64 『明日には』
ロメオがカリストに気を取られている間にも、時間は動いている。
ドメニコのことは、ジュストが目を離さずに見てくれていた。すぐにロメオも観察に戻り、ドメニコはまた移動した。噴水の裏手側に回ってしまったので、相手に勘づかれない時間を置いてから自分たちも動くことにする。
だが、待っている間に、ジュストが異変に気づいた。
ジュストが「ロメオ」と小声で呼びかけたとき、広場では不審死が起きたと知った。
もちろん、ドメニコの姿は見失っていたし、ジュストも苛立ったようにつぶやく。
「ほんの一瞬、目を離していた隙だった。人ゴミにまぎれて、噴水もブラインドになって姿が見えなくなった瞬間だったんだ」
「ワタシも見逃した」
「あとはレオーネか」
不審死が起きると、騒ぎになり、人が集まる。その中にマノーラ騎士が含まれていることが多く、騎士たちはすぐに駆けつけるのが常だった。
しかし、さっきまで近くにいたはずのカリストは、今日は来なかった。
新人騎士のエルメーテが周囲の人に事情を聞いている。
「なにか、前触れはありませんでしたか?」
「いいえ、なにも……」
判然としない答えしか返ってこないのはいつものことだが、エルメーテは一生懸命に聞けるだけの話を聞いている様子であった。
遠目にそれを眺めていると、レオーネがやってきた。
「ここにいたのか。どうだった? 二人の成果は」
「見失ったぜ。レオーネはどうだ?」
ジュストに聞かれて、レオーネは微笑で頭を振った。
「こっちも、ドメニコを見失った。そのタイミングだった」
「なんで余裕そうに笑ってられる?」
とがった声で尋ねるジュストに、ああそうかとレオーネは答える。
「少し進展したからさ。見失っていた時間は十五秒とない。その間に、広場で不審死が起きた。ちょっと離れた場所でだ。つまり、ドメニコがモンスター化をさせていたら、オレたちが見ていたどこかの動きの中にその秘密があり、もし離れた場所から仕掛けられるとしても、十五秒の間に施せる処置になる。それがわかったのは大きな進歩だ」
「物は言いようだな。捜査の進展はいいことだが、人が死んだんだぞ。レオーネ、おまえはアンダーグラウンドな世界に暮らし過ぎて、人の命を軽く見てるんじゃないか?」
「お説教はやめてくれ。全体を重んじると、一人の犠牲がその他大勢を救うことになるのだから、悪いことじゃないだろ。死者については残念ではあるが、次の被害は止められるかもしれない」
「闇の世界の生き物の理屈だ」
「カリカリしても始まらないぜ」
どちらの言い分もわかるし、気持ちの上で止めたいというジュストを否定できない。しかし、ロメオはレオーネに近い意見だった。
「レオーネの言うように、次を考えるのが、今の我々のすべきことだ。もし今この瞬間の不審死を止めることが目的ならば、疑いを向けているドメニコ氏に、直接聞いていたわけだしな」
「相変わらず、ロメオも冷静だな。ボクばかりがおまえたちの空気を乱している気がしてならないぜ」
「そんなことはない。こうやって意見を出し合える相手だからこそ、共に捜査できている。ただ任務をこなしてもらうだけなら、『ASTRA』の仲間に頼むだけでいい」
とロメオは淡々と言った。
レオーネが軽く手を叩き、二人の注意を自分に向ける。
「さあ。今日の尾行は終了だ。もう一件起きる可能性もあるが、二度目は深夜であったり早朝であったり時間もまちまちだし、オレたちも捜査以外にやることだってある。明日頑張ろう。明日はもう結果が出る気がする」
「結果?」
ジュストが目を細めると、レオーネは悠然と答える。
「現場を取り押さえることなのか、真相を突き止めることなのか、それはわからない。でも、そんな予感があるんだ」
「……そうか。おまえにはいろんな魔法もあれば、切れる頭もある。期待しておこうか」
そう言うと、ジュストは身をひるがえらせて歩き出した。
「また明日。頑張ろうぜ」
「ああ。ジュスト」
ロメオが返事して、レオーネは手をあげた。
そのあと、ロメオはレオーネと帰り道を歩きながら、さっきの言葉の意味を聞いてみた。
「レオーネ」
「なんだい? ロメオ」
「予感なんて、曖昧なものじゃないんだろ」
「そうだね」
「魔法でもない」
「その通り。だが、ロメオにもまだ話せない。オレ自身、考えがまとまってないんだ。だが、情報はそろったらしい」
情報がそろった。
それは初耳だった。
ジュストにはなにも告げていなかったし、ロメオもまだまだ調査が必要だとも思っていたのである。




