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72 『アンプル』

 カリストとの戦いが終わったとき、ジュストは抱えていた感情をぶつけるようにして言った。


「なんてことをしてくれたんだ! おまえの言い分もわからないではない。だが、人と地球は共存しなければならないんだ。それを、おまえは父の研究まで利用して!」

「……」


 言葉のないカリストに、ジュストは問い詰める。


「どうやって父の研究を知った?」

「知る方法ならいくらでもあるだろ。自分は、様々な研究を調べていて辿り着いた。マンフレード博士が処刑されたのだと知ったのは、あとになってからだ。それだけだ」


 チッと、ジュストは舌打ちした。

 これ以上、カリストに問いただすこともない。言いたいことも言った。あとはカリストになど、構うこともない。

 続けて、ジュストはドメニコに目をくれると、今度は静かな足取りで歩み寄った。小さな声でつぶやく。


「疑ってた。ボクはあんたを、犯人だと思い込んでいた。それは謝ろう」


 ジュストがドメニコに謝罪する。


「ジュストくんか。いいさ、そんなこと。どうでもいい。わたしにとって大事なのは、マンフレード博士の意志だ」


 ドメニコは言葉の通り、ジュストにはなんの興味もなさそうだった。

 再びジュストはドメニコと目を合わせ、歩み寄った。


「父の意志を継いでくれることを、家族として感謝する」

「そうか」


 愛想がないのはドメニコの性格なのだろう。それでも二人が和解したようで、ロメオはホッとした。ジュストが長年ドメニコに悪感情を抱いていたのも今日で終わりだ。

 ロメオがレオーネにチラと一瞥をやると、レオーネは話し始めた。


「想像だが、ジュストはそれまで、母親からも愛情を受けて育った。だが、ヴェリアーノに移り、やがて母親も亡くなると、父親からの愛情をもっと欲しくなった。そこでドメニコさんが邪魔に感じたんだ。研究に没頭する父親が、同じ研究室で働くドメニコさんに取られてしまったと思ったんじゃないだろうか。研究員が多ければ、あるいはそう感じなかったかもしれない。けれど、ドメニコさんだけが側にいたからね」


 ずっと気になっていた、ジュストのドメニコへの悪感情。その正体は、そうした関係性が絡み合ってもつれた結果だった。

 もしかしたら、レオーネにはもっと以前から想像がついていたのかもしれない。リディオが誘拐される前日に、ジュストと再会して二度目に顔を合わせた。その晩、レオーネはロメオに「ジュストがなぜドメニコ氏を嫌っているのかは、正直わからない。想像はできてもただの想像だ」と言っていた。少なくとも、そのときにはレオーネにはわかっていたのだろう。

 ジュストはドメニコに言った。


「あんたは知らないだろうが、ボクも科学者なんだ。さっきのカプセルを見せてもらえないか」

「《アーペプラズマ》か」

「すごい研究だと思った。まるで父のようだった」

「そうか」


 父という言葉に心を開いたのか、ドメニコはポケットまさぐり、カプセルを取り出した。それをジュストに手渡す。


「ありがとう」


 ジュストはカプセルを受け取ると、そろそろとドメニコから離れていった。

 なぜわざわざ距離を取るのか気になって、ロメオが聞いた。


「どうした? そっちに行って」


 こちらに背を向けたまま、ジュストは歩きながら語り出した。


「最初に言っておく。レオーネ、ロメオ。別に、悪気はなかったんだ。ボクはおまえたちとの再会を心から喜ばしく思った。今でも友人だと思ってるし、これからも友人でいて欲しい。でも、ボクはおまえたち二人を利用した」

「なんの話をしてるんだ」


 黙って話に耳を傾けるレオーネとは反対に、ロメオは聞かずにはいられない。


「ボクは、おまえたちならエッグの秘密に辿り着けると踏んで、接触した。見かけたのは偶然だったけどな」

「だからなにを言ってるのか答えろ。ジュスト」

「簡潔に言うと、ボクはボクの研究をしてたってことだ。ボクはボクとして、このモンスター化を止めたかった。世界を守りたかった。父の指摘が間違いじゃなかったと、人々に知ってもらいたかった。うん、そうさ、一番は、父の研究が正しかったと世界に認めさせたかったんだ」


 そこで振り返ったジュストの顔は、心穏やかに見えた。ロメオも、問い詰める力をなくし、次の言葉を待つ。


「そのために、ボクは二つのことを考えた。一つは、父の指摘した《気象ノ卵(ウェザー・エッグ)》と『大気(アトモス)の子供』をだれの目にも見えるようにし、父の研究を証明すること。もう一つは、モンスター化を防ぐ手立てとして、『大気(アトモス)の子供』の働きを強めること」

「働きを強めることは、モンスター化とイコールではないのか?」


 ロメオに問いに、ジュストは頭を横に振った。


「ただ単に働きが強まれば、地球の自浄作用を高められて、モンスター化する必要がなくなるだろう? であれば、人を襲わなくなる」

「ドメニコさんとは別の方法で、モンスター化に対抗しようとしたということか」

「ああ。その研究過程において、ボクは『大気(アトモス)の子供』が全体の数を増やすことはない性質があると割り出した。子供たちは世界で同じ数しか存在できない」


 木々は自らの成長のために二酸化炭素を吸って炭素を蓄えてくれるが、二酸化炭素の量が増えても成長率は変わらない――木の幹が太くなるわけでもなければ吸い込む二酸化炭素の量が増えてくれるわけでもない。それと同じで、自然の守る力には限度ってのがあるらしい。ジュストはそう言って、


「だから、『大気(アトモス)の子供』の数を増やす研究は適切じゃないし、不可能。意味がない。そうなると、次に考えたことは、一体の子供を強力な存在にしようというものだった。素材さえ足りれば、一体の子供が千体分の働きをする巨大な王になることを導き出した。まだ証明はできていないがな」


 ジュストの計画の全貌はまだよくわからない。詳しく聞く必要がありそうだ。ロメオが続く質問をしようとしたとき、ジュストはもう行動に移っていた。ポケットから小さな瓶を取り出した。バイアルと呼ばれるもので、いわゆるアンプルの液体を入れた小瓶である。


「このバイアルを見ろ。美しいだろ? アンプルを注入するんだ。そうすれば、巨大な王が生まれる。これは進化論だと悟った。だが、方法が想像できなかった。そこで、レオーネとロメオを利用して、『大気(アトモス)の子供』とエッグについて知ろうとした。おまえたちなら、必ずモンスター化の謎さえ解けると信じて」

「それが利用か。だったら、ワタシは気にしない。おまえの研究は立派だと思う」

「ありがとう。ロメオ。この感謝には、二つの意味がある。ボクを理解してくれたこと。そして、王の誕生に必要な、最後のピースをボクに提示してくれたことだ」

「最後のピース……」


 ロメオのつぶやきには答えず、ジュストは宙に手を伸ばした。


「今、世界に救世主が現れる! 王は誕生するんだ!」

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