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73 『王の誕生』

 伸ばしていた手を握る。

 なにかをつかんだらしい。

 そこでレオーネが鋭く叫ぶ。


「見えているのかっ、ジュスト」

「ああ。父の研究によって、可視化するモノクルが作られた。ボクには見えているんだ」


 レオーネには、魔法で見えていた。確かにジュストは、『大気(アトモス)の子供』をつかみ、それを引き寄せている。


「『大気(アトモス)の子供』になにをするんだ」

「言っただろう? アンプルを注入するんだ。体内に入ることで、生物としての働きが強まった精霊王になれる。魔力や培養した物質を盛り込んだが、それを体内に侵入させるのが難しかった。そのヒントが欲しかった。だが、やっと見つかった。このカプセルだ。微生物がそれを為し得るのだ。微生物が侵入経路を作り出す。トンネルの掘削をするようなものだと考えればいい。おまけに、進化も促すだろう!」


 これに驚いたのは、ドメニコだった。自分のした研究が、ジュストの研究に利用できるのだから、驚きは当然だ。しかし、ドメニコには不安があった。


「やめろ! わたしの進化させた微生物は、とても強力なんだ! 《アーペプラズマ》はただの微生物じゃない、あくまでおかしくなったモンスターを正常に引き戻す荒療治だ! そのために宿主を乗っ取る寄生生物なんだ! 宿主の思考回路を本人さえ気づかぬよう変化させてしまう!」

「だが、正常な人間が花を育てるようになった。悪いことじゃないだろ」

「レオーネくんも言っただろう! 人間にとって良いことばかりじゃない。行き過ぎることもある。もし元から環境を保護するための行動を目的とする生物に与えたら、行き過ぎて第二のモンスター化が起こる可能性だってある! だからやめろ!」


 しかし、ジュストはもうアンプルにカプセルの中身を流し入れ、それを無理矢理『大気(アトモス)の子供』に注入していた。

 ロメオとレオーネには、まだドメニコの言っている危険性がわからなかった。本当にそうなるのかもわからないし、その可能性への恐怖も想像がつかない。


「さあ、これで精霊王が生まれる! 『大気(アトモス)の王』だ!」


 アンプルを注入された『大気(アトモス)の子供』は、最初、苦しそうにもがいた。精霊のような愛らしさもある顔がゆがみ、それが徐々に変化を起こす。身体が少しずつ大きくなっているのである。


「なんだ、あれは……」


 とロメオが声を漏らして、レオーネはロメオにもそれが見えているとわかった。


「見えるのか、ロメオ」

「ああ。急に、現れた」


 魔法によって『大気(アトモス)の子供』の姿が見えていたレオーネと異なり、ロメオには本来、それを見ることはできない。ロメオは魔法や魔力を打ち消すことができるがゆえに、魔法や魔力を感知できるだけなのである。それなのに、ロメオにも見えた。つまり、だれの目にも見える形の存在に変わってしてしまったのだ。


「苦しげにもがいていた『大気(アトモス)の子供』が、姿を変えていっている。強い魔力を受けて、姿が見えるようになったんだ」


 もうレオーネとロメオたちの声も聞こえていないらしいジュストは、『大気(アトモス)の王』を嬉々として見上げている。


「一体で千体分の働きをできる王よ! モンスター化など起きないよう、環境を守ってくれ! 人類と地球がうまく生きてゆくための力となってくれ!」


 唱えている理想は素晴らしい。

 だが、醜い獣のような容貌に変身してゆく『大気(アトモス)の子供』を、ロメオは救世主とも精霊王とも思えなかった。悪魔の分身か破壊者だ。

 ドメニコは嘆いている。


「なんてことを……! わたしも未完成な方法をしたが、これは、取り返しがつかないかもしれないぞ」


 自らの理想を叶えてくれる存在として『大気(アトモス)の王』を恍惚の表情で見上げるジュスト。

 レオーネとロメオは、顔を見合わせる。


「備えろ、ロメオ」

「援護を頼む、レオーネ」


 了解、とレオーネがカードを手にする。

 ジュストが『大気(アトモス)の王』に語りかける。


「おまえは自由だ、動け! 地球の自浄作用を高めるために、なんでも好きなようにやってくれていいんだ」


大気(アトモス)の王』は、ジュストを見た。

 体長が十五メートルほどまで成長した。そこで変異は止まり、身体は全身が茶色の獣のような毛に覆われていた。足も腕も生えて、どこかゴーレムのような形といえばよいだろうか。しかし目玉は一つしかない。不気味な目玉がぎょろりと動く。

 突然、ジュストに殴りかかった。ジュストは後ろに倒れるように攻撃を避けた。


「うわぁ! な、なんだ……」


 ジュストは、自らが生み出した存在がその自分を攻撃したことに、困惑しているようだった。

 空振りした攻撃は近くにあった遺跡群を破壊するほどのパワーを持つ。

 レオーネが魔法を唱えて、ジュストを手元に引き寄せた。


「《キャッチフック》」


 フックがジュストに飛んで行き、襟に引っかけて捕まえると、レオーネの手元にまで戻ってきたのである。


「……レオーネ、いったい……」

「まずい状況になったらしい」


 一番手近にいた人間が消えて、『大気(アトモス)の王』は狙いを変える。次に標的としたのは、寝転がっているカリストだった。

 不気味な一つ目が、カリストを見下ろす。


「お、おい! まさか……」


 しゃべりまで遅くなる魔法をかけられ、後ろ手で縛られて身動きが取れない。そんなカリストは簡単に右手で捕らえられ、がぶりと噛まれてしまった。通常のスピードでも相手にするのは難しいのに、今のカリストは半分のスピードでしか動けない。

 骨が砕ける、ひどい音が響く。それよりもカリストの叫び声のほうが大きかった。身体がくりぬかれたようになっている。

 すぐに意識が飛び、血を流しながら簡単に絶命してしまった。

 咄嗟のターゲット変更に対応が追いつかなかったから、レオーネとロメオは見ているしかできなかった。

 だが、『大気(アトモス)の王』が人間を襲うという性質があるとわかった以上、次の行動は迅速にしなければならない。


「とにかく逃げろ! 離れるんだ!」


 ロメオが呼びかけるが、ドメニコもジュストも動けないでいる。ドメニコは恐怖で腰を抜かし、ジュストは自分のせいで最悪のモンスターが生まれたしまったことに唖然としていた。


「オレとロメオなら戦うすべはきっとある。だが、二人を安全な場所に移してからじゃないと……どうやって逃がしたらいい」


 レオーネが歯噛みする。

 逃がすことを優先すべきだ。しかし、その間にも近くにいる老夫婦の観光客を守れるようにも備えておきたいし、今の手札にはドメニコとジュストを遠ざけるカードもない。

 手札も入れ替えられない。

 ロメオは果敢にも『大気(アトモス)の王』の前に立ち塞がろうとしている。レオーネが判断に迷っていると……。

 そこに、二人の友人が現れた。

 意外な救世主が登場してくれた。

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