65 『情報まとめ』
レオーネはロメオの反応がないと見て取り、穏やかに言った。
「よかったらロメオも考えてみてくれ。推論することもできるだろう。ジュストが言っていた天文学者、かの浮橋教授の言葉を用いれば、『論理の欠片をすべて拾い集めれば、必ず結果が形成される』のさ。つまり、論理の欠片はおおよそ拾い集めることはできたってことだ」
「本当か」
「ただ、オレたちは探偵じゃない。スパイでもなければ、マフィアでもマノーラ騎士団でもない。『ASTRA』だ。オレたちの解決を展開する。それを心得て聞いてくれ」
「わかった」
歩きながらのほうがリズムが取れるのか、ペースを崩さず悠々と歩くレオーネ。自らの考えをまとめるため、言葉は独り言のようだが、ハッキリと口にしてゆく。
「オレたちがこの件に関わるきっかけになったのは、気候学者・モレノさんに出会ったことだった。そこで、《気象ノ卵》の存在を知った」
正確には、ジュストの父・マンフレード博士が《気象ノ卵》について研究していたとジュストに聞いたことがある。なんとなく、頭の片隅に記憶は残っていた。聞き覚えがあった程度である。
「大気中には、気象を保つ小さな魔力の粒、《気象ノ卵》がある。そしてそこからは、『大気の子供』と呼ばれる精霊のようなものが生まれる。これも魔力による存在であり、常人の目には見えない。『大気の子供』たちは地球が自然を保護するための自浄作用を促す働きを持つ。だが、『大気の子供』が人を襲うモンスターと化す、モンスター化が起こった。原因を、モレノさんは自然環境が一定以上破壊されたからだと考えた。人間は地球環境を破壊しすぎた。地球の自浄作用が追いつかなくなり、その要因である人間を排除し、元の環境を取り戻そうとしている。そんな論法だね」
ここまでは、ロメオも知っている事実である。
「このモンスター化は世界各地で起こり、死因も見出せない不審死が相次いでいる。都市単位で、一日に一件のペースだ。モレノさんやオレやロメオは、これがモンスター化した『大気の子供』が人間に噛みつき、魔力を流れる回廊を破壊したことが死因だと見抜いている。だが、世界ではだれも知らない。また、マノーラではそれが一日に二回や三回起こるなど、頻度がわずかに多いようだ。モレノさんにそう聞いて、オレたちはマノーラの平和のために、モンスター化を食い止めようとしている。それにはまず、エッグについて知ることが大事だ。だから、最初にエッグの存在を発見したマンフレード博士の研究室があったヴェリアーノにも訪れたし、その息子・ジュストや教え子・ドメニコについても調べていた」
「ジュストは別だ。ジュストはいっしょに調べている側じゃないか」
「まあ、そうだね。でも、すべての欠片が向こうから目の前に転がってくるなんて、できすぎている。そう思うだろう?」
「関係者という意味では、そうだな」
レオーネにだれかへの悪感情など見えない。まったくの平静でしゃべる。
「ヴェリアーノでは、ドメニコが書いたらしいメモもあった。モンスター化を思わせる記述だ。人為的にどれほど変えられるか。それを気にしていた。ゆえに、ドメニコの尾行をして彼をもっと知ろうとした。彼は不審死の直前、常に歩き回って、現場近くにいた。しかし、決定的瞬間を見ることはできていない」
「限りなく、クロだということか」
「いや、極めてグレーじゃないか。どちらにも取れる。で、オレたちが進んできた道を戻ってみよう」
「戻る?」
「事実まで遡る。厳密に、間違いなく事実であるポイントまで遡るんだ。そうすると、意外にもここまでの道のりは憶測ばかりで、モンスター化の原因がなにかさえハッキリしていない」
言われてみれば、わかっている事実はわずかしかない。
「モンスター化を引き起こした存在がいるのか、モンスター化は進化論のごとく自然発生的に起きただけでだれもなにもしていないのか、モンスター化が自然発生的に起こった上で何者かがこれに拍車をかけるべく促しているのか。大別して、この三つの可能性を考えられる段階でしかない」
「それはわかった。だが、たったのこれだけで、情報はそろったと言えるのか? 論理の欠片はまだ足りないと思うのだが」
ロメオが指摘すると、レオーネは小さく笑った。
「ここからが提示だ。登場人物をすべて思い返してみて欲しい。関わりがあったのはだれなのか。だれにどんな思想があるのか。だれにどんな因縁があるのか。だれにどんな目的があるのか。わかっていることを思い返せばいい。そこに、オレが今日見かけたことを合わせれば、なんとなく想像できることがある」
「その、レオーネが今日見たことっていうのが、まさに解決の糸口なわけだな」
「ああ。そこから真実に辿り着ければ、モンスター化を食い止めることができる」
この先、レオーネが言ったのは、驚くべきことだった。




