62 『それぞれの尾行』
単独行動による尾行が始まった。
尾行する上で、一人のほうがよい部分もある。まず、身を隠すとき、スペースが小さくて済む。
自分の警戒心と瞬発力だけで隠れることができる。
ロメオの場合は、運動能力だけでターゲットから見えないように動くこともできたし、レオーネといるとついあの件やこの件はどうだと相談をすることもあったが、一人だと尾行に集中しやすい。
もちろん、ロメオも本来ならレオーネと二人がいい。二人なら自分たちを監視している者がほかにいないか注意を払ったり、ターゲットの細かな変化に二人の目で気づけたり、メリットが多いからだ。
しかし、ターゲットを一人で追うのも悪くなかった。
同様にドメニコを尾行しているレオーネとジュストに、互いが互いに見つからぬよう計算しながらやるのも、一種のゲームのようでおもしろい。ただ、自分たちの行動によって助かる命があるかもしれないから、当然だが純粋には楽しめない。一挙手一投足まで真剣そのものだった。
ドメニコが止まったので、一人静かに身を潜めて待つ。
再びドメニコが動き出すのをじっと待って、安全を確認しながら追いすがる。
元々、ドメニコは歩くのが速い。
移動が速い相手には、やはり一人のほうが向いているかもしれない。
そう思ったところで、ロメオは何者かの視線を感じた。
どこからか、こちらをうかがっている。細く鋭い針のような視線。周囲を見回しても、怪しい人物はいない。勘違いかもしれない。あるいは、レオーネかジュストに気づかれてしまった可能性もある。互いに見つからないように気をつけろ言っておきながら、本人が見られていたのでは格好がつかない。
――考えてみれば、もしワタシを見ながらもドメニコを尾行できる位置取りができているならすごい。今までのやり方で見失っていたのだから、ワタシも見習って方法を変えてみよう。
つまり、ターゲットを見る角度を変える。鳥瞰図のように見られたら、尾行の成功率は上がりそうだ。
レオーネならば、そんな視野を魔法によって得たり、完全にロメオの死角にいながらロメオを見ることもできる。ちょうどよくちょうどよいカードが手札に巡ってくればだが。
それに比べて、捜査向きの魔法を持たないロメオは、自らの知恵と運動能力で尾行するしかないのだ。
ロメオは息を整える。
自らの位置を変えてみることにした。建物の上に立って、屋根の上から見るのも悪くない。だが、まずはより高いポイントに身をひそませる。
――うん。見やすい。
またドメニコが動き出し、ロメオも追いかけた。
だが、この日はだれもドメニコを完全に尾行できた者はいなかった。
翌日も三人それぞれが尾行していったが、肝心のところでのドメニコの動きは素早く、警戒心も人並み以上で、姿を見失ってすぐにレオーネとロメオがかち合う。
「おっと」
「レオーネか」
「ドメニコは?」
「見失った」
「オレもだ」
ふと気になったことを聞いた。
「さっき、尾行中のワタシを見たか?」
「いや。今日は監視用にロメオまでいっしょに把握できる魔法は使ってない。見てないよ」
「そうか」
ならば、先程のあの鋭い視線は、ジュストのものか、あるいは勘違いだったのかもしれない。
話していると、少し離れた場所から叫び声がした。
若い女性が「きゃああああ!」と悲鳴を上げ、「また不審死だ」と口々に言う声も聞こえてくる。
「今日もやられたか」
「ジュストはどうだろうか」
ロメオがつぶやき、ジュストに期待してみるが、五分後に顔を合わせたジュストは悔しそうにうつむいていた。
「こっちも見失った。ドメニコめ……あいつ、いったいなにをしてるんだ」
すぐにマノーラ騎士団が到着し、新人騎士のエルメーテとエリート騎士のカリストが周囲から状況を聞いている。
少し離れた場所で、三人は報告し合っていた。ロメオは二人に聞いてみる。
「どうする? 明日も三人が個別に追うか、いっしょに行くか」
「もう少し続けよう。明日か明後日まで」
ジュストがそう言うと、レオーネもうなずいた。
「構わないよ」
「じゃあ決まりだな。ワタシも一人での尾行にも慣れてきた。明日こそは核心に迫りたいと思ってる。まずは、明日も単独で尾行していこう」
方針が定まり、この日はお開きとなった。
動きがあったのは、まさに次の日のことだった。




