであった。


「詳しいことは話せませんが、事情があって旅をしています」


 王女・クコはそう述べるだけで、自らの特殊な境遇を話すことはない。アキとエミは彼女が王女であることを知らないまま、二人と旅をすることになった。


「へえ。クコちゃんも(せい)()(おう)(こく)に行くんだね! ボクらもさ」

「いっしょに旅をしよーう!」


 メラキア人の青年も「仲間が増えて楽しいな!」と小躍りしている。

 一国の王女がそんな旅をするのは普通あり得ないし、アルブレア王国ではなにかが起こっていると思われる。『ASTRA(アストラ)』の配下がアキとエミといっしょにいる王女・クコを見かけたと教えてくれたときも驚いたものだ。

 実は、レオーネとロメオはいずれ彼らに巡り会うのだが、それはまだしらばく先の話である。

 レオーネとロメオは、ロマンスジーノ城の一室で、旅立った友人に想いを馳せていた。

 ロメオはノートを書く手を止めて、レオーネに尋ねる。


「アキさんとエミさんについて、書くべきことはこのくらいか?」

「いいや、もう少しだけ。ロメオの書いている、『ASTRA(アストラ)』が関わった事件をまとめたノート――『ASTRA(アストラ)NOTE(ノート)』には、彼らについて書き足すべきことがまだある」


 コーヒーで口を湿らせると、レオーネは話を戻す。


「時に、街の様子は戻ったと思うかい?」

「あれから、もうひと月近くなる。随分と戻ったようだ」

「そうだね。ヴァレンさんが戻ってきて、世界に幻を見せてくれた。あの人は、かなりの超規模で集団幻覚を見せられる」

「見せた幻が、《気象ノ卵(ウェザー・エッグ)》」

「そして、『大気(アトモス)の子供』だ。それを見たマノーラの人々は驚いていたね。また、同時に、自然環境を守ろうという意識も芽生えてくれた」

「それはきっと、アキさんとエミさんが賑やかに『大気(アトモス)の子供』のことを報せて回ってくれたからだ」

「まさにね。その点を書いたかい?」

「もちろんだ」


 とロメオは答える。


「二人は町中を無邪気に駆け回り、エッグや子供たちのことを話して、広めてくれた。『ASTRA(アストラ)』の配下を使って噂を拡散させるよりよほど効果があったろう」


 たった一日の幻で、人々は少しだけ、自然環境を意識するようになった。マノーラの人気者・ヴァレンの見せている幻であり、見える人には常に見えている景色だと、アキとエミが報せて回ったおかげだった。

 ロメオは目を伏せてつぶやく。


「ワタシがさみしく思うのは、ジュストのことだな」

「彼は仕方ない。悪意を持っていた人間ではなかった。むしろ、父親であるマンフレード博士の研究が正しかったことを証明し、地球と人類を守りたかった。それを可視化することを、ヴァレンさんがしてくれたわけだが……」

「ジュスト自身は、その後旅に出ると言って街を去った」

「オレは、それでよかったと思うけどね。『大気(アトモス)の王』を生み出した償いとして、世界を回ってドメニコさんのカプセルを使うそうだ。あれも多用は望ましくないが、今のところはそれしか対策がない。むしろ、チェレンカが自然には生育しない遠方の地では、効果的な対策となるだろう。長期的にはわからないが」

「償いなど、必要なかった。カリストさんは死んでしまったが、ジュストは他に迷惑などかけなかった。モンスター化を都度都度引き起こしていたカリストさんが亡くなったから、モンスター化も今後はあまり起きなくなる」

「ロメオ。おまえとオレはそれと戦った。オレたちには迷惑がかかった。遺跡群の修繕も大部分はオレが魔法によって行った。オレたちは気にしていないが、それが彼には許せなかったんだと思う」


 たくさんの人を殺すモンスター化を引き起こしたカリストには、同情の余地はない。しかし、ジュストはレオーネとロメオに負い目を持ったまま共にいることを望まなかったのだろう。ロメオはジュストとはまだいっしょにいたかったし、できることなら、『ASTRA(アストラ)』の一員になってほしかったが、ジュストは別の選択をした。


「モレノさんは、ジュストを助手にしたいと言っていた。結果的には、ジュストがそれを断り、代わりにドメニコ氏が助手になり、二人でマンフレード博士の研究を続けるそうだ。そこまでは、彼らの目的意識からも理解できる。しかし、最初から最後まで、モレノさんはなぜカリストさんを仲間だと思わなかったのだろうか」


 そんなロメオの疑問に、レオーネはさらりと答えた。


「人類と自然の共存を考えていたかどうかの違いだろう。人類をただ消すのは、地球の味方であっても人類への敵対であり、未来こうした環境問題が起こる場合への足跡を残さない行為だ。一時的な人類の消去だけでは、いずれ地球環境を守り切れなくなる。論理の積み重ねが大事なのさ。科学の進歩が必要とも言える。彼は地球の側に立つ敵対者でしかなく、科学者ではないんだ。だから、彼は仲間として不適切だとモレノさんは考えた。オレはそう思ったけどね」


 なるほど、とロメオは相槌を打つ。

 だが、科学者でなくとも、モレノはリディオを気に入っていたし、科学者であればだれでも受け入れるわけではないだろう。レオーネが言いたいのは、科学者である以前の根幹の部分で、同じ目的を歩めるかという点、そして人類と未来のために地球を守る意識があるかという点だと思われる。未来を思えば、彼の考えは善悪がハッキリしすぎていて、建設的ではなかったかもしれない。


「もう一つ、いいか?」

「なんでも聞いてくれ」

「あのとき、あの場で、おまえは語らなかった。カリストさんがどうやってモンスター化を引き起こしたのか。でも、本当は知っていたんじゃないか?」


 ロメオに目を向けられ、レオーネは楽しそうに微笑した。


「よく気づいたね」

「長い付き合いだからな」


 物心ついた頃からいつも側にいる。その程度のことはわかるというものだ。


「種明かしってほどのカラクリはない。オレたちが別々に尾行した中で、オレは彼が魔法を使う瞬間を見かけたんだ。あえてロメオとジュストに話さなかったのは、人が死んでいるのに、見過ごす形になることを、後ろめたくも思っていたからでもある」

「そんなことだと思っていた。しかし、やはり魔法によるものだったか。それで、その魔法とは?」

「おもしろいことに、彼が引き起こしたモンスター化の魔法は、微生物の進化を利用したものだった。奇しくもドメニコさんと同じアプローチなわけだね」

「寄生生物なのか?」

「いいや。彼が魔法で創り出した微生物は、『大気(アトモス)の子供』に作用して進化を促すばかりで、ドメニコさんの《アーペプラズマ》のように支配はしない。また、『大気(アトモス)の子供』にしか反応しない。だからほかの生物への危険はない。彼には、人間以外の動植物は守りたいという意志があったからね、そんな工夫は施していたらしい」

「そうか。つくづく、人間を悪と思っていたのだな」


 レオーネは優雅に足を組む。


「今回のことで、善と悪の境界は一つの課題としてオレの心に尾を引いた。なにが善で悪かは、見方によって変わる。視点は人間と人間だけじゃない。地球と人間、二つの視点もそうだ」

「人間ばかりが正しいわけじゃないことも、注目すべき課題か」

「そうだね、ロメオ。『ASTRA(アストラ)』はマノーラの平和を守る正義の味方であり、世界の平和にも一役買い、世界をよりよい方向へと導く革命家でありたい。そのためにも、考えるべき正義とはなにか。わからないことばかりだ」


 ロメオは小さく微笑してみせる。


「『大気(アトモス)の子供』や微生物たちと同じだ。善と悪の境界も、正義の基準も、世界はそれを常に同じとし続けることはない。進化していく。変わり続ける。だからワタシたちは目の前の問題を解決するしかないんだ。それだけじゃないか?」


 レオーネも微笑んだ。


「なるほど。実に明晰な洞察だよ、ロメオ。確かに、それだけなのかもしれない。であれば、我々『ASTRA(アストラ)』も進化していこう。世界の滅亡が訪れるその時まで、すべての物事の進化は続くのだから」




 ロマンスジーノ城の城館前の中庭では、リディオとラファエルがプランターに向かっていた。

 リディオがチェレンカに水をやる。


「大きく育つんだぞ!」


 にっこり笑いかけるリディオに、ラファエルが優しく言った。


「最近はじいやに任せきりだったのに、久しぶりだね」

「おう! すっかり忘れてたぞ! でも、植物は大事にしないとな!」


 オレンジ色のチェレンカが、そよ風に揺れる。


「……ん?」


 ラファエルが振り返ると、リディオもくるっと身体を向けて元気に挨拶した。


「こんにちは!」


 ラファエルも「こんにちは」と会釈した。相手の青年も、にこやかに挨拶を返してくれる。


「やあ、こんにちは。リディオくん、ラファエルくん。お兄さんたちいるかな?」

「いるぞ!」

「ありがとう!」


 青年が城館に入って行き、執事・グラートに案内されていた。

 それを見送って、リディオとラファエルは話す。


「遊びに来たのか?」

「マノーラ騎士団が遊びに来るだけとは思えない。事件だろうね」




 ロメオが耳を澄ませると、廊下から足音が聞こえてきた。

ASTRA(アストラ)NOTE(ノート)』を書く手を止めて、万年筆を置いた。

 ドアのノック音が響く。

 どうぞ、とレオーネが答える。

 執事のグラートがドアを開けると、マノーラ騎士団の新人騎士・エルメーテが入ってきた。


「レオーネさん! ロメオさん!」

「やあ。エルメーテくん。いったいどうしたんだい?」


 カードをシャッフルしながら爽やかに尋ねるレオーネに、エルメーテがもどかしそうに言った。


「オリンピオ騎士団長が大至急来て欲しいそうです」

「ほう。大至急、か」


 想像できることでもあるのか、レオーネは穏やかな表情を崩さない。そんな相棒に、ロメオは声をかけた。


「レオーネ。思い当たることでもあるのか?」

「いや。世界の滅亡でも起こるような急ぎ方だったからね」

「こんな世界だ。なくはない」

「そうだな。なんでも起こり得る」

「原因はなんだって考えられる」

「ああ。そして、ここにいればあらゆる情報も集まってくる。すべての道はマノーラに通ず、だ」


 このマノーラの格言は、ルーン地方ではよく知られている。


「レオーネは、その言葉が好きだな」

「ああ。だって、ここマノーラにいるだけで、なにかが起こりそうじゃないか? ロメオ」

「すでに起きてるそうだ、レオーネ」


 とロメオはエルメーテを一瞥して苦笑する。

 レオーネは立ち上がると、肩にかけた上着をなびかせて歩き出した。



「では、出発だ。オレたちで迎えに行こう。次の『ASTRA(アストラ)NOTE(ノート)』を」

読んでいただきありがとうございました。

これで、『ASTRANOTE』の《気象ノ卵(ウェザー・エッグ)》にまつわるお話は終わりです。

主人公のレオーネとロメオの活躍を今後も書けたら書いていきたいと思っていますが、一旦ここで連載は休止させていただこうと思います。

反響などによってはまた続きを書くかもしれないので、完結済みにはしないでおきますね。

気象ノ卵(ウェザー・エッグ)》の事件が終わったあと、物語は、現在連載中の『MAGIC×ARTS』本編におけるメインヒロイン・クコの旅立ちの時期へとつながっています。

クコの冒険の中でもレオーネとロメオたち『ASTRA(アストラ)』は登場することになり、重要な役割を担っていくことにもなります。

よろしければ、『MAGIC×ARTS』もごらんいただけるとうれしいです。

ブックマークや評価なども、本当にありがとうございました!

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