70 『犯人』
レオーネは、真犯人の名を呼んだ。
その名前を、ロメオは昨日レオーネから聞いている。だから今この場では驚かないが、初めて聞いたときは驚いたものだった。
思ってもいなかった人物であり、そもそもロメオが想定できる犯人はドメニコしかいなかったのだから、衝撃も大きかった。
モンスター化を止めようと動くドメニコを追跡すれば、モンスター化が起こる現場へとたどり着ける。
そうなると、必然、モンスター化を引き起こす犯人がそこにはいる。
だから、今日この日、レオーネは犯人との邂逅を確信できていたのである。
そしてレオーネが呼んだ名前は、ロメオもよく知る人物であった。
「出てきてください。カリストさん」
一人の騎士が出てきた。
マノーラ騎士団のエリート、カリスト。
彼は、物陰から姿を現すと、舞台の近くまでやってくる。
「気づいていたとは、驚きを隠せない。さすがは『ASTRA』。いや、『千の魔法を持つ者』だ」
口で言う割に、カリストは落ち着き払っていた。
ジュストは「なんだ、あいつは……」とにらみつける。ジュストはカリストを知らないし、驚きも当然だった。ドメニコも「マノーラ騎士団か……」とだけつぶやくが、警戒心からか口を閉ざして距離を保った。
薄く微笑して、レオーネはしゃべり出す。
「さて。あなたがなにをしたのかだが、『大気の子供』のモンスター化を発現させた。要するに、連続する不審死事件の犯人だ」
レオーネの強くしなやかな眼差しにもひるまず、カリストは聞いた。
「言いたいことはあるか?」
「そうだね。辞めてくれ。それだけかな。取り締まりはするし、牢にも入ってもらう。ちょっと外の世界には出られなくなるけど、あなたの環境問題への気持ちを否定する気は無いし、モンスター化をまだこの目で見ていないから、対策もわかってないんだ」
「否定? ばかばかしい! 当然だろう! 自分は地球環境のために、正しいことをしてるのだ! 否定されるいわれはない!」
カリストには、いつものエリート騎士然とした佇まいも、人当たりの良い笑顔もなかった。声もキリキリしている。
「果たして、正しいのでしょうか。人を殺してるのに」
「そんなのは人間が勝手に作ったルールだ。人を殺してなにが悪い。動物同士も殺し合う。そして、人間は地球を殺そうとしてる! だったら、地球が人間を殺してもおかしくないじゃないか。違うか?」
「さあ。違うとは思うけど」
「思うだけで、具体的になにが悪いか、おまえにも言えないんじゃないのか」
熱弁するカリストは、心から地球のことを考えて動いてきたというのがわかった。
レオーネもその気持ちを否定しているのではない。
「言いたいことはすべて言ってください」
平然とそんな口を叩くレオーネをにらむと、カリストはまだまだあるとまくし立てた。
「人間がしてきた悪事だ。人間がツケを払うのは当然だろうが。死を持ってそれを払えるのなら、どんどんすべきじゃないか。人間は殺すために動物を育てて食べる。なのに、人間だけが人間を殺してはいけないってのはどんな冗談だ? そんな危険な考え方をするから、地球はどんどん汚れていく。破壊されていく。自分たちが楽で豊かで好き勝手やるために、科学を極め、地球や他の生物たちを攻撃してる! なんて愚かで傲慢なんだ! そうは思わないか」
訴えるカリストは、正気を失って言っているのではない。ずっと考えて、彼にとっての理屈に従って、感情を燃やしながらも論理を持って言っている。言い換えれば、正義感に突き動かされている。
「本当に、なにが正しいのでしょうね。私にはわかりません。ただ、人間以上に心を持ち、尊ばれる存在はいないとも私は思うんですよ。人間は特別だ。感情を持たない生物は多い」
「そう思ってるのは人間だけで、いろいろ考えてるかもしれないだろ」
「ええ。そうですね」
うなずき、レオーネは尋ねる。
「それで、教えてもらえますか? あなたがどんな手段を用いてモンスター化を行ったのか」
「まさか、知らないでこのマノーラ騎士カリストを犯人呼ばわりしてたのか?」
「わかっているのは、モンスター化が起こるとき、あなたの手から産まれているということです」
レオーネがカードを投げる。
カードを受け取ったカリストは、それを見て目を細める。
「写真、か」
「モンスターも可視化しておいた写真です。信じない人もいるでしょうが、あなたが自白したことは音声を残しているし、我々『ASTRA』がオリンピオ騎士団長に告げれば、マノーラ騎士団には信じてもらえる」
「フン」
それは事実であるため、カリストは鼻を鳴らしただけだった。
レオーネは自らの独壇場となっていたこの場をしめるために、ただカードを用いて宣言した。
「まあ、私は探偵じゃない。手段の推理までしようとは思わないし、証拠をつかんだ段階で終わった。これで事件は幕引きです」




