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75 『王の最後』

大気(アトモス)の王』は攻撃をやめてくれたりしない。ロメオは避けながら、遺跡の影に隠れて態勢を整える。その遺跡ごと殴りかかってこられて、遺跡が破壊されていく。ロメオは避けて、また別の遺跡に身を隠す。

 攻撃が続き、ロメオは呼吸を整え、遺跡の上にのぼった。

 微生物に乗っ取られても、元の性格と合わせて、まるで別の生き物になっている。だが、その性質もおおよそわかった。

 力技でねじ伏せるしかない。

 ロメオがそう思うのと同じで、レオーネもその補助をする考えでカードを新たに引いた。

 手札に巡ってきたカードを見て、レオーネはニヤリとした。


「質問だ。ロメオ、相手の皮膚はどのような状態になっている?」

「体毛の下は、頑丈な鱗といったところか。完全な鱗状ではないが、人間の皮膚とは種類がだいぶ異なる。ゾウやサイに近いかもしれない」

「ならば、問題ない。これを使う」


 レオーネはカードを投げた。回転しながら、ロメオの数メートル前方に向かって飛んでいく。


「大丈夫、あとは拳を振り抜け。どんな硬い皮膚でも撃ち抜くことができる」

「わかった!」


 カードに向けて駆け出した。

 ロメオがまっすぐ走って行けば、カードと交わる。そのタイミングで、手のひらを突き出した。

 手のひらとカードが接触した瞬間、ロメオはその力がどんなものかを悟った。

大気(アトモス)の王』に知能があるのかはわからない。

 だが、あろうとなかろうと、レオーネとロメオの作戦など、気にもしていないだろう。微生物は知性的な生き物ではない。もしかしたら強い目的を隠し持っていることもあるかもしれないが、生物としての存続が生きる目的になる。

 ただ人間を殺すことで、地球の自浄作用を助けるという目的を持つ。

 殺すために、ロメオに攻撃をしてきた。

 思い切り殴るというだけの動きで、ロメオをパワーで完膚なきまでに屠るつもりなのである。

 ロメオは拳に力を込めた。

 拳がルビーのような赤い輝きを放つ。


「これで決める!」


 相手の攻撃を避け、ロメオはさらに距離を詰め、特製の一撃をお見舞いする。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げて、全部の力を込めた一撃を放った。

 レオーネはつぶやく。


「魔法は、《コランダム・スキン》。皮膚をコランダムのように硬くすることができる。コランダムは天然の鉱物として、ダイヤモンドに次ぐ硬度を誇る。生物の皮膚がそれを防げるわけがない。特に、『バトルマスター』ロメオのパワーならね」


 運び屋・駕雨伝地紅斗ガウデンツィ・ベニートが持っていた魔法、《コランダム・スキン》。先日取り締まった運び屋から、レオーネが《盗賊遊戯(シーフデュエリスト)》によって盗んだものである。それを、レオーネはこの場面でロメオに与えた。一時的に付与されたコランダムのパワーは華やかなほどの威力であった。

 とてつもない爆風さえ伴うようなロメオの拳は、見事、『大気(アトモス)の王』の肉体を撃ち抜いた。

 大砲で射抜かれたように、風穴が空く。

 ぎいいいいいいい、という人間には出せないようないびつな声を上げて、『大気(アトモス)の王』は身体が崩れていった。


「今だ、ロメオ」

「打ち消す! 《打ち消す拳(キラーバレット)》」


 ロメオが、今度は《打ち消す拳(キラーバレット)》を繰り出す。


「さっきは効かなかったが、今は生物として不完全な状態であったために、効果が見られるようだね」


 攻撃を終えて、ロメオがレオーネの前に戻ってくる。


「お疲れ様、ロメオ。さすがは『()(はい)(そう)(とく)』だね。百戦錬磨の『バトルマスター』の名は伊達じゃない」


ASTRA(アストラ)』の軍事的采配を握る無敗を貫く総督にして、『ASTRA(アストラ)』最強の個人戦闘力を誇る『バトルマスター』狩合呂芽緒(カリア・ロメオ)の名は、裏社会では広く知られている。

 そんな相棒を労うレオーネだが、ロメオは一切の気の緩みもない。


「いや、まだ終わってないみたいだ。レオーネ」


 身体が溶け出すように原型を留めきれなくなった『大気(アトモス)の王』は、ゾンビのようにまだ完全に朽ちることなく、レオーネとロメオにのそのそと向かってきた。

 レオーネは、次なるカードを使用する。


「大丈夫さ。ロメオの仕事は終わった。あとは幕を下ろすだけだ」


 手を伸ばしてくる『大気(アトモス)の王』に、レオーネはカードを投げた。


「《バーニング・ウォール》。その名の通り、炎の壁。もう、こちら側にはこられない」


 最後のあがきで迫ってきていた『大気(アトモス)の王』だったが、炎の壁に突っ込んでいき、そのまま燃えただれて、溶けるように消えてしまった。

 もう、跡形もない。

 完全に幕は引かれた。

 憂いを帯びた瞳で、レオーネはしゃべりかける。


「本当は心優しい、『大気(アトモス)の子供』よ。許してくれ」

「どうか、安らかに」


 ロメオは『大気(アトモス)の王』の消えたその場所を、ずっと見つめていた。

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