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69 『アーペプラズマ』

 レオーネの宣言に、ドメニコは手を向ける。余裕の笑みで、どうぞ言ってみろと挑戦するかのようだ。


「あなたは、エッグ研究の第一人者であるマンフレード博士の教え子でした。マンフレード博士はあなたにエッグや『大気(アトモス)の子供』のことを話した。あなたはそれを聞いて、博士の研究を手伝っていた。博士が処刑されたのちも、博士の研究を引き継いでいました。そうですね?」

「続けて」


 と小さく顎を上げるドメニコ。

 ジュストはレオーネの発言が信じられないのか、「引き継ぐだと?」とつぶやいている。ロメオはジュストの肩に手をやり、無言でなだめた。

 レオーネは続ける。


「申し訳ないのですが、私たち『ASTRA(アストラ)』は、あなたをモンスター化の被害を引き起こした容疑者とも疑いつつ調査していたんです。しかし違った。むしろ逆だった。あなたは、モンスター化した『大気(アトモス)の子供』を止めようとしていた」

「どうしてそう言える」

「私には魔法でいろんなモノが見える。それによるとですね、あなたの使った科学がよく視認できるんです。あなたはカプセル式のボールを投げたことで、微生物を解き放った。魔力の粒子をまとった微生物だ。それらは『大気(アトモス)の子供』のモンスター化を食い止める効果がある。実態としては、寄生生物の放流といえましょう」

「《アーペプラズマ》だ」

「ほう」


 その名を聞き、レオーネは解説を待つ。

 ドメニコは説明した。


「この微生物は寄生生物として人間や他の生き物にも寄生できる」

「そのようですね。見させてもらいました」


 実は、前日、ロメオがレオーネから聞かされた衝撃の事実というのがこれだった。レオーネが推論を導き出せたのは、このおかげだった。

 レオーネはロメオに、「人間に入り込む寄生生物を視認した」と語った。「微生物だと思われる。特徴を魔法によって解析したところ、人間に入り込むと、不思議な症状を引き起こす」と教えてくれた。

 その症状というのが、


「ミツバチのように花の受粉を手伝うなど、花を育てることを最大目的とする思考に転換する働きを持つ。ミクロな生物による支配だ。人間ばかりじゃない、『大気(アトモス)の子供』にも効果がある。だから、さっき起こったばかりのモンスター化は防がれた。いや、別のモンスターと化した。そう言ったほうが正しいかもしれない」


 レオーネがそう言うと、ドメニコは少しだけ訂正した。


「確かに、別の生物だ。だが、《アーペプラズマ》を取り込んだ生物は、モンスターじゃない」

「果たしてそうでしょうか」


 とレオーネは言って、ドメニコをひたと見据える。


「ただそれだけの寄生生物ではあるが、寄生された生物の思考が花の育成に執心するようになり、仲間を増やすのに役立つ。その花とは、チェレンカ。すでにチェレンカを育てている園芸好きなマノーラ人もぽつぽつ現れている。私の家族でもある少年リディオも、寄生されていました。花を育てたがっていた。ちゃんと、チェレンカを」


 マノーラの象徴である花・チェレンカ。マノーラで人気がある花だからというだけでなく、その微生物のせいで、チェレンカを育てる人が増えていたのである。


「私の友人にも、急に花を育て出した者もいます。ゆえに、それだけの効能を持つ微生物が『大気(アトモス)の子供』に寄生すると、花の育成のために受粉活動を行い、人間を襲わなくなる。だが、いずれは人間へも必ず影響が出る。花を育てる人が増えるだけに留まらない影響が」

「たとえば?」

「花粉症が増えるでしょう」


 ドメニコはあざ笑った。


「はん、花粉症くらいがなんだ。地球環境と人間、どちらも救うのがマンフレード博士の意志だ」


 肩をすくめたレオーネに、ドメニコはこれ以上は口を挟まずに様子をうかがう。


「人間さえ殺さなければいい。ただし、地球環境は破壊させない。そんなふうに都合良く生きるよう改造するために、あなたは相当な研究をしたことでしょう」

「五年の歳月がかかった。まだ試作段階だがな」

「ええ。でも、ほとんど完成したといっていい。ただ、これを野放しにしてはいけない。我々『ASTRA(アストラ)』が止める」

「なぜ止める? 花粉症のためか」


 意地の悪い笑みに口をゆがませたドメニコに、レオーネは淡々と語る。


「まず、《アーペプラズマ》が人類に与えるであろう悪影響についてお話しします。花粉症だけではありません。《アーペプラズマ》に寄生された人間の行動原理を、受粉を手伝うようなものだと言いましたが、花を育てるだけで済まない。あなた自身気づいていないが、受粉活動を活発化するために、移動が早くなる。だからあなたはいつも早足になっていたんです。ご自分では自身が寄生されていることに気づいてもいないでしょうが。そうなると、寄生されていない人間との移動速度の差が生まれ、花を第一に考える人間の注意不足が事故を招く。花を育てることは平和主義に見えて、花を観賞するための視覚と嗅覚が鋭くなり、同時に感性が鋭くなる反面、知性や理性が弱まる。思考力が鈍くなってゆく。これもわずかずつであり、寄生された本人も周囲も簡単には気づかないほどです」


 ここで言葉を切ると、ドメニコは信じがたいという顔でぽつりとつぶやく。


「おれが、寄生されていただと……思考も鈍く……? あり得ない……」

「割と、感性がやや鋭くなったと気づく人はいるんですよ。思考のほうには気づかないのにね」

「……」


 事実らしい。ドメニコは心当たりがあるのか、押し黙ってしまった。

 レオーネは言う。


「この地球上で、微生物ほど進化の早い存在はいません。あなたならご存知でしょう。水生生物が陸上に対応していく仮定でも、微生物がそれを助けたといいます。また、病原菌も進化を続けている。魔力の影響を受けた、強い力を持つ微生物は、さらに早い進化を遂げることになるでしょう。あなたや我々の予期せぬスピードで、予期せぬ進化を遂げる。寄生された生物もそうです。本当の種としての進化に、おそらく何世代もかからない」

「……」


 それくらいは、微生物に詳しいドメニコにはハッキリわかるらしい。言葉がない。


「だからといって、すべてを否定しない。我々『ASTRA(アストラ)』が研究を手伝うと約束しましょう」

「お、おまえら素人が手伝うだけで、どうなる。その間にも、モンスター化は続いて死者は増えていくんだぞ」


 眉をしかめるドメニコ。

 レオーネは、明後日のほうへ視線を投げる。


「大丈夫です。そもそも、モンスター化を引き起こした犯人さえ止めれば時間は稼げる。彼がその行いをやめるだけで、世界のモンスター化は一気に減る。『大気(アトモス)の子供』がモンスター化する進化はすでに彼らの魔法遺伝子に組み込まれたが、それを手伝う存在がいなければ、世界でも一日に数件しか起きない」


 初めて聞いた事実に、ドメニコは声を上げた。


「犯人!? そんなやつがいるのか?」

「ええ。今もそこに。出てきてください」


 そして、レオーネは犯人の名を呼んだ。

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